第9話【対生徒会対策(『撮り鉄』の心理考察)】
しかし言っておかねばならないことがある。世の中そうは甘くないはずだ。
——生徒会が『鉄道写真部』なんておかしな部の設立を簡単に許可するとは思えない。にっこーちゃんが『ケチをつけられる可能性』について言っていたけど同感だ。難癖は必ず付けられると、僕も考えてしまう。
「懸念がひとつある」僕は言った。
「富士彦くんの? どんな?」にっこーちゃんが訊き返してくる。
「生徒会と写真部が手を組む可能性を考えなきゃいけない」僕はその懸念を口にした。
「組むの? あのふたつが?」
「そんなの当たり前でしょ。この学校には既に名声高い写真部があるのにそれとは別にもう一つ写真部を立ち上げようだなんて誰もいい顔しないよ。それにあの写真部なら生徒会に対して発言力があるかもしれない」
「それは、いわゆる『政治力』ってやつ?」
「そう。——あの写真部が生徒会に入れ知恵したらどうなるか」
「どんな〝入れ知恵〟を考えてる?」
「『あいつらはきっと問題集団になる。部活動として認めてはならない』、ってな感じかな。ま、ありきたりだけど」
「う〜ん」とにっこーちゃんは考え込み「あれは確か問題集団の方が先にあって後からまともなものができたのよね……」とよく分からないことを口にし始めた。そしておもむろに顔を上げ、
「ところでなんでわたし達が何かやる前に問題集団になるのよ?」
「まさか何かするつもりなの?」
「とんでもないことはしないけどさっ、だけど将来必ず問題集団になるっていう前提が間違っているんじゃないの?」
「つまり、僕の言う懸念は杞憂だと?」
「キユーだなんて難しいこと言うね富士彦君は。そうね、思い過ごしじゃないのかな。ネガティブ思考が強めっていうか。切り詰めていいのは露出だけだよ」
やっぱり切り詰めてるっていう自覚があったんだ……やり過ぎだと思うけど。
「インターネットでさ、鉄道写真についていろいろ調べたんだけど、一番最初に『撮り鉄』っていうことばで検索かけて」
「うん」
「そしたら出てくる出てくる、これでもかというくらい悪評ばかり」
「なんとなくそんな気はしてたけど……」と、にっこーちゃんがある種の驚愕発言!
「してたのに『鉄道写真部』なんて造ろうとしてたの⁉」
「あの写真部に合わないのは富士彦くんも同じでしょっ!」
「ともかく撮り鉄の部活を造ると言っただけで迷惑部活を造ろうとしているとレッテルを貼られるかも」
「迷惑ね、確かに線路の敷地に入って撮ったとか新聞ネタになってるの見た記憶があるけど。要は入らなきゃいいんでしょ?」
「いや、必ずしも『線路に立ち入った』ネタだけじゃないんだな」
「線路に立ち入らないのに新聞ネタになったの?」
「『真岡鉄道菜の花事件』って聞いたことない?」
「もーかてつどう? なのはな?」
「そう。栃木県。SL絡みだよ」
「どんな事件なの?」
「そこにはこういう写真を撮れる場所がある。即ち、『SL・桜・菜の花』を一つの画面に収めて写真が撮れる」
「なんだかそれ出来すぎじゃないかなぁ。演出っぽいというか」とにっこーちゃん。
「ともかくそこに約二〇〇人ほどの撮り鉄が集まった」
「ふんふん」
「その中の一部が菜の花を踏みつぶしてしまった。つまりその場所でカメラを構えて撮ったってこと。そしてここからが核心部分。鉄道会社の公式フェイスブックが踏みつぶされた菜の花の写真を掲載し『何を撮りたいのか? 何も感じないのか?』とコメントをつけた」
「当たり前だよ」
「さらに続きがある。そういうことをする撮り鉄に対し『もう来ないで下さい』とも言ったんだ。鉄道会社が公式に撮り鉄に『来ないで』と言ったのは前例の無いことで、今までどんな迷惑行為をしていてもどの鉄道会社も『来るな』と言ったことはないからすごく注目されたわけ」
「え?、でも……」と言ってにっこーちゃんは考え込む風。そして、
「鉄道会社と撮り鉄の人ってお店とお客さんの関係じゃないの?」と訊いてきた。
「必ずしもそうとは言えない」
「どうして?」
「鉄道写真を撮るために車で来る人もいるから。こういう人は鉄道会社から見たらお客さんじゃないよね」
「あぁ、確かに理屈の上ではそうよね——しかしなんでだろ? 鉄道写真撮ってるんだから鉄道が好きなはずなのになんで車なんて使うんだろ」
「それには撮り鉄的に合理的な理由がある。車の中で寝れば宿代を浮かせられるし、夜のうちに到着し撮影地の近くで待機できるから朝早くから撮影できる」
「エコノミークラス症候群になったりしないのかなぁ?」
取り敢えず『エコノミークラス症候群』は横へ置く。
「他にも利点がある」
「どんな?」
「同じ列車を車で追い抜いてもう一度撮れる。俗に『追っかけ』」
「追っかけって芸能人じゃなくても使うんだ! そう言えば『出待ち』とか、来るものを待ってるという意味でおんなじかも」
「あの……鉄道の話しをしてるんだよね?」
「なんか西村京太郎っぽいよね? 2時間ドラマの再放送で見たことあるよ」
「なに、それ?」
「降りた列車と同じ列車に先回りしてもう一度乗り込む!」
なんの話しをしてたんだっけ?
「ともかく、こうした撮り鉄の悪いイメージを『鉄道写真部』にかぶせて潰すという手法が採られるかも」
「大丈夫だよ。ルールを守って清く正しく美しく撮り鉄をしますと言えばいいんじゃないかな」
「ところがやっかいな事に個人レベルで『清く正しく美しく』撮ってるつもりでも撮り鉄が集まっただけで迷惑集団に化ける」
「なんで?」
「さっき車の話しをしていたよね?」
「うん」
「その撮影地近くの場所に車を駐められる駐車場があると思う?」
「あっ、そうか。路上駐車だ。路駐なんだね?」
「そう。ショッピングモールじゃないし、駐める場所は無いよね。例えば車が五十台ばかり道に並んで駐めてあったら?」
「うわぁ……」
「そうなんだよ」
「でもでも取り敢えずわたし達は高校生だし車使わないし、『鉄道写真部』と車は関係ないんじゃないかなぁ」
「いや、結局キャパの問題だから」
「キャパっていうとキャパシティ?」
「そう。収容人員。例えばさっきの真岡鉄道の件では〝たった二〇〇人集まっただけ〟とも言えるんだよね。どれだけ人を収容できるかっていう問題がある」
「つまり……撮るにはベストポジションってのがあって、キャパは思ったほど広くない?」
「当たり。ドームやサッカースタジアムじゃないから撮影地ってのは狭いんだよ。だからなんとか撮ろうとして無理矢理入ろうとする者が出てくる」
「それで菜の花を踏みつぶしちゃったんだ」
「おそらくは」
「でもなんでそんなに殺伐としてるんだろ?」
「殺伐もするよ。例えば桜が今週末見頃になってるとして、来週末はどうなってる?」
「そうか! 桜がきれいに咲いてる週末は一年にたった一度。土曜と日曜の二日しかない!」
「正にその通り。収容人員は少ない。時間は限られる。だから撮り鉄はみんな目を血走らせ殺伐としている」
「撮り鉄って評判が悪いって聞いたけどそういうことなんだね。でもさあ……不思議だよね。わたしSLの写真を見たことあるけど、なんか静かなところをのんびりと走っている感じのやつばっかりだったよ」
「撮り鉄のメンタリティーでそうなっていると考えられる」
「〝とりてつ・の・めんたりてぃー〟、ってなに?」
「えーとどう言ったらいいかな……ほら、前にこんなCMやってたの見たことない? どういうのかっていうと、SLの真横を自動車が併走してて、そのSLを撮ろうと二人の女子がカカカカカカと連写するわけ。で撮った後にそのうちの一人の女子が『今の○○○○(芸能人)じゃね?』ってその車を運転していた人のこと言うの。あれ」
「それがなにか?」
「撮り鉄的リアリティーが無いと言える」
「メンタリティーにリアリティーが無いとか、カタカナ使わないで言ってよ」
「つまりー、どう言えばいいのかな……怒りとか無念さとかが感じられないってこと。あれが撮り鉄のメンタリティー、いや心情に反してるの。撮り鉄なら『SLの写真が車に邪魔されたー』って反応にならないとおかしい」
「でも線路の横に道路があるんでしょ?」
「まあそれはそうでホントは道路の無いところで撮ればいいんだろうけど、実際線路の横に道路がくっついている撮影地ってけっこうあるみたいで——つまり鉄道写真にはこういう『決まり事』がいろいろある。これを忠実に守るのが撮り鉄ってもの」
「え? え? どういうこと」
「『鉄道を撮るときは余計なものを写真の中に入れてはいけない』ということ」
「余計なものってなに? さっき言った車のこと?」
「車だけじゃない。人とかも」
「あっ、そうか。だからか。SLがのんびり走っているように写るのは!」にっこーちゃんがようやく合点がいったという反応をしてくれた。
「——そうかぁ……あののんびりした画面のこちら側では殺伐としていたんだね。写真って分からないなぁ……」と、さらににっこーちゃんが言った。
期せず写真という表現手段の本質の議論になってしまった。シャッターを押したこちら側と被写体のある向こう側が別世界というケースがある、という。写真には真実が写っているはずなのに真実が写っていないという……。これはある種のトリック。
だからかなぁ、その場の空気感を伝えるなら動画の方に分があるってことになったのは。戦場カメラマンはすっかり動画撮りになってるし……と僕が関係のないことを考えていると、
「でも人を入れてはダメとか言っても入ることがあるでしょ」と、にっこーちゃんが疑問を持った。
「そこを入らないようにする」
「どうやって?」
「どかす」
「どかし方、ちょっとやってみて」
ええっ⁉
確かにネット動画を回してしまったから『やり方』は分かるけどさ……
「どうしてもやるの?」僕は訊いた。
にっこーちゃんはうなづき、
「鉄道写真部やるからにはそう見えるように振る舞わないと」と言ったのだ。いや、見えちゃまずいだろ。
「いや、やるのはどうかと思うけど……」
「知識と情報は多いに越したことはないでしょ」と、さらに言われてしまった。にっこーちゃんに頼まれ事されて断れるか? それって〝幸運〟をドブに投げ棄てるようなものだぞ。やるか……やるしかない、か……幸い近くに人はいないし……ここは俳優になったつもりで——
僕は口の両側に手でメガホンを作る。息を吸い込む。
「すみませーん。そこ入るんで、どいてもらえますーっ⁉」
あの……にっこーちゃん……なにも言ってくれないんですけど……
「——まあこんな感じで」と僕は言った。
「それが撮り鉄のメンタリティーってやつ? だけどそれでどかなかったらどうなるの?」
「言葉が荒くなる」
「それもちょっとやってみて」
まだやるの⁉
にっこーちゃんは僕をじっと見ている。仕方ない。もう一度深呼吸して——
「オーイ! そこ入るんだよ。そこどけーっ。早くどけよー! どけって言ってんだろーっ‼」
僕はにっこーちゃんの方を見る。にっこーちゃんは僕を見ている。
「——てな感じで」そう言って打ち切った。
「……なにそれ?」
「撮り鉄同士で言い合っているなら外野的にはまだ許容範囲だけど、一般人相手に言うのがいるからねぇ」
「『鉄道写真を撮るんです』っていうと、そういう人だと見なされるんだね……」
「……不幸なことに」
この上さらに『駅員邪魔ーっ!』もネット動画で見てしまったがにっこーちゃんが理解したようだし、もうこれ以上紹介する必要も無いだろう。
『撮り鉄』の評判の悪さはネット動画の普及と相関性がある。現場に行かなくてもなにやってんのかどんな様子なのか分かってしまうからなぁ。カメラで簡単に動画が撮れるし。
しかし誰が動画を撮ってupしているんだろうか。それをやってる本人も撮り鉄のような気がするが……
「そういうことをするに違いないと、生徒会の人に決めつけられるかもしれないんだね?」
「その可能性が大いにある。こういうのと『鉄道写真部』とを絡めるのならそれはいわゆる〝レッテル貼り〟という手法だけどもう少し高尚な手口が使われる可能性もある」僕は言った。
「こうしょう?」
「まあ高尚っていうのもおかしいのかもしれないけど、巧妙にってことかな」
「どういう想定?」
「『熱意が感じられない』とか言って『鉄道写真部設立計画』を潰すパターンかな」
「熱意ならあるに決まってるじゃない。だからこそこうしてデモ写真も撮って、富士彦くんが鉄道のことをいろいろ調べているんだよ。熱さが必要って言うんなら『鉄道写真部を作ろう!』って言いだしたわたしが証明してみせる! わたしがバシバシ鉄道写真を撮って、もっといろんな写真撮って鉄道写真に対する熱意を目で見られるようにするから!」
「そりゃそうだけど、『フツーの意味での熱意』じゃないんだな」
「どういうこと?」
「あの写真部長が生徒会に入れ知恵したらにっこーちゃんが撮る鉄道写真は鉄道写真じゃないと言われるかも。撮った写真を見れば鉄道好きかどうかすぐ見破られちゃうという問題」
そしたら鉄道写真部=第二写真部だと見抜かれ、潰されるだろう。
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