第4話【校舎の屋上】

 にっこーちゃんは早足になり校舎間の連絡路を抜け南校舎に入り階段のところまで来ると一段飛ばしで一気に駆け上がっていく。遅れないよう慌てて後を追いかける。

 一気に三階、そしてその上——

 そこは屋上のはず。


「らっきー! ここ締め切りじゃない」

 そう言うと、にっこーちゃんは屋上のドアを勢いよく開けた。たっ、と屋上へ飛び出しそしてフェンス際へ。あわてて僕もフェンス際へ。


 にっこーちゃんは両手の親指と人差し指でL字型をつくり、左手を上側に、右手を下側にして長方形をつくりその中をのぞき込んでいる。

 よく風景写真を撮る人が構図を決めるときにもっともらしくやってるお決まりのポーズだ。

 要するに今僕たちは写真部ではないので、自慢(?)のN社のD三桁下二桁ゼロゼロ機を所有していたとしても学校には持っては来られないということなのだ。


「最大望遠へズームアップしてギリギリかな……」にっこーちゃんがつぶやいた。

「なにかあるの?」と訊く。

 ここは中途半端な高度で見える景色も普通に街並みでしかない。

「でもやっぱ200じゃ足りないかも……」またにっこーちゃんはそう独り言を口にした。

「それは『35ミリ換算』ってことだよね?」

「まあISOだとは思わないよね」にっこーちゃんはようやく自分の手でつくったファインダーを解き目を離してくれた。

「そりゃそうだけど」

「で、さ、いけると思わない?」

「なにを作るつもり?」

「カンがいいよね、富士彦くんは。校内で活動できるなら部活として成り立つ——」


 もう一度にっこーちゃんが手製のファインダーを向けた彼方を見る。けっこう離れた彼方。たった今その『向こう』をステンレス製の電車が走り抜けた。それは東海道本線。


「——だからさ、『鉄道写真部』、できると思わない?」

「鉄道写真部だって⁉」


 カンがいいと言われたが生憎そんなカンは持ってはいなかった。僕が作るだろうと予想したのは『気象部』だとか『自然観察部』だとかで、一見写真部とは関係なさそうな部活をテキトーにでっち上げ、『記録が必要だから』などと称してカメラを持ち込めないかという程度だ。


「それは無理じゃないかな」

「なんでよ」

「ここから撮るんじゃ『鉄道写真部をやろう』なんてなことを言う人間としてはあり得ない言動になるから」

「どうして?」

「さっき電車が通ったよね?」

「うん。見えた」

「ここから何両見えた? せいぜい二両半程度じゃなかった?」

「だからなんなの?」

「鉄道写真を撮る人はこんなところから撮らないんじゃないの?」

「どう撮ろうが自由でしょ」

「鉄道写真っぽくない」

「鉄道写真っぽいってどういうの?」

「一般的な鉄道写真のイメージと違う写真になるというか……」

「鉄道を撮ったらそれは鉄道写真でしょ。鉄道写真じゃないならその写真、なんて名前の写真になるの?」

「……はぁ、まあ」

「まあ、じゃなくて『ここから撮っても鉄道写真』ってことにしないと部活として承認されないでしょ!」

「ということは『鉄道写真』が分かっているのにわざと分からないフリをするんだね?」と訊く。しかし、

「鉄道撮ったら鉄道写真でしょ」と答えが戻ってきた。

「……」

 この話しは堂々巡りのようだ。話題を変えよう。

「どうしても『写真部』の名前を使うの?」

「使う」

「なんで?」

「『鉄道部』という名前ならこの学校にあるなんて聞いたことがないから許可が下りやすいかも」と提案してみた。

「でもさ『写真部』と名を付けないとカメラの持ち込みを許可してくれないと思わない?」

 う〜ん、それはそうかもしれない……

 『鉄道部』じゃ「カメラ要らないよね」と言われかねず、『気象部』とか『自然観察部』でも「スマホのカメラで代用するように」と言われるオチになるかもな……無情にもあの生徒会長に————


「それに『写真』と『鉄道写真』って、撮る人かぶってないような気がしない?」にっこーちゃんが言った。


 それは核心部かもしれない……『鉄道写真』って独特の一ジャンルを形成しているような……それは主に撮る人間の問題かもしれないが……


 確実に言えるのは電車は喋らないから『被写体とのコミュニケーション』については考える必要がまったく無いということ。


「ねえ、どうなの?」

「確かに言える」

「でしょ? そこが狙い目なの。『写真と鉄道写真は合わない。合わないから違う部活を造る』、そういう方向性で」

「まさか謎部活モノの当事者になってしまうとはね……」思わずそう漏れた。


 『謎部活モノ』、それはライトノベルなどのお話しではすっかり様式美と化した一ジャンルである。高校入学からさほど間を置かず異性と共同しなんか変な部を造るというお話しである。


「謎なんかじゃない。する事は決まってる。鉄道写真を撮るの。だから『鉄道写真部』」

「本気で言っているの?」

 本気で言ってないように思えたのでそう訊いた。

「本気」そう言ったにっこーちゃんは間髪入れず付け加えた。「鉄道写真も撮るし、他の写真もね」

 なるほど。それが本音か。

「つまり『カメラを校内に持ち込む口実』ってことか」

「人聞きが悪いよね富士彦くんは。鉄道写真撮るって言ってるでしょ」

「200ミリじゃ足りないんじゃなかったの?」

「家にもっと望遠があるの」

 そうですか。

「それよりさ、富士彦くんのカメラに付いてるレンズ、単焦点よね?」

「そ。23ミリ……いや35ミリ換算で言うと、まあ35ミリだったりするけど」

「別に語呂合わせとかじゃないよね?」

「当たり前でしょ。広角レンズが必要だから付けてるだけで」

「主に何撮るの?」

「風景」

「へえ、広角だけで?」

「いろんなものが写り込むのがいい」

「ふーん」

 まあ価値観はいろいろだ。どうやらお気に召さないらしい。

「他のレンズは?」

 機材マニアですか? まあ僕も人のことは言えないわけだが。

「まあ一応スタンダードな35ミリ換算『28—200』の常用ズームくらいは押さえてある」

「じゃあ問題ないね。鉄道写真は」

「ここから撮る分には問題があるんじゃないの?」

「無いことにすればいいでしょ」

 大雑把だ。


「さてと」と、にっこーちゃんは口にして、何かを考えている様子。そしてやおら「役割分担しない?」と持ち掛けられた。

「意味が分からない」

「プレゼンよ」

「生徒会長に?」

「そう。あの会長に納得させるの。鉄道写真部の設立を」

「具体的に何をすればいいの?」

「わたしがプレゼン用の写真を撮る。富士彦くんは情報収集の方をお願いね」

「なんの情報?」

「鉄道とか鉄道写真。今さっき『いっぱんてきナてつどうしゃしんノいめーじ』(一般的な鉄道写真のイメージ)とか言ってたし。わたしより素養がありそうだから」

「まさか、鉄道についてなにも知らない?」

「ちょっとくらいは知ってるよ」

 ホントか?

「ちょっとなにか言ってみて」

「きさらぎ駅!」迷いも無さそうににっこーちゃんは言った。

「……なにそれ? どこの駅?」

「あれ、これ県内の話しじゃなかったかな? 終電間近になると忽然と現れる駅で浜松から富士までワープトンネルが通っているんだって」

 なにを言っているのか分からない。

「じゃあ鉄道写真の撮り方については?」

「我流」

「撮ったモノが鉄道だと分かるように撮るんだよね?」

「失礼ね。ちゃんと誰の目にも鉄道だって分かるように撮るから」

 なんと返事をすればいいだろう。

「でもやっぱり部活動として通すなら事前に綿密に情報を収集しとく必要があるのかもね」とにっこーちゃんはもっともらしく微妙修正。

「こっちも詳しくないんだけど」

「まーたまたご謙遜。ここから電車を撮るなんてあり得ないって言ったでしょ。それ詳しい人の言うことだよ」


 新聞社のサイトにも鉄道写真ってのが載ってたりする。そういうのを見て、『ああこういう風に撮るのか』ってなんとなくそんな気がするって思わないのだろうか? そんな写真、一枚も見てもいないのだろうか。


「どのレベルまで集めればいいの?」

「手っ取り早くそれっぽく振る舞えるようにならないとね」にっこーちゃんは言った。

「それっぽくとは?」僕が訊く。

「なんて言うんだっけ? 〝撮り鉄〟? そういう感じに見えるようにすること」

「とりてつ……に見えるところまで……?」

「見抜かれないためにはね」

「誰が見抜くの?」とまた僕が訊く。

「あの生徒会長。わたし達が『鉄道写真部を造る』とか言ってもマニアっぽく見えないんじゃ、カメラを校内に持ち込む口実だと見破られるでしょ」


 マニアかよ。


「あくまでそれっぽく見せればいいだけだから。鉄道と鉄道写真について調べたことをわたしに伝えてよね」

「伝えるの?」

「富士彦くんだけ詳しくなってどうするの? わたしは〝心底鉄道写真部を立ち上げたい人〟のように振る舞わないと」


 いま僕はにっこーちゃんの顔を真正面から捉えている。やたらと真面目な顔をしているため美人顔が益々美人になっている。

 まあ、やらないと後で後悔しそうだな。考えてみれば女子に頼まれ事をされるのも生まれて初めての経験かも。


「期限はいつまで?」

「この週末わたしが鉄道写真部設立のためのデモ写真を撮る。それをプリントするから……、そうね、来週頭に伝えて欲しい」

「今日が金曜日、そして土、日。三日もあるからたぶん大丈夫かな」

「じゃ来週の月曜までに資料まとめられる?」

「資料をまとめるとは、プレゼン的ななにかをプリントアウトするとか……?」

「そう。わたしも理解しておかないと」

 そこまでやるのかよ! 調べ物の挙げ句、資料作成まで依頼されるとは。

「たった二日半で即席鉄道マニアになれる自信ある?」

「……え、と、それっぽいことを言えばいいだけだよね?」

「まあそうなんだけどやるからにはきっちりしないと」

「しかしちょっと待って」

「なに?」

「鉄道写真をどう撮るかを僕が調べてもしょうがないんじゃない? デモ写真を撮る人が調べないと」

「ああ、いいの、調べなくて」

「なんで?」

「わたしの感性で撮るから」

「……感性じゃない写真も一応押さえておいた方がいいような……保険という意味で」

 なんだかよく分からない写真ばかりではリカバリーができない。

「不安そうな顔してるけど、鉄道だと分からないような写真は撮ってこないから大丈夫。わたしを信じて!」

 にっこーちゃんの顔で、この燦々とした表情で言われると信じないわけにはいかなくなる。

「じゃあお互い行動開始ということで。週が開けたら屋上で!」

 一方的ににっこーちゃんに宣言され、もう直後にはすたすたと歩き去ってしまった。

 なにかこう……共同して協力して、まあ要するに『いっしょに』何かをするということはないんだなあ…… 別行動かぁ、はあ。


 まあ、いいか。


 しかしどの程度まで調べればいいのか。いい加減でずさんな調べ方しかしてないとにっこーちゃんに軽蔑される。僕のプレゼン相手は、まずはにっこーちゃんだ。生徒会長はその次だ。にっこーちゃんが相手なら『すごいね』って言われるくらい徹底的にやりたい。

 とは言えやっかいはやっかいだ。鉄道やら鉄道写真に関する知識や情報を懇切丁寧に教えてくれるような知り合いなど僕にはいないからだ。

 と、いうことは独力でなんとかしなければならない、ということだ。あくまで自力で。


 インターネットしかないだろうなぁ……珍しくパソコンをいじくり回すことになる。あっ、あと久々プリンターの稼働も必要だ。

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