第29話【向日町さんのご聖断】

 僕とにっこーちゃんはふたり、廊下に残された。もう写真部部室に行かなければならない用も無い。


「富士彦くん。生徒会室に戻ろう」にっこーちゃんは言った。

「向日町さんの意志を確認するんだよね?」

「うん」


 向日町さんの今後の立場を巡り、本人のあずかり知らぬところで第三者同士が勝負するなんてメチャクチャな話しだからな。

 僕たちは歩き始めた。歩きながらにっこーちゃんに訊く。


「写真で勝負するなんて、そんなので勝敗ってつくの?」

「つくよ。勝敗がつかないならコンテストとか成り立たないでしょ」

「ひょっとして写真雑誌に入選したことがあるとか——」

「無いに決まってる」


 無いのかぁ……

 それきり無言になり僕たち二人は生徒会室へ戻ってきた。


「どう? 落としどころは見つかった?」さっそく早岐会長が訊いてきた。

 だが「んっんん」とわざとらしく空咳を鳴らしたのは惟織さん。

「生徒会室をこんなことに使うのは本来ダメですけど部活間の抗争、じゃなくて問題が発生したということで、あくまで特別に使わせてあげるんですからね」と言った。

 改めて室内を見廻せば生徒会長に副会長の他、書記二名もいる。生徒会室なのだから当たり前か。アリバイ作りというかまあ言っておかなければならないということなんだろうか。


「向日町さんの身柄を賭けて、鉄道写真対決になりました」にっこーちゃんがその〝落としどころ〟を口にした。


 一瞬『ぽか〜ん』とした空気に場が支配された後、

「鉄道写真って勝負できるものなの?」と早岐会長が言った。鐵道写真部に入りたがった生粋の鉄道マニア(たぶん)のこの人の感性では『勝負』なんて思考は思いも浮かばないということなのだろう。コンテストに典型的な鉄道写真を出しても落ちるだろうし。

「あの部長の言いそうなことですね。写真部ってそういうところみたいですから」と惟織さんが言った。

「それで向日町さん——」、にっこーちゃんが本題を〝賭けの対象になってる当の本人〟に向かって切り出す。

「この勝負受けていい?」


 向日町さんは躊躇うはず——そう思っていた。だがなにをどう言っていいか分からなくなったのはこちら側だった。


 向日町さんは躊躇わない。


「わたしは宮原さんの鉄道写真を見てる。ああいう写真を撮れるんだから勝てる!」そう言い切ったのだった。

 これに面食らったのが当のにっこーちゃんで、

「ホントにいいの?」と聞き返していた。

「いいです! 構いません。絶対に勝つって信じてます」何度も念を押すように向日町さんは言っていた。


 いいのか? こんな訳の分からん勝負を受けてしまって。これはあのいけ好かない写真部長が言いだしたんだぞ。なにを企んでいるか知れたものではないんだぞ。

 踏みとどまり熟考する間を持った方がいいんじゃあ……とは言えこのわけの分からない勝負に勝たない限り向日町さんの鐵道写真部移籍は叶わない。


 僕は最大の懸念を指摘するほかなかった。

「写真の勝敗は向日町さんのジャッジで決まるってことになった」

「わたしが決めていいの? なら——」

「ただし向日町さんは『その写真』を選んだ理由を言わなければならない。つまり選評ってやつ。その『選評』に写真部員達が納得して初めてそのジャッジが有効になる」

 僕は一気呵成にそう喋った後、

「——それで写真部長が部員達に予めどんな理由を向日町さんが口にしようと『納得しないように』と言い含めて、そうして口裏を合わせられたらどうなるの?」と訊いた。


 だけど向日町さんは少しも悩まなかった。間髪入れず「名門写真部の部員が明らかにできがいい写真を否定できるわけないと思ってます」と言い切った。

 アイツらをそこまで信じていいのか?


「にっこーちゃん、どう思う?」僕はそう振った。

「疑いだしたらキリがないよ。わたしも向日町さんに同感」

 にっこーちゃんにもそう言い切られた。


 もはや向日町さんの聖断は下ったのだ。

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