第25話【二重部籍】
「いつまでも写真撮ってないで急いで片づけて来なさいっ!」さっきから惟織さんが僕らを急かし続けている。
もとより小さいカメラバッグに『カメラ一台・常用ズームを取り付けただけの装備』を入れていただけの僕はあっという間に片付いてしまった。それはやはり手持ちで撮っていたにっこーちゃんもまた同じ。
惟織さんがイライラしているのは当の向日町さんが機材を大々的に展開していたため片づけに手間取っているからだった。
「まだなの⁉」、また惟織さんが急かした。
——ようやく向日町さんは大がかりな荷物をまとめ上げ、僕らは惟織さんを先頭に生徒会室へと突入する。
ノーテンキを絵に描いたような早岐会長がイスにも座らず生徒会室の真ん中で立ったまま腕組みをして人差し指だけをとんとんせわしく動かしている。その表情も〝渋面〟という表現以外に例えようもない。いつもの飄飄としたような感じは消え失せている。こんな早岐会長は今までの記憶に無い。早岐会長は僕らが来たことに気づき、
「鐵道写真部廃部の危機だ」と端的に言った。
造ったばっかりでもう廃部⁉
「どういうことです⁉」とにっこーちゃんが気色ばみ早岐会長にずずいっと詰め寄る。
「最悪〝最低規定人数〟の壁にぶつかるってこと」
「誰かが辞める? まさか生徒会長が?」
「バカな」
「じゃあなんで⁉」
「二重部籍」、そう早岐会長はひと言で言った。
その早岐会長はすぐ目の前にいる部長のにっこーちゃんじゃなく向日町さんの方を向いた。
「これは向日町さんの問題でね————向日町さん」
「はいっ」、言われた向日町さんが重い荷物を肩や背中から降ろすこともなくキヲツケの姿勢をとる。早岐会長は神妙な面持ち。静かな声で、
「心当たりはある?」と訊いた。
呆然とした顔をしている向日町さん。
「そんな……そんな……」、静かに絞り出すように。
そして——
「おかしいです。そんなっ!」、と爆発するように訴えた。
「落ち着いて向日町さん!」間髪入れずにっこーちゃんは言うと向日町さんの肩を抱きかかえた。振り向きざま、
「会長っ、意味が分かるようにお願いします!」とにっこーちゃんが言った。だが早岐会長じゃなく当の向日町さん本人が答えていた。
「退部届……出したのに……」
「ってことは写真部に入部届を出してたってこと?」とにっこーちゃん。
「はい……写真部に入部しちゃったんです……わたし。きっと宮原さんも入るって思っちゃって」
「つまりはそういうことだ。写真部に籍を置いたまま新たに鐵道写真部に入部してしまった。これが二重部籍でルールに抵触するということになる」早岐会長が言った。
「今どき文化系の部活で兼部なんて珍しくありませんよ」にっこーちゃんが噛み付くように言った。続けざま「現に早岐会長や惟織さんだって生徒会と鐵道写真部を兼部してるじゃないですか!」
「生徒会は部活動じゃない」惟織さんが言った。
「尾久くんの言ったとおりだ。それが我が校のルールなんで」無情にも早岐会長もそう宣告した。
「なんでです⁉ 余所の学校じゃ文化系の兼部はアリなんですよ! 生徒会は例外になってるってことは時間のやりくりは可能だってことですよ! それが認められないなんて!」とにっこーちゃんは再び早岐会長に噛み付いた。
「なぜ僕らがあっさり『鐵道写真部』に入部できたと思う? 僕らが〝部活動〟を一切やっていなかったからだ。なぜやらなかったかといえば時間の関係で生徒会をやりながら部活動をするのは非現実的だったからだ。生徒会を例外とする現行のルールにはそういう〝現実〟を無視しているという問題がある」その早岐会長はそう答えた。「——ま、そういうルールの不備があったから、僕らが『鐵道写真部』に入部できたんだけど」とさらに付け加える。
「そうだ! ルールを変えましょう! 文化系の部活なら兼部できるって」にっこーちゃんが無茶苦茶なことを言い始めた。
「ちょっとあなた。会長は鐵道写真部の部員なのよ。そんなことをしてしまったら会長が自分のために勝手にルールを変えたことになるんですよ! いいはずないでしょう!」と惟織さんに叱られていた。
確かに惟織さんの言うことは筋が通りすぎている。
「そうだねえ。実際問題、僕に意志があっても実行は不能かなぁ」と早岐会長は諦めモード。
「意志があるんですか⁉ 会長っ!」と突っ込む惟織さん。
「そこは尾久くんが言った通り私益に見える行為を生徒会長はするべきじゃない。まあ兼部は昔はできたみたいなんだけど」と早岐会長。
「え? この学校昔の方が自由だったんですか? じゃあどうして?」にっこーちゃんがまたも詰問調で問い詰める。
「恨むなら先輩を恨んで。もう卒業していないけど」早岐会長は言った。
「どういうことです?」
「兼部を認めていたら主に文化系の部活で幽霊部員が跋扈してね。本来存在できないはずの部活が堂々と存在し続けちゃうわけ。各部活の部員の合計数と実際の生徒数の差が無視できないところまで拡大したせいだと聞いている」
「他校じゃ応援部に部員がいないからって兼部認められてるのに」
「うちの応援団の人手は足りているんだろう。それに写真部と鐵道写真部じゃルール上認められていたとしても兼部に説得力が無い」
「応援部だけは特別ですか⁉」
「いや、この際応援団は関係ないんじゃないか」
にっこーちゃんと早岐会長のやり取りはもはや不毛にしか聞こえない。兼部とか生徒会とか応援団とか言うより前に————これ、僕が言うしかないのか。
「……でもおかしくないですか?」僕は割り込んだ。
「というと」と早岐会長。
「部活って入りたいところに入れるもんのはずでしょう?」
「品川くん、それができていたらこんな騒動になってるはずはない、って考えられないの?」と惟織さんに言われてしまった。
「でも惟織さんっ、富士彦くんの言う通りじゃないですか? 写真部のやっていることの方がおかしいんです。退部届を出したのに退部できないってどういうことですかっ⁉ これじゃどっかの『組』です。間違ってます!」にっこーちゃんが詰め寄る。
「暴力団を持ち出されてもなぁ……」と、早岐会長。
確実に〝修羅場〟が始まってる。
「宮原さん、確かにそれは正論に聞こえるけど——写真部の部長がここへ来たのよ」と惟織さんの諭すような声が耳に届いた。
「なんのために⁉」とにっこーちゃん。
「『当部活に所属している部員を無断で引き抜く不埒な部がある』ってねじ込んで来たのよ」
「引き抜いてなんていません!」
「分かってるわよ。ずっと見てたから。あなた達がここで最後の一人が来るのを待っていただけってことなんて」
「そうですよ! 完全な言いがかりです! 退部させないのはそっちなのにこっちが引き抜いただなんて!」
写真部長め、あの上手い口でそういう虚偽をでっち上げてきたのか! くそっ! だがどうすりゃいいのか知恵が浮かばない。
「ただでさえ入部したばかりで退部するってのが非常識なんですからね」と惟織さん。
向日町さんが無言でうなだれた。
「そっちの味方をするんですか? 惟織さんは」とにっこーちゃんが咎めるようなことばを口にした。
「ねえ宮原さん——」それだけを口にしていったん惟織さんが黙る。「——写真部となにかあったの? あれはどう見ても来たときから遺恨があるって顔だったわよ」
言い終わると惟織さんはじっとにっこーちゃんの顔を見つめた。
「遺恨? 誰に?」とにっこーちゃん。心底覚えのないという顔をしていた。
「あなたなのか、あなたの造った鐵道写真部なのか」
にっこーちゃんは記憶をたぐり寄せるように考え始めた。
「……もしかして、わたしが入部を断っちゃったからかもしれない」
「あなたね……それほどたいそうな存在なの? 美少女気取り?」惟織さんが呆れたような顔をした。
「わたしは自分で自分を美少女にしてません!」
「ああ知らないのね。あの写真部の部長さんが自ら声を掛ける女子は〝一定レベル〟以上だって噂になっているから」惟織さんは忌々しげに口にした。
しかしにっこーちゃんは惟織さんの言ったことに反応はせず、
「向こうも部員集めに苦労しているとかあるんですか?」と訊いた
「それはあり得ないわね。今年の写真部の新入部員はそこにいる向日町さんを数に含めても八人。入れなくても七人よ——」惟織さんが部活名簿のページを繰り始めた。「——他の文化系のクラブが羨むほどに入部者がいるはずだけど」
「もしかして……」と僕。「もしかして僕が鐵道写真部で上手いことをやっているのに腹を立てたのかも……」
「なにそれ、ちょっと意味分かんない。説明して」と惟織さん
僕は写真部の体験入部に参加しながら入部をやんわりと断られたという話しをした。
「ほほう、というとなんだ。校内下位カーストだと思い込んでいた人間が上手いことやっているのを見て腹が立ってきた、と」、そう早岐会長は推察してみせた。
人のことを本人の見てる前で『下位カースト』ってね。まあ事実そうかもしれないけどさ……
「会長は黙っていて下さい。そんな理屈に合わないことをする人間がいてたまりますか!」と惟織さん。
正直僕はこの人が苦手だけどあの写真部長に腹を立ててくれているようで、救われる思いがする。
「いいや分からんぞ尾久くん。案外人間は合理的ではない上に感情的で情緒的だ」と早岐会長。
「あれ……」と今度はにっこーちゃん。
「どうしたの?」と僕は訊く。
「わたし達鐵道写真部のことをなんであの写真部の人が知っていたんだろう?」にっこーちゃんは言った。
確かに。あのお高くとまった有名写真部が得体が知れないのにも程がある『鐵道写真部』なんて存在をなぜ認知している?
「ひょっとしてポスターの効果? あれに『宮原まで』って書いてあったし」僕は言った。
「じゃあポスター無視されなかったんだ!」とにっこーちゃん。
「確かにわたしはあのポスターで『鐵道写真部』があるって知りましたけど、写真部の部長さんがそういう部活があるって知っていたのはたぶんわたしのせいです……」と向日町さん。「——退部の理由を訊かれて『鐵道写真部に入りたいから』って言っちゃったから……」、言い終わるとそのまま下を向いてしまった。
「なるほど読めた」と早岐会長。
「どう読めたんです?」と、ジロリと睨む惟織さん。
「下位カーストだと思い込んでいた鐵道写真部に部員を引き抜かれるという屈辱」早岐会長は断言した。
またスクールカーストか……
「会長は黙っていて下さいっ‼」さらに惟織さんは向日町さんに説教を始める。
「だいたい、あなたもどうして次に入る部活の名前を言っちゃったの? 『一身上の都合』とか言ってそこはぼかすもんでしょ」
そんな対処でいいのか⁉
「尾久くん、『一身上の都合』ってなに?」と早岐会長。
「一身上の都合は都合です。だいたい入部直後に面と向かって『写真部より鐵道写真部がいい』なんて言って。怒るのが普通です」
確かにこれは正論に聞こえる。少し勘違いしていたかもしれない。惟織さんは写真部長を〝完全なる悪党〟にはしていない。けどあの写真部長は正直嫌なヤツなんだ……それを言われたときのアイツの顔を想像するだけで痛快だ。期せず向日町さんが僕の敵を討ってくれたようなものだ。
「そういうつもりは無かったです……ただなんで辞めるのか訊かれちゃったので仕方なく……」そう言い訳じみたことを向日町さんは口にした。
「退部届、出す必要は無かったかな」と早岐会長。
「そんな。勝手に部活を休んじゃ悪いから、だからそうしてケジメをつけようと……」消え入りそうな声で返答する向日町さん……
「じゃあどうすれば良かったんですか?」代わりににっこーちゃんが訊いていた。
「何も言わず部活を休み続ける」と早岐会長。
なんだそりゃ!
「そんなことしちゃいけないんじゃあ……」向日町さんが言った。至極もっともだ。
「それを続けていたら確実にクビになるからな」と早岐会長は結論づけた。
いいのか⁉
「まったくなんて言い草ですか!」
惟織さんがまたも咎めるがその惟織さんもさっき『一身上の都合と言っとけ』とか言っていたけど。
みんな一通りトンデモないことを口にしてるよな。
「ねえ、富士彦くんはどう思う?」にっこーちゃんが心底怒ったような顔で僕に振ってきた。
「なんで僕?」
「意見的なこと言ってくれないから」
「……」
えーと。なにか言わないとまずいよな。打開策みたいなものを。
「とにかく向日町さんの写真部退部を認めてもらわないといけないよね」そう言うしかない。
「そうね。新入部員が七人もいるっていうし大丈夫よきっと」とにっこーちゃんが同調するように言った。
だといいけど。あの写真部長にそんな話しをして上手くいくという結末を予想できない。『写真部オリエンテーション』のあの日を思い出す。
気に入った人間にはもの凄く愛想が良かった。気に入らない人間にはとことん冷酷だった。気に入る人間は顔のいい女子であり、地味な男子にはとことん冷酷だった。『オマエ来るなよ』っていうオーラをありありと出していた。あの部長はそういう人間だ。これは僕の思い込みだけじゃない。現に惟織さんがそういう噂が存在していると言っていた。
そうして虐げられた者が立ち上がろうとした時、そういう人間はわざわざ踏みつぶしに来るような気が激しくする。
世の中にはこんな理不尽がまかり通るんだ……
「あなた、写真部のところに行くつもり?」惟織さんがにっこーちゃんに訊いていた。
「もちろんです。部長ですから」にっこーちゃんが即答した。
「責任感があるのはいいことね」
「はい」
「でもくれぐれも〝したで〟にね」
「なんでです?」
「入部して一週間も経たず余所の部活に行きたいなんて非常識すぎるからよ」惟織さんが言った。ここだけはぐうの音も出ない。僕らの最大の弱点。
「ごめんなさい……」小さな声で向日町さんが謝った。
人間性に極めて問題がある相手に下手に出て交渉しなければならない。とても嫌な話し合いになりそうだ。
「それからあなた達に言っておくけど——」と、再び惟織さんが口を開く。
「はい」
「——わたしと会長は行かないからそこのところを了承しておいてね」
「いっしょに行ってくれないんですか?」とにっこーちゃん。
「『生徒会はもちろん中立だろうな?』って言って写真部の部長が凄んでいったのよ。なんか腹が立ったけど建前の上ではもっともだからなにもできない」そう惟織さんは言った。
「わたしは……どうしようかな?」と向日町さん。
「行かん方がいいだろう」と早岐会長。そしてさらに続ける。「律儀に退部届を出したのに受理しないんだから未だに籍は写真部員のままだ。写真部員が鐵道写真部側に立ったらさらにいきり立たせるだけだ」
確かに早岐会長の言うとおり。向日町さんは現状鐵道写真部員ではなく写真部員なのだ。
「あーあ、生徒会が学校の絶対権力なんていうアニメとかあるのにさー」と早岐会長が口走り、「現実の生徒会などこんなもんだ」と結論した。
ということは……写真部長のところに行って『向日町さん移籍交渉』を担うのは僕とにっこーちゃんのたったふたりか!
「富士彦くん、行くよ」
そうにっこーちゃんに声を掛けられた。二人でやるしかないらしい。にっこーちゃんはさっそく廊下へと飛び出していた。慌てて僕も生徒会室を後にする。しかし僕は不安を口にしてしまう。
「僕たちふたりはあの写真部長に覚えられてるかもしれない」大股で突き進んでいくにっこーちゃんの背中を見ながら口からそんなことばが出た。
「どうして?」と歩きながら返事をするにっこーちゃん。
「『写真論』って言うと大げさだけどそういうテーマで言い合いになっていたじゃない」
にっこーちゃんは立ち止まりくるりと反転。少し考える風になって、
「確かに言っていたけどそういうのって覚えられるものなの?」
「まあ忘れていてくれたらいいけど」
「富士彦くんも覚えられているの?」
あんまり覚えていて欲しくないが……「ひょっとしたら……」と言った。
案外あそこまで露骨に『排除された』人は僕以外いないのかもしれない。陰キャ虐めを愉しんでいたとすれば覚えられている。
「だけどこの場合『写真部の所へ行かない』っていう選択肢は無いよね」にっこーちゃんがスパっと言い切った。確かにそう。そしてその表情のなんと頼もしいこと。
にっこーちゃんってイケメンだなぁ……女子だけど。
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