第22話【方向性が違っちゃってるんだけど】
「では部長、本日の部活動、お開きの旨バシッと挨拶締めを」
そう言ったのは早岐会長。生徒会のお仕事が終わった後再びこの屋上という地へ舞い戻ってきていた。そのせいか、ずいぶん『鐵道写真部』をやってしまった。
早岐会長に話しを振られたにっこーちゃんはまるで奇襲を受けたような体で、
「あ、あーと、では本日の活動はこれまでとします」と反射的に口にした。
「それでは明日の部活動も同じ時間帯で実施、ということでいいですね?」とさらに早岐会長。
「今日は初日だからみんな楽しそうでしたけど、コレ、そのうち絶対飽きますよね」
「なにを言ってるんだ、尾久くん!」
う〜ん、どうだろう。惟織さんの言っていることの方が正論のような……
「あの、明日もおんなじ時間から始めるんですよね?」、とそれを口にしたのは向日町さん。散々ぱしゃぱしゃにっこーちゃんに写真を撮られかなり困惑の様子だったが取り敢えず今日のところは呆れられてはいない。
しかし——
「にっこーちゃん?」と僕は口にした。
肝心のにっこーちゃんがほうけているヨウにしか見えない。
「あっ、そうです。じゃあ明日も今日と同じで」
そのにっこーちゃんの返事もやはり反射的に口にしたようにしか聞こえなかった。
とにかくこの部長の宣言で今日の部活動は散会となった。
にっこーちゃんはカメラバッグをたすき掛けに掛けると夢遊病者のように屋上を後にした。
気がかりだ。非常に気がかりだ。何が気がかりかって、部長であるにっこーちゃんが先頭切ってこの場を後にしたからだ。
作りたくて造りたくてしかたなかった部活がやっとできてその活動初日にもう部長がこの体たらくではこの『鐵道写真部』の空中分解は時間の問題のようにも思えた。
にっこーちゃんというヒトは既存の写真部と〝方向性が違う〟というこれだけで『鐵道写真部』を造ってしまった。自分で造った部活でも自分と方向性が違ってしまったらこれすらも否定するんじゃあないか?
取り立てて鉄道写真というモノを撮りたいわけじゃないけれどこの部活に無くなられると困るんだよ僕は。
とにかく他の部員がいないところで話したい。
自転車置き場、にっこーちゃんが自転車にまたがる。今だ! その刹那に声を掛ける。
「ちょっと待って!」
僕が僕の都合で僕から女子に話しかけるなど前代未聞。そんな大それたことをやるのはそれだけ僕が切羽詰まっていたから。
「富士彦くん?」とにっこーちゃんが僕の方を振り返る。
「方向性が違って来ちゃってもまだ投げるには早すぎると思うんだ!」
「はい? ほうこうせい?」
「いや、方向性というのは、いわゆる方向性で——」
どうしよう、勢いで声を掛けてしまったけどどう言やあいいんだ?
「それはつまり——」とにっこーちゃんは考えを整理するように一区切りつけた後、
「アイドルグループとか、ロックバンド的〝方向性〟?」と口にした。
「うんっ、それ!」
にっこーちゃんはぷっ、と吹き出し、あはは、と笑い出してしまった。
えっ、えっ、えっ⁉ 僕って女子に笑われてるの?
「『鐵道写真部』ってそんなにカッコイイもんじゃないけどなあ」とにっこーちゃん。
僕はもうなにも言えなくなっている。
「そんな理由で解散なんて無い無い」
にっこーちゃんの口からそういう音声が出たのを確かに聞いた。
「ない?」
「あっ、そうかあ。それで富士彦くんは声を掛けてくれたんだ」
華麗なる僕の勘違い?
「なんだか心配かけちゃったね」そうにっこーちゃんは言った。
そのひと言、急所を衝かれたような感覚に陥る。どうも僕は僕の心配だけをしていたらしいという自覚がこみ上げてきた——から。
「ごめん」
「勘違いなら誰にもあるから」
そうじゃないんだ——
「——あの、じゃあどうして、その、元気が無かったの?」
「ああ、それね。ここじゃあなんだから……」とにっこーちゃんはここ〝自転車置き場〟という場所を眺め回し「歩きながら話そうか」と言ってくれた。
二人揃って自転車を引きずりながら、そんな中、
「わたしって口ほどには写真は上手くないんだ」そうにっこーちゃんは言った。
こんな話しを女子にされてなんと反応したらいいのかまるで分からない。
「そうなの?」と、かろうじて言えたのがこれだけ。
「写真部の部長さんにあれほど偉そうに言ったのに撮った写真が遠くそれに及ばないなんて……」
「そんなに及ばないもんなの?」
ここでにっこーちゃんは意を決したように立ち止まり、言った。
「富士彦くんにだけ見せてあげる」と。
にっこーちゃんは自転車のスタンドを立て、カメラバッグのロックを外すと例の愛機、N社のD三桁・下二桁ゼロゼロ機を取り出した。電源を入れ、液晶画面に撮った写真を表示させる。
「この写真、どう思う?」そう言って僕に方にその写真を示してくれた。
僕はその画面に顔を近づける。カメラの液晶画面の中に向日町さん。
「——表情が、かなり固いよね……」僕は言った。
「それは優しすぎる言い方だよね。わたしに言わせると〝表情が強ばってる〟、伝わってくるのは不自然な緊張感だけって……」
僕は液晶画面から顔を離しながら、
「そこまで自分の撮った写真を堕とさなくても」と言うのが精一杯。
「これ一枚だけがこう撮れちゃったわけじゃなくて撮った写真が全部こんな調子。少なくともあの写真部の部長さんなら被写体にこんな緊張感は持たせないのに」
写真部長……
「でもにっこーちゃんは〝楽しそうに写ってる〟んだっけか、そんな写真は撮りたくないんでしょ?」
「だけど今それを言ったら〝単なる負け惜しみ〟にしかならないから!」
「あの……にっこーちゃんはどんな写真を撮りたいの……?」
「富士彦くん!」
「はい?」
「よくぞ聞いてくれましたっ!」
「え?」
「だけど歩道の真ん中でする話しじゃない。踏切のとこまで、線路沿いの道まで行こう」
こんな展開は想定外だ。
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