第19話【鐵道写真部正式発足! そして僕はリア充に】
——ほどなく、
「ただいま!」と不思議な台詞を言いながら向日町さんは本当に生徒会室に戻ってきた。いったいどこまで行っていたんだろ。
「生徒会室が部室だなんて『鐵道写真部』って便利ですねえっ」などと言いさっそく机の前に座り『入部届』というお決まりの書類に書き込みを始めている向日町さん。それをいぶかしげに見ている生徒会役員の方々。
「便利なのは今日だけですから」と釘を刺すことを忘れない惟織さん。
「うむ」と言いながら早岐会長が向日町さんの背後に廻り書類を覗き込んだ。
「なんですかっ?」とバッと書類を隠し警戒感を露わにする向日町さん。
だが早岐会長意に介することもなく、
「生徒会長とは仮の姿、一鐵道写真部員としてこの部の『志望動機』が気になったのだ」と言ってのけた。
「え? そうなんですか?」と向日町さん
「なにが仮の姿ですか。正真正銘の生徒会長でこっちが本職です」とすかさず突っ込む惟織さん。
そして僕は僕で思っていたことがあった。
入部届には『志望動機』という、なぜこの部活動を志望したかを記入する欄がある。
この『鐵道写真部』って、マトモに入部届を出したのは(厳密にはまだだけど)ここにいる向日町さんが第一号じゃないか…………?
向日町さんの入部届けの記入が終わった。向日町さんはひとつ息を吸い込み呼吸を整え席を立つと、両手に入部届を持ち厳粛な面持ちで鐵道写真部長にっこーちゃんの真っ正面に立ち手渡した。それを両手で受け取るにっこーちゃん。
『鐵道写真部』への入部届はこうしてたったいま提出された。
僕と早岐会長、それに惟織さんまでが入部届を手にしたにっこーちゃんの背後に廻った。
こうなると誰しも考えることは同じということか。
『志望動機』、その欄に何が書かれているか、みんなみんな気になってるに違いない。何しろ他四名は『志望動機』も無しに部員になっている人ばかりだから。
初めてマトモな人(?)が入部したとも言える。
志望動機欄にはこうあった。
『仲間といっしょ、みんなで鉄道写真を撮りたい』
実にシンプルだった。
だが気になることがある。これはぜひとも確認しておかなければならないことだ。期待されても困るという事だ。
にっこーちゃんの背中をつつき振り向かせる。
「なに?」と怪訝そうな顔のにっこーちゃん。小声で懸念材料を告げる。
「それについては富士彦くんが言って」と言われてしまう。
今度は向日町さんが怪訝そうな顔をしてしまっている。しょうがない。
「あの、向日町さん」
「なんでしょうか?」
「もし『キヤ』とかに興味があるなら、残念だけどいわゆる『運転報』とかそれに近い人に知り合いはいないから、そういうのについては期待に応えられないんだけど……」
「僕は主にカマ専門。撮るのはEF210がキホンだからまったく問題は無いなっ」なぜだか早岐会長が答えていた。いや、そっちじゃないんですけど。
「ぜんぜんっ問題無いです。『カモジ』があればわたしには充分で後はネットの情報での補足でぜんぜん大丈夫ですからっ」当の向日町さん本人も言い切った。
「かもじ?」とにっこーちゃん。すかさず「貨物時刻表」と耳元で囁く。
「あっ、そうね。そうか。じゃあ問題ナシということで」とにっこーちゃんが締めた。
素人っぽい鐵道写真部(?)だが本来の目的(第二写真部設立)を実現するために作ったんだからまあいいか。
こうして今日ここ、たった今この瞬間、部員数最低五人という規定をクリアし『鐵道写真部』は正式に発足したのだった。
僕が調べた鉄道と鉄道写真に関するあれやこれやはほぼ無駄な知識で終わったが、これが無ければにっこーちゃんとの会話も成り立たなかった。これは完全な無駄じゃない。
写真部からは露骨に『歓迎されていない人間』という扱いを受け、それでも強行入部するという蛮勇も無く、「帰宅部でいいや」とばかりに弾かれて負けっぱなしの高校生活の甘受を覚悟しもしたが、今や他力本願で見事その状況を脱してしまった。
こんなことってあるんだな。
にっこーちゃんには足を向けて寝られない。思わず手を合わせて拝みたくなる。日光だけに東照大権現さまだよ。
そしてこの部活、女子三人に男子が二人の計五人。なんという構成だろう。
つまり、生まれて初めて味わうリア充感。この忌々しいことばはいつごろ死語になってくれるのかと日々密かに呪い念じていたが、もはや念じる必要も無いのかもしれない。
なるほど、これがリア充か。これは努力や苦労をして手に入れる類のモノではない。なんか、自然にそーなってしまうという、そういうもののようだ。今は感覚としてそれを肌で実感できる。
しかしそれにしても、本当に簡単すぎる————
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