第30話【合戦は有名撮影地で】

「あの、それで早岐会長に相談があるんですが」にっこーちゃんが口を開く。

「なに?」

「実は『勝負の場所』はこっちで選べることになりました。ただし学校が終わってから行ける場所限定ですけど」

「それは『どこで撮るか?』っていう撮影地のことを訊いてるの?」

「はい」

「学校が終わってからねぇ……」

「ありませんか?」

「それよりどういう写真を撮りたいの?」

「これは『記録』としての鉄道写真じゃなく『作品』としての鉄道写真だと思ってます。だから普通にしか撮れない場所は困ります」

「普通に撮らないってどう撮るの?」

「レンズワークです。安易かもしれませんけど変わった画角のレンズで構図も変わったものにしないと当たり前の写真になってしまうと思うんです」

「つまりレンズ選択の自由度が高い方がいいということか」

「そうです。そういう方向性です」

「なら有名撮影地だな」

「有名撮影地って『お決まりの写真』を撮るところじゃないんですか?」

「ああ俗に言う『お立ち台』ってやつね。だけどそこからちょっと外したところに『別アングル』があるってのはよくある話し」

「だけど学校が終わってから行ける有名撮影地なんてあるんですか?」

「ある。というか、この辺りじゃ一カ所しかない」

「それ、どこですか?」

「興津川」

「おきつがわ」

「そう。興津—由比の間にある鉄橋だ。日も長くなってきてるしISO上げれば十八時過ぎてもいけるんじゃないか」

「分かりました。興津川の戦い。興津川合戦ですね」にっこーちゃんが言った。


 あれ……これ行っちゃっていいのか?


「にっこーちゃんちょっと」

「なに? 富士彦くん」

「心配にならないの?」

「なにが?」

「向日町さんの話しを覚えてない?」と僕が訊くも、

「どこらあたりの話し?」などと当の向日町さんから返事が戻ってきてしまう。しょうがないので向日町さんに問う。

「有名撮影地って周辺の景色がいいんだよね?」僕は訊いた。

「そう」と向日町さんが返事する。

「つまりそういうところは人が少ないから女の子が行くには少し怖いって前に言ってたじゃないか」

「ああその話しかぁ。でも興津川橋梁なら山の中じゃないし人がいないってことはないよ」と向日町さんが言った。行ったことがあるのか……

「ちょっと待て」と今度は早岐会長。


「——そりゃ人跡未踏という場所じゃないけれど、撮る場所が基本堤防の上ってことを考えたら人はほとんどいないんじゃないか。川の真ん中からも撮れるし、あそこならなおさらだ」

 早岐会長もか…………興津川っていったら……鮎釣りのイメージしかねぇ。

「——それにだ」さらに早岐会長が続ける。「どうせ向日町さんはひとけの無い早朝や、夕方には行ったことないんだろ?」

「まあ……」向日町さんは口を濁す。

 女の子には『やりたくてもできないこと』って実際にあるんだなぁ。


「そうだ! みんなで行けばいいんじゃない?」、大きな声でにっこーちゃんが提案した。

「言っておきますけど、わたし達生徒会役員は立場上どちらかの部活に肩入れすることはできないことをお忘れなく。さらに、わたし達『鐵道写真部』の部員となっていることもお忘れなく」、と惟織さん。さらに念押しで「ですね? 会長」と続けた。

「あっ、ああ……」と早岐会長。

 釘を刺されてしまっていた。

「でもなぁ、鉄道写真で決闘なんて見られるもんじゃないしなぁ、ぜひ立ち会いたいよなぁ。立会人としてどうだろう?」

「で、どの立場で立ち会うんです?」

「……」

 未練たらしくものを言った早岐会長だったが、惟織さんに尋ね返されあっさり沈黙してしまった。

「生徒会と鐵道写真部の関係について、あの口の上手い写真部長に言い負かされてしまったこともお忘れなく」とさらにダメ押しを食らっていた。

 早岐会長はもう何も言わない。そしてさらにダメ押しのダメ押し。

「わたし達の本業は生徒会ですからね——」


 惟織さんはにっこーちゃんの方を見た。

「そういうわけだから悪いけど恨まないでね。あなたの力でなんとかして」と、そう言った。

「恨むなんてとんでもないです」とにっこーちゃん。

「そう」

「惟織さんが入ってくれたからいったんは部活として成立したんです」

「まあわたしの方はクビにならない限り辞めるつもりはないけどね」と惟織さんは言った。

 これは惟織さんなりの応援なんだろうか。


「……あの、わたしは……行った方がいいんだよね……?」と向日町さん。

「いや、それはダメね」にっこーちゃんが即座に否定した。

「えっ? ほんとうですか?」

「向日町さんが興津川にいたら、どう撮ると向日町さんの好みになるかその場で聞けちゃうじゃない。きっとあの写真部長はそういうところを突いてきたりするんだから」にっこーちゃんは微笑みすら浮かべながら言った。——向日町さんはうつむいた。


「ごめんなさい……宮原さん……『行かなくていい』って言われたとき少しホッとしちゃって………今は写真部の部長さんと顔を合わせるのが怖くて……元はといえばわたしがバカやったせいでこんなことになっているのに……」

 向日町さんのその声は消え入りそうだった。

「いいの。わたしだって『写真部』を名乗ってる。これは鐵道写真部長のわたしと、写真部長との〝写真部〟の名を賭けたような一対一の勝負なんだから!」


 にっこーちゃんは気後れなんてしてない。だけどこれだけは言っとかないと。言おうとして話しが他所へ流れてしまったから。


「いまのは言葉のアヤで、一対二だよね?」

「なんで一対二になるのよ?」とにっこーちゃん。

「夕暮れ時の鉄橋であの部長と二人きりってことはないよね?」


 まあ僕に女の子から見てどれほどの信頼があるかという問題もあるけど……


「……そりゃ、そうよね……」

 そうにっこーちゃんは言った。いや言ってくれた。——ありがとう。

「じゃあ勝負を受けるって写真部長に伝えよう」、と僕は言った。明日は決戦の日になる。

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