第13話【申請書類提出[決戦!]の日】
週が開けた。月曜、放課後。遂に生徒会室へ殴り込む日がやって来た。僕とにっこーちゃんの今後を決する運命の日だ。なんていうかすっごく気が重い。
『なぜ鉄道写真部がこの学校に必要か』というプレゼンを生徒会役員相手にするのだ。自分で思っていてなんだが、『なぜ必要か』なんて、かなり説得力が無い。
やるべきことは分担されている。今日にっこーちゃんのやることは撮ったデモ写真を生徒会長以下役員達に見せるだけ。その後の質問と受け答えについてはキホン僕が担当する。つまり生徒会の方々に、〝何も言われない〟とは考えられないわけで、事の成否の七割か八割は僕に掛かってるといっていいだろう。気が重いはずだ。コミュ力低いのに。
これは今後の僕の高校生活、ひょっとしたらその後の人生をも左右する重大交渉だ。ここで〝まるで役立たず〟ならにっこーちゃんに見限られても仕方ない。
「こんにちはーっ」とノックをしながらにっこーちゃんが明るくお気楽な声で生徒会室のドアを開ける。取り敢えず『鉄道写真部』設立のための熱量を持っていてくれればそれでいい。
中にはもちろん生徒会長がいて眼鏡のツルをくいと人差し指で押し上げた。部屋の中はこの二人だけのよう。この間の『光画部』の時はけんもほろろだったなぁ。
「なんの要件でしょう?」まず生徒会長が口を開いた。
「新しい部活の申請にやって来ました!」にっこーちゃんが元気よく言った。
「前に言ったことと同じことを言わせるつもりですか?」交渉の〝不調な終わり〟を予感させるような台詞を生徒会長は口にした。
「デモ写真を持参しました!」突然そう言い放つやにっこーちゃんは全紙大に伸ばした写真を生徒会長に突き付けるように示した。
「ほう——」と生徒会長がなにか感想のようなものを言い掛けたもうその時に、
「じゃ、富士彦くんお願いね」と言われもうバトンを手渡される。
遂にその瞬間が来た。プレゼンというのかブリーフィングというのかこの僕の口次第で全てが決する。ひとつ深呼吸。
行くぞ! 僕は原稿を開き目を落とす。
「たった今我々がいかに本気であるかということを明らかにするため宮原さんが撮った鉄道写真を見てもらったわけですが、鉄道を専門に被写体とする写真部について、その設立趣旨について説明します。まず写真部と鉄道写真部の〝部〟としてのコンセプトの違い及び校内における活動で鉄道写真部が成り立つという——」「いーじゃない! この313系」
へ?
いつの間にか生徒会長は席を立っていてにっこーちゃんの手にしたパネル近くまで寄っていてそれをしげしげと眺めているところだった。
——いま確かに『いーじゃない』って聞こえたような……それよりもなによりもなに? さっき耳に入ってきた『313系』っていう専門用語っぽいことばは。
「鉄道写真部って言ったよね?」尚もにっこーちゃんが手にしたパネルを見ながら生徒会長が訊き返してきた。
「ええ、それで鉄道写真部についてですが——」「いーじゃん。いーじゃん」
いい? 寸分の間髪も入らなかった。聞き間違いじゃない。この人の声だ。目の前の生徒会長の口は確かにそう言った。
意表を衝かれる展開で来てる。
「いま、『いい』と聞こえたのですが」
「うん作りたいんでしょ? 『鉄道写真部』ってのを」
「はい」
「いいよ」あっさりと生徒会長が言った。
「えっ? いいんですか? ろくに何も説明してませんけど」
「この学校の屋上から電車が見えるよね? そこからでしょ?」
「よく知ってますね」
生徒会長は屈めた腰を伸ばし眼鏡のツルをくいと上げ口元に笑みを浮かべながら、
「知ってるよもちろんね」と言った。
どういうことよ?
「今から作る部活動に部費は出ないけどね。それでいいっていうのなら」
「いいです。いいですっ。すごーくいいです!」にっこーちゃんがパネルを小脇に抱え挙手をしながら言っていた。
「うん、そこでものは相談なんだが」そう言いながら生徒会長は立ち上がり僕の方につかつかと歩いてくる。突然肩を組まれた。そして小声で——
「君がフィクサーか?」と訊かれた。
「え?」
「この間彼女が『光画部』とか言ってたろ? それじゃ許可が下りないからと考えたのは君だろ?」
黒幕にされてる!
「あっ、いやその」
「目の付け所がいいよ」
「そ、そうですか?」
「時にものは相談だ」生徒会長はさらに声を潜めた。
そうだよな、そう簡単に物事が運ぶはずがない。
「入れてくれないか?」
「へ? だれ?」
「野暮だな。僕が言っているんだ」
おそるおそる真横を窺う。生徒会長の顔は極めて真顔だった。
またもや超展開で来てる。
「会長をですか?」僕は訊き返した。
「早岐・貴弥(はいき・たかや)」
「早岐さん?」
「ちょっと待って」
生徒会長は僕から離れ黒板前に立ちチョークを手に取りガッガッガッガッとなにかを書き始めた。
「『早岐貴弥』はこういう字を書く——」くるりと反転、黒板を背にして言った。そしてさらに続けて、「部員名簿に書いておいてくれ」と言った。
なんだぁ? これは。僕の最大の見せ場がいらなくなった⁉
「実は僕はEF210コンプリートに挑戦していてね、一口に『EF210』と言ってもバリエーションはいろいろある。分かりやすいのは白帯、それに黄帯とかね。最初はこの辺じゃ黄帯は無理だったのだが来静するようになってくれたしね。とは言っても、だ。こんなところで一人でやっていると『嗚呼、こんなことをしていていいのだろうか?』とか時々虚無感に襲われてしまうわけだ」と生徒会長は語り始めた。
どうしよう。なにを言っているのかよく分からないぞ。
「——それでも〝唯一の1両〟、クマイチが来るとなると多少モチベは上がる。がどうも〝それ以外は〟という状態で妙な義務感で撮り続けている。しかしただ撮ればいいというものでもない。白帯や黄帯には撮り方の制約がある。コンプリートを目指す以上は何号機か解るように撮らなければならないが、ある程度サイドがちに撮らないとなんだかよく分からなくなる。そこが〝正面ドカン!〟でもイケるクマイチとの違いだ。となると半逆光でも少しキツい。特徴的なサイドのラインの色が陽光の反射で解りにくくなる。だから必然的にバリ順で撮らなければならない。この辺りだと基本午前中の上りと昼過ぎから午後の下りだ」
〝バリ順〟ってのが〝順光〟のことらしい、ってことしか分からないぞ……
「で、部員名簿に書いておいてくれるの?」生徒会長は再びずいと寄ってきて言った。ハッと我に返った。何を言っているのか解らなかったが断る理由などどこにもない。
「もちろんです」僕は返事した。生徒会長は、
「できれば、こういう部活はもっと早く作って欲しかった」と付け加えた。
そりゃあ無茶ぶりだ生徒会長さん。
「僕らこの学校に入ったばかりですが」
「あぁ、そうだった。そうだった」生徒会長がやけに朗らかな声で言った。
「あのちょっと待って下さい!」そう言ったのはにっこーちゃん。さらに早口で、
「わたしが発起人です‼ 部長はこのわたしで富士彦くんじゃありません!」そう言ってた。
にっこーちゃんって仕切りたがり?
「おっ、そうなの? 部長が女子とは意外だな」と生徒会長は疑問を口にした。しかし自ら発した疑問に、
「なるほど」と勝手に合点をしていた。
またまた生徒会長に肩を組まれる。
「さすがはフィクサー」
「え?」
「男が部長で『鉄道写真部』、と来ればいかにもなヲタク系の部活、大っぴらに入部するのに勇気が要るだろう。これでは人は集まらん。〝部〟にするために必要なのはとにかく人数だ。だから女子を前面に立てた、とこういうことだろ?」
いーっ⁉
にっこーちゃん目当てで入部してくる〝男子生徒〟に期待する、っていう話しになってる‼ それ、にっこーちゃんが『オタサーの姫』になるってことだよ!
「僕はそんなの考えてません‼」
ここは否定しなければっ!
「そりゃそうしとかないと」と生徒会長。
はい?
「『鉄道写真』はあくまで隠れ蓑ってことだろ?」生徒会長は端的に言った。
見破られてる⁉ 見破られてる!
「いえっ、違います!」とにっこーちゃんが叫ぶように言った。
僕の方と言えばあまりに鮮やかに真実を突かれてしまい、ただ返答に詰まっているだけ。
「なにせ部長が女子だから」と生徒会長は言った。
しまった! 女子が部長の『鉄道写真部』なんてあり得ないと見破られていたのか!
「さすがは会長です」その女子の声はメガネの生徒会副会長だった。
生徒会長は「ん?」と言って顔を副会長の方へと向けた。副会長はさらに言った。
「——わたしも最初からおかしいと思っていました」
「女子だから『鉄道写真なんか撮るわけない』ってのは偏見です」と、またもにっこーちゃん。
「黙りなさい!」と鋭い声が一閃。「——鉄道の写真を撮る趣味が万々が一にあなたにあるとしても部活動は別っ! あなた以外は全員男子になりかねない部活なんて女子がやるわけがない!」と一気に言い切った。
それこそが『オタサーの姫』ってやつだ。それを自分で主催する者がいると思ってんの⁉ と言われている。
「違うんです!」とさらににっこーちゃん。
「『違う・違う・違う』だけで説得力ゼロ!」と副会長。さらに追い討ちをかけるように生徒会長に向かって「会長、彼女の言うことに説得力があるか無いか、お答え下さい!」と言い放った。
僕が部長を引き受けた方が良かったのか————
「うん、まあ説得力に関しては今ひとつだろうねえ」とあっさり認めてしまう生徒会長。しかし常識的に考えるとそうなるだろう。
「そうです。それにこの『鉄道写真部』とかいう部活はあまりに不自然すぎます。『いっしょに鉄道写真撮ろうよ!』と言って着いてくる女子なんているわけがないんです。会長、これについてもお考えをお聞かせ下さい!」
この副会長、どこまでも追撃をかけてくる。僕が部長役を引き受けてもやはり男子と女子の組み合わせでの『鉄道写真部』は不自然だということじゃないか!
「いないだろうねえ」
この生徒会長言い切ったぞ! この発言、自分が鉄道写真撮るクセにやけにシビアすぎないか⁉
「ほうらごらんなさい」と副会長。
「ああー」と絶望の声を出してしまうにっこーちゃん。
今ここに〝鉄道写真部=第二写真部〟であることが確定させられてしまった。いや、確定もなにもこれこそが真実だったわけだけど……
やっぱり僕には人を説得するなんて無理なのか。男子と男子だったら『鉄道写真部』は不自然でもなんでもなかったけど、男子と女子の組み合わせで『鉄道写真部』はあまりに不自然だったんだ。
にっこーちゃんともこれで終わりか————
「そんなに写真が撮りたいのなら温和しく『写真部』に入れてもらいなさい」と副会長の結論的御託宣。
だが——
「ふむ」とだけ言って生徒会長は小首を傾げ、「尾久くん、何か勘違いしてやしないか?」と口にした。
「と……言いますと?」
「『鉄道写真部』はGOだ」生徒会長は言った。
「それを隠れ蓑だと断言したのは会長ですよ⁉」と副会長。
「なにを言っているのだ、尾久くん。僕は入部希望だと言っただろう?」
「はあっ⁉」
「本当にホントですかっ⁉」とにっこーちゃん。
「むろん」と生徒会長。
「あり得ない決定です」と副会長。
「もう一度写真見せて」と生徒会長はにっこーちゃんに注文。にっこーちゃんが再びパネルを生徒会長に示す。生徒会長は言った「この写真を見れば解る」と。
「解りませんが」
「解る人にだけ解ればいい」そう言うとさらに生徒会長は「ちょっと拝借」と言って僕が手にしていたレポート用紙をひょいと取り上げる。
パラパラパラと速読する。
「良くできている。書いても書いてもキリのない〝鉄道知識〟は割愛し、あくまで鉄道と写真を絡めるという基本軸はまったくブレていない」
「それは『形だけは』、ということですけどね」と副会長。
「形こそが重要だとは思わないか? 形式写真も形だよ」
「今ひとつ何を言っているのか解りませんけど、設立動機に問題があると分かっていて許可を出すつもりですか?」とさらに副会長。
「まさか尾久くんは〝動機〟などをまともに問おうとしているのか? 彼女の持ってきたこの写真、そして彼のこのリポート、かなりの本気度だよこれは。それが伝わって来るってモンじゃないか」となぜか生徒会長が押してくれている。
「学校の中に同じ部活をもう一つ造ろうとしているって思ってますよね?」と副会長が釘を刺してくる。本来ならこっちがマトモな主張というものなんだろう。
「この際彼女と彼が本当のところなにを考えて『鉄道写真部』などを造ろうとしているのか、その真の〝内心〟など関係ない」とさらに生徒会長。
「ただ単に会長が仲間が欲しいだけじゃないですか?」
「う、ま、敢えて否定はすまい」
「ってことは生徒会長はわたし達の味方なんですね⁉」とにっこーちゃん。
「ただし条件がある」生徒会長は言った。
緊張が走る。
「『鉄道写真部』を名乗る以上は本当に名前の通りの活動をすること」生徒会長は言った。
「もちろんです」とにっこーちゃん。かなりの即答。簡単に〝もちろん〟と言ってしまったがいいのか?
「あともう一つ」
「え、まだあるの?」と再びにっこーちゃん。
いや、ここは腰を低くしておいた方が……
しかし生徒会長は気にする様子もなく、
「申請書類の『鉄道写真部』の『鉄』の字——」と言ってまたも黒板の方へ歩いて行きチョークを取ってガッガッガッガッと難解な文字を書き始めた。
「こっちにしよう」と生徒会長は言った。実に真顔で。
「それは——?」と思わず声を出してしまった。
「大鐵、大井川鐵道の〝鐵〟の字だ」
「たったそれだけ?」僕はそう訊いた。
申請書類の『鉄道写真部』が『鐵道写真部』に変わった。
「むしろ『鉄道写真部』などと〝ドストレート〟なほどに名乗る以上は、却って女子が部長の方がいい」と、そこまで生徒会長は言った。これは女子、つまりにっこーちゃんが部長でもいいってことだ。生徒会長の考えは全くブレてない。
僕はにっこーちゃんの方を見た。にっこーちゃんも僕の方を見ていた。どちらが先にうなづいたのか分からない。ほぼ同時にふたり無言でうなづいていた。
ズバリと内心を言い当てられ僕もにっこーちゃんもまともに対応することはできなかった。そういう意味ではこのプレゼンテーションは大失敗だ。しかし結果的には渡りに船の状態となった。
むしろこれは好都合だ。最初から〝第二写真部設立の企み〟を見破られているのなら今後隠し事などを続ける必要が無くなる————その時だ、
「わたしは納得はしてません。本当に『鐵道写真部』なんて部活が成り立つなんて」それを言ったのは副会長だった。
生徒会長がここまで味方をしてくれてもまだダメか。この副会長を無視して『鐵道写真部』設立は無理なんだろうか? 生徒会長の方を見る。
「却下っ!」ともなんとも言わない。どうすれば納得できるんだろう————
「なら我々も行ってみようじゃないか」と生徒会長はなぜかくぐもったような声で言った。
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