第21話【暴走するにっこーちゃん】

 向日町さんの暴走した装備に気圧され、ちょっと一生懸命鉄道写真を撮っていた。それですかっと忘れていた。

 にっこーちゃんにとって『鉄道写真』とは第二写真部を立ち上げる口実に過ぎなかったのだ。


 〝写真撮っていいかな?〟というにっこーちゃんの問いに向日町さんは不思議そうな顔をして、そして腕時計を確認、

「もうすぐ貨物が来ちゃいますよ」と言った。通過時刻が予め既に頭に入っているのか……

「え、ええそうね」とにっこーちゃん。

 その時突然バアンと屋上ドアの開く大きな音。

「間に合ったか⁉」とカメラ片手に大きな声。声の主は早岐会長。機材はC社の……ミラーレス機か! 鉄道マニアはC党が多いのか? これは〝高い〟。しかしさすがにハイエンドじゃない。これは鉄道写真的に連写速度はどうなんだ? いかんっいかんっ、ついいつものクセが。

 そしてその後ろなぜか惟織さんまで。

 早岐会長もまた通過時刻をそらんじているに違いない。

「うわっ、スゴイ装備だな。まるでバリ鉄じゃないか」と早岐会長が向日町さんを見上げて言っていた。

「ありがとうございます」と向日町さん、しかしどこかおざなりの返事で早くもファインダーを覗き構えを崩さない。

 なんだかんだで貨物通過時刻に合わせて全員集合。こうなるとさすがのにっこーちゃんも撮らざるを得ない。なにしろ向日町さん及び早岐会長は極めて真面目に鉄道写真に取り組みたいと思ってるっぽいから。

 五人揃って線路の方角に向かってカメラを構える。誰も無駄口を開かない。静かだ。なんとも不思議な感覚がする。


 果たして——

 カカカカと一斉に鳴るシャッターの連写音。

 向日町さん及び早岐会長が予言(?)した定刻通りに貨物列車が通過していった。あれは早岐会長が撮り続けているというEF210とかいうやつだったな。ちなみにこれ珍しくもなんともない。

 そして僕は失敗した。撮った写真を液晶モニターで確認。もう少し遅く、心持ち遅くシャッターを切れていたらホントに丁度良いタイミングだった。シャッターを切るのが若干早すぎた。ほぼサイド気味から、となると秒二十コマとか三十コマが必要になるのか?

 もっともこの僕程度の望遠では何を撮っているのかいまひとつ分からない写真になるしかないのだが。

「尾久くんはそういうので撮るのか?」と早岐会長の声がした。

 惟織さんまでカメラを構えていたと思っていたら構えていたのはスマートフォン。これで撮るマニアはいないんだろうな……とは言え、動画で撮るというのもアリと言えばアリ。それにフェンスに密着させて撮っていたってところは侮れない。まあ向日町さん以外全員そういう撮り方だったからただ同じようにしただけかもしれないが。しかし〝そういうので〟と言われてしまった惟織さん、

「会長、まだやるべき事が終わっていないんだから生徒会室に戻って下さい!」とガツン。

「仕方ないなあ……」と早岐会長は望遠ズームにキャップをつけながら、

「僕は生徒会室に戻るが今のEF210は鐵道写真部全員で撮った第一号写真だからくれぐれも各自バックアップなど抜かりなく!」とこちらに注文出し。

「いいから戻って下さい!」

 こうしてさっき来たと思ったら早岐会長と惟織さんはもうこの場を離脱してしまった。通過時刻が分かっているとこういう芸当ができるのか。

 早岐会長の言うとおり確かにこのEF210は鐵道写真部のみんなで撮った第一号だ。しっかり保存しよう! とは言えこれからこの先類似した写真を量産しまくることだろうが……

 


 再び三人に戻ってしまう校舎屋上。EF210に邪魔された(?)にっこーちゃんはそれでもめげずに、

「じゃあ撮っていい?」と向日町さんにアタックしていた。

 僕としては少々複雑である。一応にっこーちゃんは〝ふたりの写真撮っていいかな?〟と訊いたのであるがあれは社交辞令だったか。

 しかし被写体にするならやっぱり向日町さんだよなあ……まあ別に撮られたいわけじゃないからいいんだけど。


「え、えー?」と向日町さんは強ばったような不思議な笑顔。〝これはよろしくない〟という臭いがぷんぷんする。

 鉄道の写真を撮る写真部なのに不自然に人を撮りたがるとか、あまりやりすぎると鉄道写真に興味が無いってことがバレるんじゃあ……

「それより向日町さん——」と僕は半ば強引ににっこーちゃんの話しの腰を折ってしまう。

「なんでしょう?」と言い向日町さんは脚立の上からこちらに顔を向けた。

「向日町さんはこの部の志望動機で『仲間といっしょに鉄道写真を撮りたい』って言ってたよね?」

「はいっ」

 そうなんだよ。この基本を忘れちゃ——

「早く仲間といっしょに鉄道写真を撮りに行きたいです!」と向日町さん。

 へ?

「あの……いまいっしょに撮ってない?」と、今度はにっこーちゃんが訊く。

「うーん」と言ってから向日町さんはひょいっと脚立から降りた。


「確かに鉄道の写真をいっしょに撮ってるには撮ってるけど、学校の中からじゃ仕方ないです」

「仕方ない?」と今度は僕が訊く。

「あっ、ごめんなさい。なんだろう、もっと柔らかい言い方は……その、もっとその本格的にってことです。だから『鐵道写真部』は素晴らしいですっ」

「え? え? どういうこと? よく分からない」と、またにっこーちゃんが向日町さんに訊いた。

「ほら、鉄道写真って景色のいいところで撮りますよね? しかも夜討ち朝駆けで」と向日町さんが語り出す。

 にっこーちゃんが「うん」と相づちを打つ。向日町さんがさらに続ける。

「早朝からひとけのないところに女の子一人で行くって怖いじゃないですか。わたしも十五歳だし。だから有名撮影地って行きたくても行けないんですよ。有名なんだけど実はひとけが無かったりするんです。だけどみんなといっしょなら行けるじゃないですか。だけど男子だけの中にわたし一人だけってのも問題だし、女子ばかりのグループってのも不安です。女子三人に男子二人っていう奇跡のバランスがこの部活にはあるんです! だからわたしこの部活に入ったんです!」

 なるほどぉ! 合理的だ。そして良い意味で功利的だ。実に理に適う。本当に『鉄道写真ファースト』なんだな。友だちがいないから入ったとかその手の動機じゃなかった。むしろその手の動機って実は僕……

「そうっ、その表情を残したいっ!」と言いながらカメラを構えるにっこーちゃん。

「え、えー?」と再び同じ反応の向日町さん。

 しかし鐵道写真部長のやることに逆らえないのかせっかく出来た仲間を失いたくないのかカシャカシャカシャカシャとそのまま撮られるままになっている向日町さん。

 これはマズイ。にっこーちゃんが暴走してる。

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