第7話【運命の金曜日。『デモ写真』、そして現れたいまひとりの女の子】
ずいぶんと長い四日間だった。
————そして運命のその日が来ていた。朝から落ち着かなかった。ドキドキ、ドキドキ、〝ドキドキ〟とはこういうことかという気分を味わわされた。
金曜日の放課後、屋上へ——階段を一段飛びに駆け上がる。
ひょっとするとひょっとする。つまりすっぽかされるんじゃないかとそういう直近未来を予測しもした。
しかしにっこーちゃんは現れていた。やけにでっかい、『新聞紙にくるまれた板』を手にしてそこにいた。
にっこーちゃんの方が先に来ていて僕を待っていてくれた————
なんだか妙な感動が湧いてくる。言われた時は正直「四日も後なのか」と思ったけど、その日が来てしまうと四日も前の僕との約束を守ってくれたんだという、そういう思い。
「ね、どこか。空き教室に行かない? 大事な写真だから屋外じゃないところで、ね」
なるほど、あれが金曜日に言ってた『デモ写真』なんだな。にしてもずいぶんとでっかく伸ばしたもんだ。全紙(45・7㎝×56㎝)大くらいか。写真を大切にするのも当然だと思った。それで四日後になっちゃったのか。こんなデッカイ写真は仕上がるのに時間がかかる。
階段を降りながら、
「お金、かかったでしょ?」と、そう訊いた。
「でも税抜き2千円だから。これで時間もかかっちゃった。でもこれくらいやった方が鉄道写真部実現の本気度が伝わるかなって思って」
使ってるカメラといい、なんかおカネに余裕がありそうだな、にっこーちゃんは。
さて、僕は今にっこーちゃんと歩いているわけだが実は校内に『空き教室』なる教室は無い。どこも開いていない、空いているように見えても誰かいる。はたまた鍵が掛けられている。
ある一角で妥協せざるを得ない。
「あそこはどう?」と僕が提案した。
本館校舎一階の廊下の突き当たり。そこは『防災倉庫』前。倉庫と言っても教室。わざわざ空にして災害時用の物品を保管してある教室。
「いい場所じゃない」と、にっこーちゃんは肯定的な評価。とは言えここけっこう人通りが多い。職員室が近くにあるから。でも自分たちのクラスのある廊下よりはマシだ。なるべく目立たないようにしたい。
しかし思い込んだら則行動なにっこーちゃんはどこ吹く風で包んだ新聞紙をばりばりと勢いよくはがしていく。僕の内心の臆病など存在するとも思ってない。中から出てきたのはパネル。自作したのかパネルにした写真だった。
「どう?」
にっこーちゃんは防災倉庫前ででっかい鉄道写真を僕に堂々と披露した。誰が見ても鉄道を撮ったと分かる写真。
僕に見せるのはいいが今にっこーちゃんが立ってる立ち位置が問題だ。にっこーちゃんは防災倉庫の教室のドアを背にしている。僕がその位置の方が良かったんじゃないか? これじゃあ廊下を通行する生徒に丸見えだ。女子がこんなでっかい鉄道写真を持ってるって他にどう映るんだろう? こんなものを人目につくとこで。
「感想」
「え?」
「ねえ、わたしの写真どう思う?」
——カツカツのにっこーちゃん——
率直にそう思った。『カツカツ』にはふたつの意味がある。まず露出がカツカツだ。普通ここまで絞り込むかというほどに絞り込んである。むろん何が写っているか分からなくなるレベルには到達させないギリギリの露出だ。撮影時刻は夕方かもしれず、その上でRAW現像で徹底的に追い込んだに違いない。
そしてもう一つのカツカツの意味。構図がカツカツ。というより電車の顔が画面からはみ出している。電車正面を超望遠レンズで狙った構図。しかもフレームアウト。電車の背景はほとんどスペースが無く電車以外のものが全く写っていないと言っていい。
なによりも驚いたのは——
「凄い写真ですねえ」
その台詞を言ったのは僕じゃない。振り返ればそこにショートヘアの女子が満面に笑みを浮かべて立っていた。
「カメラとか、ずぶ濡れになりませんでした?」その女子はさらにそう訊いてきた。
その通りなのだ。この写真の印象深さはたぶんそのせいだ。この写真には雨が白い流線となって写り込んでいる。むやみやたらにISOを上げ高速シャッターを切ったならこうは写らない。絶妙に遅いシャッタースピード。そしてそれよりもなによりもこの写真は大雨の土曜日に撮られていて晴れた日曜日の写真じゃない。そこが驚くべきところだ。にっこーちゃんはあの雨の日に写真を撮るためにわざわざ出かけたんだ。
「あなたは確か……」と、にっこーちゃんが口にした。
そう、僕も気付いていた。
「ハイ、写真部の説明会の時、わたしもいました。いましたよね? ね?」
「やっぱり」と、にっこーちゃんが言う。
「凄いですね」
その女子はまた『凄い』と連発した。
この女子、にっこーちゃんがいたのは気づいていたようだが、この僕がいたことに気づいているだろうか? そこは訊きたいけど訊きたくない。
「高校ってこんなに上手い写真を撮る人がいるんですね。部活動、よろしくお願いします!」ぺこりと勢いよくお辞儀して立ち去って行ってしまった。
「あれ……? 部活動でよろしくって、鉄道写真部じゃないよね?」と、にっこーちゃん。
「当たり前でしょ。今現在そんな部活は存在してないし部員も集めていない」僕は言った。
今のところ『正式入部する/しない』は個人の判断に任せられている。いわゆる仮入部期間ってやつだ。四月末日までに決めればいいというのがこの学校ルール。
そしてさっきの言い様、にっこーちゃんが写真部に入部するという前提で言っていたよな……と、いうのも僕は今さっきの女子についての記憶がある。『写真部オリエンテーション』からの帰り際に聞いたあのテンション。そのテンション故だ。
気に食わんあの写真部長との会話が弾んでいたあの女子は、やはりというか写真部に入部する気満々らしい。この調子だともう写真部に毎日顔を出しちゃってるとかあるのかも。
ここでふと嫌な予感に襲われた。気に食わないヤツがいる集団でも一人気の合う人間がいたら、そこは居心地がいい場所になるんじゃないだろうか? もし、にっこーちゃんがそう感じてしまったら……
少なくともさっきの少し変わった女子はにっこーちゃんを写真部に相応しい人だと認めた様子。
僕は、関係がない……
「でも変なコ。名前も言わずに行っちゃうなんて……」
「どうするの?」
「どうするって?」
「鉄道写真部だよ。なんだか、『写真部でいっしょ』って、勘違いされてない?」
「これはわたしが言いだしたことなんだよ。わたしがやめるわけがない。それよりもさ——」
にっこーちゃんが僕と思いっきり目を合わせた。
「わたしが撮ったこのデモ写真、あなたの感想をまだ聞いていないんだけど」
僕は正直に最も関心したところを言った。それは流線を引きしっかり雨として写り込んだ雨。僕にはまずこういう写真は撮れない。そもそもこんな超望遠レンズは持っていないというところを抜きにしても僕はこんな大雨の日に写真を撮ろうなどとカメラを外に持ち出さない。さすがに『カツカツのにっこーちゃん』とは言わなかった。
にっこーちゃんはその名の通りこれ以上はないニコニコ顔になり、
「じゃあ今度は富士彦くんの番ね」と口にした。
おぉ、そうだった。スクールバックの中からA4コピー用紙二十枚ほどにまとめた資料を取り出し手渡す。二十枚までに圧縮したんだぜ。
だけどにっこーちゃんは資料を手に持ったままなにか思案の真っ最中。
「見ないの?」と訊かざるを得ない。
「富士彦くんの口から聞きたい」、そう答えが返ってきた。
「じゃあちょっとそれ返して」僕は渡した資料の返還を求めた。ぱらぱらとページをめくる。
「まさか富士彦くんはこれを朗読しようとしてた?」
「いやそういうわけじゃないけど特に大事なところだけ読んでもらおうと——」
「だめ」
「なんで⁉」
「わたしがよく分からないところを訊くから、それに答える形にして欲しいんだけどな」
それじゃあまるで面接だよ。
「じゃあその資料要らなかったんじゃないの?」
「いるに決まってる。最後には生徒会の人に渡すんだから」
渡しちゃうのかよ‼ 苦労して作ったのに!
——とは言えそれをなじれない僕がいる。なぜって、にっこーちゃんに訊かれるってことはにっこーちゃんとの長い会話時間ができてしまうってことだから。
やっぱりなんというのかな、女の子との親密さと会話時間の長短には密接な関係があるのはほぼほぼ間違いないところだから。
それにものは考えようだ。資料は渡してしまったらそれまでで、このにっこーちゃんはそれについていろいろ訊きたいって言ってくれてる。それはにっこーちゃんの方が僕との会話を望んでいるってことでこれが嬉しくないわけがない。
まあその資料はあげるために作ったんじゃないか。元々手元に残しておこうとは思っていなかったはずだ。その資料の最終的行き先が生徒会なら鉄道写真部設立に向けて役に立ったというもんだ。あげた物のその後の運命など結局分からないものだ。
ただ——
「ここはちょっと……」と言うしかない。
この場所は職員室のほど近く。人通りもけっこう多い。『鉄道写真がああだこうだ』とこの場所で話すのはちょっと……それににっこーちゃんがデッカイ鉄道写真のパネルをまだ剥き出しのまま堂々と持ってるし。
「じゃあわたしこの写真ちょっと置いてくるから、そしたらまたあの屋上へ戻ろうか」とにっこーちゃんが言った。
フト疑問が湧いた。こんなでっかい写真、にっこーちゃんは自分の教室に置いていたんだろうか? 置き場所など無さそうだが。
「どこに置いてくるの?」そう訊いた。
「職員室、ちょっと先生に預かってもらってたんだ」
うーん、にっこーちゃんのコミュ力は僕とは雲泥の差だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます