第26話【突入! 写真部部室】
あの日以来だ。この部室に来るのは。やはり嫌〜な気分になる。
「こんにちは〜」と言いながら写真部部室の扉に手を掛ける。
なんとなく、女子であるにっこーちゃんを先頭に押し出すのも……と思ってしまったのかどうかは微妙だが僕は先頭になり写真部部室の中に突入してしまったのだった。もう一斉に注目を浴びている。
視線が痛い。
この写真部は女子の比率が高い。友好的とは言えない女子たちの視線の集中砲火を浴びている。
「誰ですか? あなたたち」一人の女子写真部員が訊いてきた。
どうしよう。『鐵道写真部』だなんて名乗りにくい。
「一年の品川です」とだけ僕は言った。続行でにっこーちゃんが——
「同じく一年、鐵道写真部部長の宮原です」と名乗った。にっこーちゃんはぜんぜんっひるんでない。
「へえ〜」、とその女子写真部員はとても嫌な声を出した。そして——
「『鐵道写真部』ってホントに実在してたんだぁ?」と口にした。
くすくすくすとさざ波のように広がっていくとても嫌な感じの静かなせせら笑い。
「鉄道写真だって」などという人を小馬鹿にしたささやき声も耳に入ってくる。
にっこーちゃんは名乗ったんだ。ひとりだけにやらせるわけにはいかない!
「実在してるに決まってます」僕は女子どもに言い返した。
「今のところその部は部員が足りないんじゃなかったっけ?」やはり同じ女子。
コイツら事情を理解してるぞ。
「ねえ、なんとか言ってみたら? 鐵道写真部サン」
「足りていたんだけど足りなくなった」
「なに言ってんのかわかんな〜い」
「富士彦くん、相手が女子ならわたしが代わるよ」とにっこーちゃんが耳打ちしてきた。
「へえぇ、ずいぶん変わった部活だなぁ」
ふいに後ろから声がした。飛び退くように振り返ると写真部長がそこに立っていた。このニヤけた顔! 写真部長が入り口付近で立ち往生している僕とにっこーちゃんの間をすり抜けていく。
「しかしー、部員が足りないんじゃあできてないんだろうなあ。それってつまり『入りたい』っていう人が、あまりいないんじゃないのかなぁ」写真部長が部室中央へと歩きながらそう口にすると途端に今までこらえていたかのように一気に『笑い』が部室中に爆発した。
にっこーちゃんが無言で、すっと僕の前に出た。
「その言い方すごく失礼です。入部希望者はいました」
そのにっこーちゃんの声色には明らかに『怒り』が感じられる。
「〝いた〟ねえ——過去形?」
写真部長がそう言うとまたもやドっと笑いが涌く。
とは言え向日町さんは鐵道写真部から写真部へと引き抜かれてしまったわけではなく、最初に写真部に入部してしまったという事実は動かせない。惟織さんの言うとおり腹は立つけど立場としてはこちらの方が弱い。
「しかしそのコには希望があるんです。やりたいことがあるんです。失礼ですけど『この部』の人は鉄道写真を撮りそうもありませんよね。だからこれからつくる『うちの部』に入りたいってその入部希望者の人は言っているんです!」
「まあ学校の外でやる分にはいいけど、正直どうかなぁ。校内で活動する『部活』としてはその部は感心できないなあ」
くそっ、こんなヤツのくせに相変わらず『正論』を言いやがる。でもにっこーちゃん、どうする? こんなのでも正論を吐かれたらこっちが悪者になる。
「でも部活動への参加は個人の自由意志のはずです。どうか本人の願いを叶えてあげてくれませんか?」にっこーちゃんが食い下がる。『正論』には別の『正論』をぶつけ対抗するにっこーちゃん。意外に弁が立つ、と感嘆する。
「もしかしてそのコがいないと頭数の関係で『鐵道写真部』とやらが正式に部活として認められないとか?」
ヤツめ、そのことが解ってるクセに故意にこんなこと言って! 「さいあくー」と女子の囃し立てる声。
「どうなの?」と写真部長が追撃をかけてくる。間違いなく〝部員の人数規定〟を利用して鐵道写真部を潰しに来てる。人を罠に落とす能力については天才的だ。お前は正義でもなんでもないのに。
「その通りです……」とにっこーちゃん。「——でも、それでも本人の希望なんです」
「利害関係者の当事者が語る『希望』ねえ。でも明らかにその道を採るべきではないという道を人が採ろうとしていたら、なにかひと言でもその人に言ってやるのが、本当にためになることなんじゃないのかなぁ」
〝その道を採るべきではない〟ってのは『鐵道写真部』のことか! どの道を歩こうと人の勝手だろ!
オマエがそれほどいい奴かよ! 僕が初めてこの部室に来た『写真部オリエンテーション』のあの日、オマエが僕に言ったことを僕は忘れていない。
しかし音声に出してこれが言えない——だがにっこーちゃんは「『鉄道写真部』が採るべき道じゃないって言うんですか?」、とそう言った。
しかし写真部長はあっさりと、
「その通りだよ」
言い切りやがった!
「その通りじゃありません!」
にっこーちゃん、売り言葉に買い言葉になってる! しかしこれができるって〝強い〟。
「その部活のやることって、鉄道の写真ばっか撮るんだろ? 『撮り鉄』とかいってさ。正直言ってさ、評判悪いよね」
罠だ‼
ここで『鉄道以外も撮ります』なんて言った日には『鐵道写真部の看板に偽りあり』として部活設立の正当性まで失われる。生徒会の正副会長が味方してくれてもどうにもならない。
くそうっ!
「鉄道の写真を撮っちゃ悪いんですか⁉」
それを言ってしまったのは僕だ。これが開き直りというやつ。
柔らかな対応(?)をしていた写真部長の顔が一瞬で変わり僕の目を射抜く。端正な顔と冷酷な顔は紙一重。
「しかし『部』として考えた場合、真面目に写真を撮る『部』なのかな?」
表情の割に言うことだけは柔和を装っている。そしてもっともらしい。
「真面目に撮ります!」僕は売り言葉に買い言葉で言い切った。
だが写真部長は徹底して悪党だった。
「ならどこまで真面目か勝負してみる?」と言ってきた。その表情は凄んできたと表現するのが妥当だ。
瞬間的に『仕掛けられた!』と思った。
「しょうぶ?」、とにっこーちゃんが復唱してしまう。写真部長はにっこーちゃんの方を見て笑みを浮かべながら、
「それすれば証明できるって思わない? 真面目かどうかなんてさ。『鐵道写真部』なんてふざけた部でも一応は『写真部』を名乗っているんだ。少しはまともに撮れるんだろ?」と、そう言った。
「もちろんです」
えっ、にっこーちゃん言い切った? 写真部長の写真に負けてるようなこと言ってたのに?
「確かー、君、仮称鉄道写真部の部長だと名乗ったよね?」と写真部長が確認するかのようににっこーちゃんを指差した。
「その通りです。わたしです」
『部長はわたしです』とばかりに、にっこーちゃんは力を込めて言った。なぜか意味ありげに写真部長がにやりと笑う。
「じゃあ部長どうし一対一の勝負で」
「どういう意味です?」とにっこーちゃん。
「それぞれが自慢の一作をコンペティション」写真部長は言った。写真でか? 写真で対決?
「なんのためにです?」とさらににっこーちゃんがその真意を問いただす。
「じゃあちょっと廊下へ出ようか?」爽やかそうな表情と声で写真部長が誘導してきた。
写真部長の後をにっこーちゃんが追う。慌てて僕もついて行く。
僕はいったいなにをしている?
この写真部長に一回だけだけど開き直ってものを言えた。『鉄道の写真を撮っちゃ悪いんですか⁉』と。しかしそうした開き直りは揚げ足をとられる元となった。
僕が原因で写真部長と鐵道写真部部長のにっこーちゃんが、なんか対決することになってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます