第20話【暴走する向日町さん】
次の日放課後。
僕とにっこーちゃんと向日町さんは新幹線の列車ダイヤ並みの正確性で打ち合わせた時間通りに合流を果たし、三人うち揃い生徒会室のドアをノックした。キホンこの部屋は部室でもなんでもないから中には関係無い人もいる。なんとなく一人では入りにくいので生徒会室の前の廊下で待ち合わせた。ちなみになんとこれ僕の提案だ。
僕の言ったことに女子たちが同意してくれる……まさにこれぞリア充だ!
生徒会室に入ればそこには早岐会長と副会長の惟織さん、それに他の役員の方々、書記二名がいた。当然のことながら書記二名は鐵道写真部とはなんらの関係も無い。
「おじゃましまーす」とにっこーちゃんが言いながらスチール製のロッカーの方へと歩いていく。
いつもの人が口を開いた。
「ちょっと、鐵道写真部の皆さん」、むろん惟織さんだ。すぐさまにっこーちゃんが立ち止まり、
「いやだなぁ、惟織さんも同じ部活じゃないですか」と言った。
「学校に平然と高価な機材を持ち込むのは問題があるんじゃないですか?」惟織さんは単刀直入に言いたいことを言った。
「写真部だって持ち込んでますよ」にっこーちゃんが返した。惟織さんは眉をひそめたもののそれ以上は言わなかった。
「写真部には専用のロッカーがあるからな」、そう言ったのは早岐会長だ。
そう、そうなのだ。写真部の連中と来たらこれが高校生が持つ機材かという高級機を校内に持ち込んでいる。
そんなものを持ち込んで盗難の心配をしなくていいのには理由がある。写真部室には各部員部員の専用個人ロッカーが完備されてある。当然鍵はかかりその鍵は各部員に支給される。
そう、そうなのだ。ロッカーの数に限りがあるため余計な部員は入れたくないに違いないのだ、写真部は。
その一方で我らが鐵道写真部には部室が無い。部室が無いってことは当然ロッカーも無い。だけどロッカーが無いとカメラを教室に置きっぱなしにせざるを得なくなる。いつも側にいられればいいが体育の授業もあるし朝礼もあるしトイレにだって行く。
つまり学校側としては『無くなった・盗まれた』系のトラブルの種を蒔くようなことはしてくれるな、というわけだ。どういうわけかスマートフォンはその例外になっているけど……
そういう意味ではつくづくにっこーちゃんは強運だ。成り行きで生徒会長と副会長が部員になってくれてその上生徒会室のロッカーまで貸してくれた。
『ロッカーがあるから大丈夫だ』と学校当局と機材持ち込み交渉までしてくれたのが生徒会、要するに交渉を行ったのは早岐会長だ。で、実にあっさりと(僕にはそう思える)許可が出てしまったのだ。その政治力(?)恐るべしである。
ただなぁ、遠慮というものをわきまえないと……惟織さんがご機嫌斜めなのは暴走している人がいるからだ。その人の名は鐵道写真部で唯一マトモに入部届を書いたヒト、向日町聖歌さん。
縦に長〜いロッカーがある。モップとかホウキとかを入れるやつだ。つまりは掃除用具入れ。その中に縮長八十センチ近くあろうかという無駄に長〜い三脚を突っ込んであるのだ。
「なんで掃除用具入れに鍵かけんのよ。使いにくいったらないわよっ」と機材を生徒会室に預けに行ったら朝っぱらから惟織さんにお小言を言われてしまった。僕は三脚なんて持って来てないのに。
向日町さんは制服のポケットから掃除用具入れの鍵を取り出し扉を開けるとすぐにその鍵を早岐会長に渡した。
「いよいよ今日が部活初日かぁ」と早岐会長。すかさず、
「ダメですからね」と惟織さん。
「分かってるから。生徒会長の仕事が優先なんだろう?」と早岐会長。が、続けざま「片付いたら屋上へ行くから」とも言った。
向日町さんは掃除用具入れから三脚を取り出し三脚ストラップを肩にかけ、そして別のロッカーからカメラバッグを取り出し背負った。その上さらに三段脚立まで持ち出し始めた。さすがにこれはロッカーには突っ込めなかったが。
すっごいかさばってるしなんかすっごく重そう。僕やにっこーちゃんに比べて過剰な機材すぎる。
僕とにっこーちゃんもそれぞれカメラバッグをロッカーから取り出す。
向日町さんのことを『過剰』と言ったがにっこーちゃんが肩にかけた中型のショルダー型のカメラバッグは僕の持つミニカメラバッグよりは大きい。
カメラバッグは大きければいいというものではないがなんかこう写真に対するスタンスの違いを感じる。カネのあるナシを感じるような気がしないでもない。
それぞれがそれぞれの機材を担ぎ廊下へ。いよいよ屋上へと向かう。
『なぜ生徒会室からこんな人たちが?』とでも思ったか廊下で何人かの生徒に振り向かれてしまった。
一見女子が重い荷物を担いで男子である僕が軽量な荷物のみというのが傍目からはどう映るかと思いもしたが仕方ない。その重い荷物は各人にとってとても大事な重い荷物で他人になど預けたくはない私物だ。
向日町さんはかさばりすぎる荷物を両肩と背中に担ぎ先頭になって階段を登っていく。
いよいよ部活がスタートする。
そして屋上に着いた。
フェンス越しの彼方に線路が見える。フェンスのすぐ前まで行き、おもむろにカメラを取りだしその方向へ構えてみる。今日は広角単レンズではなく常用ズームを予め装着してある。35ミリ換算28—200。最大望遠200ミリまで伸ばしてみる。だが、たかがしれている。
ここからじゃ駄作しか撮れない匂いがプンプンする。
きれいな鼻歌が聞こえてきた。その音の方向を見れば向日町さん。三段脚立は既に開かれ、向日町さんは脚立の上の人に。そしてただ今三脚のセッティング中。
なにをやるつもりだ?
「その三脚……?」と僕は訊いていた。
「ああ『○スキー・○イボーイ』ですっ」向日町さんが作業を続けながら言った。
いや、製品の名前訊いてないし、明らかに高価すぎるような三脚だし。
向日町さんは三脚の脚を伸ばし開き、位置を微調整しセッティングを完了していた。
それを見て改めて思ったこと。メチャクチャ長い。メチャクチャ高い。この『高い』は値段のことではない。背丈が高すぎる。
「テントができそう」とにっこーちゃんが率直な感想を口にしていた。同感だ。三脚の三本の脚が作る空間には悠々人が入ることができるほど。確かにテントになりそうだ。ただ形状が四角錐じゃなく三角錐になるけど。
今度は向日町さんはひょいっと脚立から降りてカメラバッグの中からカメラを取りだした。
あれは……C社のフルサイズ機、ただし型落ちではある。つまりは向日町さんもレフ機。ミラーレスじゃない。とは言ってもずいぶんと長い長タマズームを取り付けている。赤ライン入りの白レンズだ。最大望遠たぶん400ミリ。ただC社もまたレンズマウントを変更してしまった結果これもまた型落ちになってしまったと言えるがハデな機材と言えば機材。中古で買っても安くはない。高校生だろうに。
そして再び脚立の上に身軽に昇りそのカメラを三脚の頂上に取り付ける。あんなに高いところにカメラを付けるの落下が怖くないのかな、と思ったがクイックシュー(カメラを三脚にあっという間に据え付けられる対になったプレート)を付けてあったらしくぱちんとあっという間にカメラは三脚にセットされていた。
にっこーちゃんが脚立の上の向日町さんに訊いた。
「あの、なんでそんなことをしているの?」
「フェンスをかわすためです」向日町さんが言った。
「そんなことをしなくてもフェンスにレンズを思いっきり近づければいいんじゃないかな?」にっこーちゃんが言った。
僕もそう撮ろうとしていた。フェンスとレンズをほぼ密着させればフェンスはピントの思いっきりの範囲外になり超ボケボケとなる。そうして撮った写真はフェンス越しには見えないはずだ、と思っていた。
「う〜ん、なんていうか、こう撮りたいんですよ」と向日町さんが言った。
ま、こだわりは人それぞれなんだろう。
とにかく僕も『鉄道写真』なるものを撮ってみよう。
で、撮ってみた。やって来る列車を撮ってみた。普通に失敗した。微妙にシャッターチャンスを外している。予告もなく列車が建物の影から現れるからだ。しかし列車は何本も来る。何度か撮っていれば上手い具合にシャッターチャンスを掴んだものも撮れる。だが所詮は駄作である。駄作の山である。
ゴチャゴチャとした街中のほんの隙間から二両と少しばかり列車が見える。鉄道写真はどこで撮るかで決まる。こんな場所で一生懸命写真を撮っている撮り鉄など撮り鉄界広し(?)と言えども僕らくらいのものだろう。
これが『部活』になるんだろうか?
「さてこれくらいでいいかな」とにっこーちゃんがわざとらしく声に出した。僕にはそう聞こえた。
「ね、ふたりとも、ふたりの写真撮っていいかな?」続けざまにさらににっこーちゃんが言った。
僕も被写体にされるのか?
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