第28話【『鉄道写真』勝負!】

「策士策に溺れるってのはこのことだな。このドロボー野郎め」写真部長が僕の顔を見ながら言った。


 なに、それ? 言ってる意味が分からない。

 僕が黙り込んでいると勝手に写真部長が喋りだし始めた。


「テメーは鉄道写真限定で少しは腕に覚えがありそうだが残念だったな。部長という肩書きがある以上俺の勝負する相手はこっちの女子だ」


 いや、それも勘違いだし、僕もにっこーちゃんも『鉄道写真で腕に覚えがある』わけじゃないんですけど。だいたいあの『写真部オリエンテーション』の日に僕はF社のXシリーズのカメラ持っていたじゃないか。このシリーズのカメラで鉄道写真撮ってる人ってのもいないんじゃないの? たいていCかNじゃないの?

 僕はこれ、スナップカメラに丁度良いから使ってるのに。他人のカメラ見てないのかよ。


「わたしだって撮れます」、にっこーちゃんが受けて立っていた。

「そうこなくちゃな」

「勝負と言いましたよね。どう勝負するんです?」

「簡単に言ってどっちが上手い鉄道写真を撮るか勝負する」写真部長が言った。

「もし勝負に勝ったら向日町さんは鐵道写真部でいいんですね?」にっこーちゃんが念を押すように訊いた。

「あぁ、そっちが勝ったなら件の部員についてはこっちが手を引く」写真部長は言い切った。


 これはおかしいぞ——

「ちょっと待って!」僕は待ったをかける。この上級生は怖いがこれだけは言わねば。

「写真で勝負って言いますけど、どっちが勝ったのかってジャッジするのは誰ですか?」僕はそう訊いた。

「だからなんだ?」写真部長が僕を睨んだ。

「写真部員の投票で決めるとか、そういう決め方だったら勝負は最初から決まっているじゃないですか!」

「テメーは俺がそんなインチキすると思っているのか?」そう言われ凄まれた。思わず身がすくむ。

「わたしは富士彦くんの言うことはもっともだと思います!」にっこーちゃんが援護してくれた。写真部長は露骨に不機嫌な顔をしたが怯まずにっこーちゃんは続ける。

「撮るのが鉄道写真なら、鉄道写真の好きな人がどっちの写真がいいか決めるべきです!」

「誰?」

「もちろん向日町さんです」

「それだと今度はこっちが『勝負は最初から決まっている』って言うほかないよな。その女子、何をトチ狂ったのか『鐵道写真部に入りたい』って思っているんだから。そっちを勝たせるに決まってんだろ」写真部長が言った。


 相変わらず口が上手い。策士はどっちだよ。ただこれでハッキリした。鉄道写真で勝負するなんて勝負は成り立たないんだ。


「ならどうすればいいんですか?」にっこーちゃんが気色ばんで訊いた。

「まあそういきり立つなよ」口元に笑みを浮かべ写真部長が言った。なにか企みを思いついたって顔だ。

「どっちの写真が優れているかってのの裁定はその向日町っていう女子でいい」

「ホントですか⁉」

「ただし、その向日町っていう女子には『なぜその写真を選んだのか?』っていう理由を写真部員たちの前で説明させる。納得する者の方が多かったらそれが最終的な勝敗の結果になる。どう?」

「分かりました」にっこーちゃんは言った。

 それを見て写真部長もうなづいた。しかしいいのか? 予め『どんな説明でも納得するな』と部員に言い含めればそんなの成り立たない。しかしにっこーちゃんは承諾の返事をしてしまっている。


「では締め切りはいつですか?」にっこーちゃんは訊いた。

「締め切りなんてねえよ」写真部長は言い切った。

「どういうことですか?」

「同じ日、同じ時間、同じ場所で鉄道写真ってのを撮るからだ」


 バカな!


 再度、瞬間的に再思考してみる。やっぱり変だ。


「それじゃあ『勝負』なんて成り立たない!」僕はそう言うしかなかった。にっこーちゃんが安請け合いするより前に言うしかなかった!

「俺はテメーと勝負するワケじゃねーんだよ。こっちの女子だ。黙ってろ」

 言い返せず言われるまま黙ってしまう。しかし僕の言わんとしていることをにっこーちゃんが理解してくれたようだった。

「同じ日、同じ時間、同じ場所で鉄道写真を撮ったら同じような写真しかできません。勝負が成り立たないっていうのは当たってます」にっこーちゃんがそう言ってくれた。だが写真部長に引く気配は無い。

「そっちは鉄道マニアだけどよ、こっちは違うんだよ。そういうのがアンフェアだって言ってんだよ」

「わたしには分かりません」

「あぁ女子には分からないだろうな。そっちの野郎には分かるだろうケドよ。例えばよ、『黄色い新幹線の写真』なんて持ってこられた日にゃ、そっちの写真の方が勝ったことにされるだろ? 俺は別に『撮り鉄』なんて妙な趣味はねえから分かんねーんだよ。いつ行ったら撮れるかなんてな。要はそういうことだ」


 『ドクターイエロー』というのはここまで有名だったのか、と妙な感慨が涌く。


「——それにまだある」写真部長は続ける。

「俺の見ている横で撮ってねえと確信できないよな。誰かに代わりにシャッターを押してもらっているかもしれねえし。代写ってやつだ」

 そう言って写真部長は僕の方に鋭い視線を向けた。まだ勘違いしている。

「懸念は分かりました。けどやっぱり同じ日、同じ時間、同じ場所で撮った鉄道写真に優劣をつけるなんてできないと思います」にっこーちゃんは言った。


 屋上で無駄に高く長い脚を持った三脚を広げていた向日町さん。あの楽しそうな向日町さんは、心底鉄道写真を撮りたがっているように見えた。

 信頼できる人といっしょじゃないと安心して有名な撮影地に行けない、という動機も切実なもののように聞こえた。

 もし鐵道写真部がポシャったら、せめて一回くらいは他四名で鉄道写真の有名撮影地への撮影旅行に付き合うというのが罪滅ぼしだろうな……生徒会の人たちが付き合ってくれるかどうかは怪しいけど。

 もっとも向日町さんが『鉄道写真部』という肩書きを持たない人たちを信頼するかどうかという問題がそれ以前の問題としてあるけど。


 僕が半ば放心状態している間に写真部長が奇妙な対案を出してきた。

「俺の頭の中には既に同じ日、同じ時間、同じ場所で撮った鉄道写真に違いが出せる方法が浮かんでいる」

 そんなのあるのかよ?

「どういうのです?」にっこーちゃんが訊いた。

「教えられないね」

「なぜです?」

「今それを教えてしまって、向日町っていう女子と事前に打ち合わせられたらこっちが不利になるからな」

「でも今は向日町さんは写真部員でしょう?」

「まさか部活に出てきてるとでも思ってる? どうせそっちの方にいるんだろ? こっちにいない人間とは打ち合わせはできないってことなんだよ」

「確かに、そうですね……でも……」

「でも?」

「そっちが決めたとおりに撮らなきゃいけないのなら。わたし達の方が不利です」

「まさか上手く撮れるよう俺が密かに鉄道写真の予行演習でもするって思ってる?」

「そういうことも考えられます」

「ずいぶんと失礼なことを言うよな、上級生に」

「アンフェアがどうとか言ったのはそちらです」

「まァ確かにな」と言い写真部長は考え込む。そしてほんのしばらくして、

「じゃあこうしようぜ。撮る場所はそっちで決めろ。仮称鉄道写真部なら場所くらい知ってるだろ? 要するに俺が事前に練習できなければいいわけだろ?」と提案してきた。

「分かりました」

「でもそれならそれで新たな条件がある」

「まだあるんですか?」

「あるさ。事前に練習される事を懸念してるのはこっちも同じなんだよ。だから勝負は明日にしようぜ」

「あした?」

「そう。学校が終わってから行けるトコ」

「撮る時間があまり無くなりますけど」

「一時間も撮ってりゃいいだろ。だいたい四月ももうすぐ下旬だし五時どころか六時過ぎてもまだ撮れるくらいだぜ」


「どう思う?」、振り返りにっこーちゃんが訊いてきた。

 ——僕らが勝手に向日町さんの部活を決めるのはおかしいけれど————向日町さんが既に写真部に入部届を出してしまい鐵道写真部がそれを引き抜く形になっている以上僕らが『正しい側』に立っているとは言い難い。それに『向日町さんの説明に写真部員たちが納得したら』という勝敗決定ルールについて疑念が拭えない。

「向日町さんの意志を確認すべきだ」僕はそう言った。

 にっこーちゃんがうなづいた。

「ほー、確認して『嫌だ』って言ったらどうするんだ? 言っておくけど俺の最大限の譲歩の有効期限はそう長くない。今日中に確認しとけよ」

 きっ、とにっこーちゃんが写真部長を睨んだ。

「本当は部活というのはどこに入るか自由に選べるってのが筋だけれど」

 にっこーちゃんっ、惟織さんの話しを聞いてなかったの⁉

「開き直りやがったな、偽写真部が。テメーらが造った部活なんて俺がぜってー潰してやる」

 なぜか写真部長が僕の方に凄み始めた。思わず縮み上がる。


「どうやら理解したって顔だな。俺はな、俺に仕掛けて来た奴は許さねえタイプなんだよ」

 コイツの言うことは完全な勘違いだけどよもやにっこーちゃんを矢面に立たせることもできず僕は鐵道写真部の黒幕を引き受けるしかなくなっていた。

 もはや『違います僕じゃない』なんて言えるわけがない。

 くそっ、お前だろ。そもそも僕をバカにして排除しようとした輩は。


「脅迫ですか?」これを言うのが僕の精一杯。

「バカか。俺が『職員室案件』にするようなそんなヘボするかよ。合法的にお前らを追い詰めるんだよ。まんまと教師につけ込まれるような失策をこの学校の写真部部長がすると思ってんのか?」

 これがこの学校の写真部長なのか。それだけ言い終わるとわざわざ凄むような顔をして見せた後、この名門写真部長は去っていった。


 正直怖かった。上級生は苦手だ。三年だし。なんで文化系でこういう強面が幅をきかせてるんだよ。文化系って体育会系の反対で、文化系ってもっと優しい世界じゃなかったのかよ! だがあの男がここの現実。僕はアイツに入部を拒否られたけど一方で『写真部なんかに入部しなくてよかった』とも思えてくる。と同時に湧き上がってくるのは〝怒り〟だ。


 この写真部長は間違いなくこの僕を排除するっていう態度だった。その僕が見つけようとしている居場所をこの男は壊そうとしている。こんなのがコミュニケーション能力に長けた〝陽キャ〟だってのか⁉

 こんな理不尽が、理不尽があっていいのか! ふざけんなよ。


 だけどそんなこと面と向かって言えなかった。言えるはずもない。くそっ! こんな自分が嫌だ。

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