第17話【勧誘ポスター】

 ポスターしかないよね——


 そういうわけで『鐵道写真部 部員募集中!』のポスターを作ることになった。


 帰宅途中の生徒を片っ端から捕まえて「入部しませんか!」と声を掛けるのは少々辛いと互いに以心伝心してしまったのか僕の提案ににっこーちゃんが同意して、異論反論などは無かった。しばらくの間ポスターだけで様子を見ることになった。


 ポスターのデザインは『鐵道写真部』だと分かるように鉄道の写真を入れたものを作った。使用した写真はもちろんにっこーちゃんの大力作『雨中の313系』だ。このポスターを校内で最も生徒の人通りが多い職員室横の掲示板に掲示することになった。



「たったこれだけなのよ」にっこーちゃんが明らかに不服そうな顔をした。「どう思う? 富士彦くん」

 にっこーちゃんの手にはA4の紙。確かに『ポスター』と言うには小さ過ぎる。

「仕方ないんじゃないかな」そう言うしかない。


 鐵道写真部の部員にして生徒会副会長の惟織さんに思いっきり釘を刺されてしまったのだ。あの全紙大のデモ写真を活用しようとしたところ、

「掲示板に不必要に大きなモノを貼らないように」と。


 むろんにっこーちゃんはこれに大いにものを言っていたが『掲示板利用規約』なる規定を示され掲示できる紙の大きさに規定があると言われてしまっていた。同じ部活だからといって容赦は無い。


 にっこーちゃんは『少しくらい大きくても掲示期間たったの二日にしますから。これでどうでしょう?』と今度はやはり鐵道写真部部員にして生徒会長である早岐会長に頼み込んだが惟織さんがそれを速攻で遮断して交渉は終わってしまった。

 掲示板に掲示できる紙の大きさはやはりA4までなのである。


「あっ、今ごろ思いついたんだけどこれと同じやつを十枚くらい貼るってのはどうかな?」

 やめといた方がいいだろうな。

「答えは言わなくても決まってると思うけど」

 にっこーちゃんは悟ったのかぶー垂れた顔をした。

「とにかく貼ろう。昼休みが終わっちゃう」と僕の方から次の行動を促す。

「だよね。せっかく作ったんだからね」とにっこーちゃん。ぶー垂れた顔をしていたのにあっという間に表情変化。幸せとは、幸運とは、こういうことを言うんだろうなあ。とは言えあと一人集まらないとこの状態は維持できないんだよな。


 〝ポスター作戦〟の見切りはどこでつけるか……そんな嫌なことも頭の片隅をよぎってしまう。



 ——そうして僕とにっこーちゃんは生徒会室を出て廊下を歩いて歩いていま職員室前の掲示板のところに立っている。


 生徒会の掲示許可印と日付の入ったA4の紙をにっこーちゃんが画鋲でとめていく。僕はポスターを手で押さえる役。しかしにっこーちゃんはやけに悠長に貼っている。やっぱる自分の撮った写真が掲示されるとなると気になるってことなんだろうか。


 しかし、いざやってみるとこういう〝よく分からない部活〟のポスターを貼るのは少し勇気の要ることだ。貼っている間も後ろを何人も何人も人が歩いていく。いったいどんな目で見られているだろう、『えー、電車なんかの写真撮るんだ。やだー』なんて思われてるよ。この場に居たくない離れたい。だけど僕にとってこの鐵道写真部という場所がどれほど大事な場所かを考えたら——それを思えばやるしかない。


 けどなるべく早くして! 内心でそう叫んでいる間にA4の『鐵道写真部 部員募集中!』のポスターは貼り終わっていた。


 もう一刻も早くここを立ち去りたい。だがにっこーちゃんは廊下の壁際まで下がり掲示板真正面からまじまじと貼ったばかりのポスターを眺め始めた。


「真ん中が開いてるから真ん中に貼っちゃったけど、周りが全部埋まってると却って目立たなくなるかなあ」などと言っている。

「ちょっと、にっこーちゃん」と急かすも、

「富士彦くんはどう思う?」と訊かれてしまう。


 どう思うもこう思うも、もうここはいいんじゃないの。きっとこのポスターを真面目な気持ちで見る者なんて皆無で、イケてる奴らがネタにして嗤うんだ。しかしどういう扱いを受けようと恥ずかしいけど我慢するしかない。直接誰かに声を掛けるよりはマシだ。


 それに矢面に立っているのはにっこーちゃんだから僕がどうのこうの言える立場にない。

 現にポスターの中にはこうある。


 『連絡は一年 宮原日光まで 普段は放課後屋上で活動してますが入部希望の方は生徒会室まで』と。


「ここで立っていると見張ってるみたいでポスターを見たい人がいても見れないんじゃないかな」と言ってみた。

「まあそれもそうか——」


「——どこに貼れば見てくれるかなんて分からないものね」にっこーちゃんはそうつぶやきながらポスター正面から離れる。僕も続行でにっこーちゃんの後を追う。


 だがにっこーちゃんは階段の角を曲がると途端にくるっと方転し物陰からじっと掲示板を覗き込み始める。やっぱり見張りたくなるらしい。

「見ててもしょうがないでしょ」と言っても、

「でも気になるじゃない」と返ってくる。


 しばらく見ている。何人も何人も生徒が掲示板前を通り過ぎていく。


 取り越し苦労、とんだ拍子抜けだった。


 誰も立ち止まらない。誰にも見られない。笑い物になる以前の問題だ。昼休みの予鈴がなるまでにっこーちゃんが動かないので横で延々付き合っていたが『効果ゼロ』と言っていい……


 ホッとしたような……

 でもこれではマズイよ。なにせ部員があと一人足りないんだから。

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