第3話【生徒会室】
さて翌日放課後。場所は渡り廊下。
「ね、『光画部』ってどう?」にっこーちゃんが訊いてきた。
「『こうがぶ』って、何をするの?」
「写真部と同じこと」
「……まさか、ただ名前を変えただけ?」
「そう。やることは同じ」
これがにっこーちゃんが考えてきた〝企画〟なのか……
「それって野球部があるのに『ベースボール部』を造ろうっていうのと同じじゃあ……」
「上手いこと言うよね、富士彦くんは」そしてさらに続けてにっこーちゃんは言う。
「取り敢えず生徒会室に行ってみない? 『光画部造らせてください』って言ってどう反応が返ってくるか」
嫌な予感しかしない。
『生徒会室』
そうプレートが出ている教室。
にっこーちゃんは躊躇うこともなく軽く引き戸を開けて中に踏み込む。僕だったらこのドアの前で五分くらい躊躇しそうだ。それでいて結局入るのをやめてしまうという——
生徒会室の中はコの字型に並べられた机と椅子。にっこーちゃんと僕は指示された通りふたり並んで椅子に腰掛けている。机は、無い。そこに座るようにと言われたから座っている。そして向かい側正面の机のところにふたり、この部屋の主たちが着座していた。つまり生徒会会長と同副会長。
何やら尋問されるような配置。
生徒会長は眼鏡を掛けた長身の三年男子。にっこーちゃんのある意味とんでもない要求(同じ活動内容の部活を造らせろ)を、表情も変えずに聞き続けていた。飄々とした感じで何を考えているのかよく分からない。
それとは対照的に傍らにいた副会長は二年の女子で『ふざけた要求を持ってきて』という表情を隠そうともしない。どうでもいいけどこちらもまた眼鏡を掛けていた。
「どうです? 会長。仮に入部希望者五人を集めた場合、この部活の設立の見込みはありますか?」にっこーちゃんが問うた。
「光画部ねえ……」
眼鏡の生徒会長は眼鏡のツルを押さえながら言った。
「ええ、規定通りに五人集めても結成不許可では努力が無駄になってしまいます。集まってもらった人たちにも申し訳ないし。だから予め訊いておこうと思って」にっこーちゃんが言った。
「たとえ規定の五人を集めたとしてもだ……申請が通る見込みはゼロだ」生徒会長は言い切った。
「会長が通さないんですか?」
「ボクを高校に君臨する独裁者か専制君主と勘違いしてやしないか。そんなのはサッカー部があるのにフットボール部を造るようなものだ」
僕が言ったのと同じようなこと言ってら。傍らの副会長の表情はさらに険しくなった。怖っ。
「ところでキミは昔のマンガを読んだりするのかい?」生徒会長がにっこーちゃんに訊いた。
「ええ、わりと」
「真面目に写真をやろうとしているようには思えないな」
「なるほど」
思わず真横を見てしまう。にっこーちゃんは微笑みながら言っていた。何かこの会長との間に暗号めいたやり取りが成立しているように見える。
「この高校には名門の写真部がある。そっちでウデを鍛えたらどう?」と生徒会長。
ズバリ、どストレートを投げ込まれた!
「とても嫌な雰囲気なので馴染めないんです」
にっこーちゃんもあまりにもどストレートに言い切った。そして実は——これは僕の言いたいことでもある。
「なるほど」そう生徒会長は言った。
意外なことにこれだけで済ませてしまい説教も小言も言われない。それに力を得たのか、
「では活動内容に違いがあれば新たな写真部の成立の見込みがあるということですか?」とにっこーちゃんが畳み掛けるように訊いていた。
「理屈の上ではそうなる」
「会長っ、何を言っているんですかっ⁉」
傍らでこのやり取りを記録していただけの副会長が初めて口を開いた。
「尾久くんそういきり立つな」
副会長は女子だったが『おくくん』と、くん付けで生徒会長は呼んだ。
「でも……」
「いいじゃないか」生徒会長は実にいい加減そうな事を言った。しかし決して『人数を集めたら必ず承認する』という言質は与えようとはしない。それに納得したのか副会長はこれ以上口は開かなかった。
「分かりました。どこまでできるか、わたしやってみようと思います!」と、にっこーちゃんは明るく元気よく言った。
改めて思う——にっこーちゃんってコミュ力ある方だよな……
結局、僕は——なにしてたんだろ? 横にいただけだった。まあいいや。深く考えるのはよそう。
「ねえどう思った?」
生徒会室を出た直後にっこーちゃんが訊いてきた。
「難しそうだな……」
「そうかな? 収穫は十二分にあったと思うけど」
収穫? あったろうか? そんなもんは。
なぜだか、にっこーちゃんの顔には笑み。
「それはどういう?」
「活動内容に違いがあればいいってのが否定されなかった」
「どう違いをつけるの?」
「わたしさ、この学校に来るのに踏み切り渡るんだよね」
「それが?」
「その踏切を渡る少し前にさ、この学校の校舎がよーく見える場所があるんだ」
「それがどう関係するの?」
「その場所から校舎がよく見えるのなら、その逆もよく見えるんじゃないかな?」
言ってる意味が分からない。
「あれは南校舎。屋上に上がってみない?」にっこーちゃんは言うやすぐさま僕の返事を待たずに歩き出す。
ちょっと待ってくれ!
「もう何か考えてるってこと?」
「そう。あの写真部がわたしに合わないってのがはっきりしたんだから、何か別に考えるのは当たり前だよ」
考えちゃいないよこっちは。帰宅部でも仕方ないかと、漠然と諦めていたんだ。
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