第18話【五人目】
放課後——
「なんであなた方がここにいるんです?」生徒会室に遅れて入ってきた惟織さんに怒ったような顔で問い詰められる。
「それについてはここにいる生徒会諸君に僕の方から説明しておいた」と早岐会長。
生徒会役員の方々があっけにとられた顔をして早岐会長の短い説明をただ立ちつくして聞いていたのはついさっきのこと。
「まあいいんじゃない? 部室無いんだし」とさらに早岐会長。
「なに言っているんですか。ここはあくまで生徒会室。どこぞの部活の部室じゃないんですよ」
「副会長も鐵道写真部の部員になってるんだよね?」
ざわっ、と生徒会役員の方々が反応した。間髪入れず惟織さんはきっ、と早岐会長を睨みつけ、
「いーえ。生徒会役員たるもの公私混同は御法度です。こんなところでの活動を許可するわけにはいきません」
相変わらず惟織さんには『融通』ということばは通じなさそうだ。あるいは生徒会役員の方々に『部員である事をバラされた』ことに腹を立てたとか?
こう考えてしまうのが僕の悲しい性。
「じゃあこうしませんか?」にっこーちゃんが口を開く。
「どんな?」冷ややかな流し目で惟織さんがにっこーちゃんを見やる。
「入部希望者がもし来てくれたら話しは別の場所でします」にっこーちゃんはそう言った。
「別の場所って?」
「そうですね。例えば屋上とか」
「ふうん……」
「いいじゃないか。いきなり屋上に呼び出されるより『生徒会室に来て下さい』の方が信用されるってもんだ」早岐会長が助け船を出してくれた。
「生徒会の邪魔にならないようにしますからお願いします」とにっこーちゃん。
不承不承といった感じで副会長惟織さんは僕とにっこーちゃんがここに居続けることを承諾してくれた。
僕とにっこーちゃんは生徒会室の隅にイスを二脚用意してそこに腰掛ける。
生徒会の人たちが何か活動をしているが完全に僕ら場違いだ。鐵道写真部入部云々以前にそもそも誰もこの部屋に入っては来ない。
どれくらい時間が経ったろう。
ガラリと入り口の戸が開いた。一人の男子生徒が生徒会室に入ってきた。にっこーちゃんが即座に音もなく立ち上がる。あっという間にその男子生徒の前に立ち、
「鐵道写真部ですか?」と訊いていた。
「はァ?」と男性生徒。
「ちょっと!」と言って僕はにっこーちゃんを制止する。次の瞬間『しまった』と思った。にっこーちゃんの袖口を引っ張っていたから。だけどにっこーちゃんは僕を咎めもせず溜め息をついて元の場所に戻りイスに腰掛けた。声を掛けられた男子生徒がまだいぶかしげにこちらを見ている。
「どうもすみません。気にしないで下さい」そう言って僕は取り繕った。
その男子生徒は生徒会の書記の人と何かを話し、次いで副会長とひと言ふた言会話を交わし、紙片を一枚置いて出て行ってしまった。
別に鐵道写真部に興味を持ってくれて入ってくれるとかそういう展開は無かった。単純に何か提出書類を置きに来たといった感じ。
こんなものか……
あと一人……来そうもないよな……
これで三年間、帰宅部決定か……
帰宅部か……
いつの間にかイスに腰掛けたまま居眠りしていたらしい。
なんだか人の大きな声で目が覚めた。いま『ポスターがどう』とか聞こえたような。
「あっち」と惟織さんがこちらを指差すのが見えた。「本当に本当に女子の人なんですかっ?」そんな声が耳に入って来た。女子の声だった。
にっこーちゃんは立ち上がり「本当に鐵道写真部にご用ですか?」と上ずった声をあげていた。双方ともに『本当に?』の応酬。
意外や意外。鉄道写真なんて撮るのは『男』と相場は決まってる、と思い込んでいたのは浅はかだったのだろうか、なんとそこに立っていたのは本当に紛れもなく女子だった。
どこかで見覚えのある……ショートカット……。そう! にっこーちゃんが全紙大に伸ばしたあのデモ写真に感嘆してたあの女子だ。
にっこーちゃんは既にそのコの所へと歩き出し僕もその後に続く。その女子もにっこーちゃんの方へと歩いていた。生徒会室の真ん中で双方ともに立ち止まる。
「わたし向日町聖歌(むこうまち・せいか)といいます。鐵道写真部にとっても興味があります。基本入部希望なんですが、その前にひとつだけ訊きたいんです。どうしても確認したいことがあるんです」
「どうぞ」、にっこーちゃんが言った。
一夜漬け鉄道知識がいよいよ試されるか⁉
「鐵道写真部の部長が女子だなんて素晴らしいです! わたし日光さんが男か女か分からなかったのでここに来たんです」
いま思いっきり〝にっこーさん〟と言ったけど、ソレ、〝ひかり〟って読ませるんだけど……
「わたし、女子じゃないって思われてたの?」とにっこーちゃん。名前の呼ばれ方は二の次らしい。でも鉄道知識よりも部長の性別なの? と、僕も思う。
「あのですね。それとですね、今集まっている他の部員の方も紹介して欲しいんです。どんな人がいるのかどうしても知りたいんです」、とさらに向日町さんは訊いてきた。
「あのぉ……屋上へ行った方がいいんですよね?」とにっこーちゃんが振り返りつつ惟織さんに訊いた。
「ここでいいわよ」と惟織さん。
「ありがとう惟織さんっ」とにっこーちゃんは言うと、「じゃあ紹介するね。まず富士彦くん。鐵道写真部の初めての協力者」
と、まず僕がにっこーちゃんによって紹介された。なんだか嬉しい紹介のされ方だ。
「一年の品川富士彦です」、そう言った。さらににっこーちゃんが紹介を続ける。
「それで、あちらにいる生徒会長さんと副会長さんも部員でわたしも入れて今のところ全部で四人ですけど」
「えっ、スゴイ! 生徒会の人まで?」
「はい。間違いなく生徒会でーすっ!」とにっこーちゃん。
「生徒会の人たちが部員なんですか。なんか安心できますよね。なにより女子が三人、男子が二人ってのが奇跡的な絶妙のバランスですっ。まさにわたしの事を鐵道写真部が待っていてくれたみたいです!」
「え、女子が三人って……ことは向日町さんは入ってくれるのかな?」とにっこーちゃんが訊いた。
「ぜひぜひぜひお願いします! たった今ここで入部届けを出したいです」
そうその女子は息せき切って言い切ったように聞こえた。いや事実言い切ったんだけど。
「ありがとうっ」「はいっ!」にっこーちゃんと僕がほぼ同時に反応し、にっこーちゃんは向日町さんという女子の手を握り大はしゃぎを始めていた。
簡単すぎる……
ポスター貼ったのが今日の昼休みでその日の放課後にもう……
「じゃあ入部届はすぐ出せるから」善は大急ぎでって感じでにっこーちゃんが言った。
「出したいですけどちょっとだけ、ちょっとだけ待って下さい」
突然向日町さんという女子はおかしなことを言い始めた。
「ちょっと……、ってのは?」とにっこーちゃんが口にすると、
「ほんのちょっとです。すぐ戻ってきます!」そう言った向日町さんは急いだ様子で生徒会室を出て行ってしまった。
あれれ?
呆然と取り残される僕ら四人。
「なんで行っちゃったんだろう?」僕はにっこーちゃんに訊いた。
「さあ……?」とにっこーちゃん。
「どうなってんだろね?」と早岐会長まで。
そんな中惟織さんだけはもくもくと生徒会の仕事をしていた……呆然と取り残されたのは三人だけだったか……
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