第12話【『鉄道写真』、にっこーちゃんに語らなかったこと】
僕はいま自転車のペダルを踏み踏み家路についている途上。
『鉄道写真大肯定論』をにっこーちゃんの前で大いにぶったのは僕なんだけど、実は語らなかったことがあったりする。
要するにそれはなぜかというと結局ネガティブな話しでしかないからだ。
語らなかったことその1『おカネの話し』。
にっこーちゃんは『すっごくお金がかかりそう』と言ったが別に登山やスキーをやらずとも鉄道写真にはお金がかかるのである。
そのほとんどは『遠征費』、要するに交通費だ。
SLが一番解りやすい。架線の無いところを走るSLが鉄道写真的にすっごく良いらしい。そういう価値観があるのが解ってしまった。
しかし〝架線が無い〟とは要するに電化されていないという意味で、今の僕たちにはおいそれとは行けない遠い遠い場所だ。山口線とか会津若松より向こうの磐越西線とか。静岡からはあまりにも遠い。
この鉄道写真における『遠征問題』はなにも今始まった話しではなく昔の昔からあったようだ。
〝◯ンスタ映え〟だとか〝自撮り〟だとか、ネットというところはある種自分の自慢話をしたくなる空間らしくその点鉄道写真も例外ではない。『過去俺が撮ったこの鉄道写真を見よ!』みたいなところがある。
その手の過去写真の中で僕の見た一番古い過去がどれくらい過去かというと、SLが〝客寄せパンダ〟じゃなく、本当の意味で使われていた時代のものだった。
西暦でいうと1970年少し前から75年の辺り、ということだ。
僕は、九州とか北海道に単独遠征していた〝中学生〟の話しを見た。もはや武勇伝である。
〝スゲヱ〟、といろんな意味で半ば呆れつつ読んだ。まずよく親が許可した。僕はもう高校生だが九州も北海道も行ったことがないぞ!
むろん最大のネックは金銭だが『遠征費』はもちろんのこと『宿泊費』だって半端ないはず。(当時のことだからあるいは夜行列車の車中泊か?)むろんその時代はフィルムカメラだったからフィルム代及び現像代及びプリント代もかさんだはずだ。っていうか中学生で一眼か。
とにかく『鉄道写真』には昔の昔から金銭問題が付きまとう。鉄道写真にはすっごくお金が要る。
ただ、にっこーちゃんは『鉄道写真』を本気で撮るつもりは無いから伝えなくても問題はないだろう。
語らなかったことその2『平日の話し』。
僕はスクープ的鉄道写真、いわゆる『鉄ネタ写真』というものを何枚も何枚も見ていた。気づいたことがあった。あらゆる写真にはそれが何月何日に撮られたか、『日付』が明記されていた。その日付から曜日をチェックしてみたのだ。
〝平日〟が多いぞ——
にっこーちゃんにも話した『工臨』はもちろん、土日に運転しているものとハナから思い込んでいたSLも平日に運転していた。〝普段走らないところ〟を走らせる場合、お客さんを乗せない状態で〝試運転〟と称し運転するのが慣例となっているようだった。
その手の写真の日付を片っ端から見ていくと夏休みとも冬休みとも春休みとも関係が無い正真正銘の平日だったりするものが実に多い。
さて、この平日の鉄道写真を撮った人は何者だろう?
平日が休みの社会人? 平日に有給休暇を取った社会人?
もし高校生だとか大学生だったら彼らはなぜ平日に活動できるのであろうか?
『鉄道写真』が行くところまで行くと学校も行かずに撮りに行ったりするようになるのであろうか?
プロでもないのに平日から鉄道写真を撮っている人は僕にとって謎の存在である。ここには間違いなく『鉄道写真部』が誤解される余地がある。鉄道写真にはすっごく時間が要る。
ただ、にっこーちゃんは『鉄道写真』を本気で撮るつもりは無いから伝えなくても問題はないだろう。
語らなかったことその3『闇鉄の話し』。
『闇鉄』、それは〝夜であっても鉄道写真を撮る〟という意味である。
〝夜〟と言っても全てが暗がりの中というわけではない。踏切の周り、構内灯など〝人工の光〟は線路周り各所に存在する。そういった光源を利用して鉄道写真を撮ることを『闇鉄』と言うらしい。
昔々、『夜、鉄道写真を撮る』ということは〝止まってるもの〟を撮るという意味しかなかった。つまりホームで止まっている列車を撮るだけ。しかもシャッタースピードは確実にB(バルブ)だからホーム上で三脚を使う必要がある。今だったら怒られるんじゃないの、これ? ってな感じだ。
しかし、たとえ昔できたことが今できなくなっていても、その逆もある。即ち、機材の進歩で昔できなかったことが今できるようになった——それが『闇鉄』。
必要な物は高感度耐性の強いカメラボディ、解放F値2.8以上の明るいレンズ。こういう物を用意すれば夜であっても普通に走行写真が撮れるようになった。
ネット上を彷徨っていて僕の目が思わず釘付けになった写真がある。
寝台電車(サンライズ、とかゆーらしい)が夜の浜名湖を渡って行く写真。
長大編成総二階建ての寝台電車、窓から洩れる室内灯が低い湖面に映り四層のように。それはまるでテレビ放送で見たあの超有名映画、『タイタニック』!
凄い写真だった——
だがふと冷静になって考えた。どういう状態で撮ったのだろう? と。
ひとけの無い漆黒の闇に包まれた深夜の湖畔に佇む一人の男————
この間誤って見てしまった『犬神家の一族』を思い出してしまった。
凄い写真だと思っても僕にはこれを真似する蛮勇は無い。もちろん女の子であるにっこーちゃんに勧められるわけがない。鉄道写真にはすっごく勇気が要る。
ただ、にっこーちゃんは『鉄道写真』を本気で撮るつもりは無いから伝えなくても問題はないだろう。
とにかく『鉄道写真』を極めるのは困難だ。
惜しげもなくつぎ込める『おカネ』、平日だろうが真夜中だろうがそれをものともしない『行動力』。
いや、とにもかくにも『鉄道写真』は凄いや。そう思いながら家へと自転車をこぎ続ける。
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