最終話「福音」

 福音、即ち自分に取って喜ばしい知らせの意だが、私にとっての福音とはなんだろうか。旅団に加入したこと?北方で砦を所有できたこと?悪魔の旅団との戦いに打ち勝ったこと?いやいや、そんなことよりもっと根本的な福音があった。


 悪魔の旅団こと<1stSSF>との決戦から幾日か経ったが、北方最大手を誇った旅団が呆気なく解体したことにより流出した多くの元メンバー達に、かつて<1stSSF>に所属していたFetyさんに彼が依頼し声を掛けて貰ったため、そのほとんどが再び黒の国に帰還、かつての戦力を取り戻すことが出来た。肝心の砦についても、奪還が滞りなく進み、占領した5つの砦は事前の取り決め通り、2つを赤の国に譲渡、残り3つはオジンが軍団長時代に砦を失った<アンビシャス>などの旅団に配分されたが、なんと私達の旅団<聖霊騎士団>にも砦が1つ戻ってきたのだ。これで砦内のマイハウスもまた使う事ができるため、メンバーの喜びも一入だった。何というか、何もかもが元どおりという感じだ。


 そして今日は、ついにやってきたハレの日。日なのだが……

「よりにもよって、あの豚が遅刻とは……!」

今日は仕事が夜番だから後から合流すると言う彼。折角のハレの日だというのに、全く。

「マグはゴッドフリーがいなくて寂しいようだけど、取り敢えず始めようぜ〜」

んなっ!?

「なっ、何言ってるのよマキシ!」

「はいはい、まずは旅団長からの挨拶ね」

ぬぐぐ……私はただ全員が一同に揃う事に意義があると……

「旅団長はやくはやく^^」

「旅団長お願いします」

「旅団長はやくw」

「旅団長ゴッドフリーの事ばかり考えてる〜」

「(o^^o)」

あーはいはい!分かりましたよ!

「えー、それでは<1stSSF>との決戦に打ち勝ち、無事私達の旅団<聖霊騎士団>が砦を取り戻した事を祝して、旅団狩を始めます!」

わー!ドンドンパフパフとみんな。お祝いに旅団狩と言うのは、正直パクりなのだが喜んでもらえたようだ。

「目標はここフーラの森最深部のボス撃破!そして重量限界までのドロップ品収集!みんな頑張って稼ごー!」

「「「おー!」」」

奥へと歩みを進める私達。木々が生い茂っているため視界が悪く、道が枝分かれしているが、勝手知ったる場所、私は迷う事なくみんなを先導した。

「マグさん、ここのダンジョンについて詳しいけど、前も来たことあるの^^?」

「以前はよくここで狩してたからね」

めじろさんに答えつつ、当時のことを思い出す。


 今思えば、私は毎日毎日、来る日も来る日もここでスキル上げとお金稼ぎをしていたため、外の世界なんて何も知らなかった。よくもまあ、飽きもせずにしていたと、我ながら呆れる。


 あまり強いMobが出ないため、難なく上層部から中層部まで突破でき、ボスのいる最深部前まで到着した私達は、いつものようにたき火を囲んでの一時休憩をする事にした。このゲームの特徴であるストレス値の回復を昔は煩わしく思っていたけど、今では交流ができる貴重な時間だと思えるようになってきた。

「最深部までもう少しね。悪いんだけどまる、武器の修理を頼めるかしら」

「もちろん!」

携帯型鍛治セットを設置して、早速修理に取り掛かるまるを見ていて思い出したが、マキシ、うにちゃん、まるの3人組に初めて会ったのも、こんな感じでたき火を囲んでいた時だったな。


 あの時の野良PTは、今みたいな和気あいあいとした感じとは程遠い、なんと言うか、殺伐とした雰囲気だった。あぁ……そう言えば、みずぽんさんとファリスの2人に初めて会ったのもあの時か……今思えば、このゲームでの私の家とも言える旅団に加入出来ただけでなく、私を成長させてくれたのも、あの2人のお陰と言えるのかもしれない……なんにしても、私はこの<聖霊騎士団>のメンバーだけじゃなく、良い人も悪い人も含めて、沢山のプレイヤーに出会った。


 ストレス値も回復し、武器の修理も完了したため、私達は最深部に突入することにした。相変わらずバーバリアン系に熊と猪を中心にした獣人系と獣系のMobを倒しつつ、奥に向かう。

「そう言えば、シナイ山のストレンジャーとバーバリアンって似てるね。細部は違うけど、同じ獣人系って感じ」

「シナイ山行った事無いやwどんなとこw?」

「う〜ん……とりあえず山頂から見える日の出は絶景だったわね」

最近気付いたが、意外と南方で行った事のないダンジョンが多いプレイヤーが結構いるようだ。まぁファストトラベルの無いこのゲームでは仕方ないのかもしれない。私なんかは、特に西部地域については、ほぼ全てのダンジョンに一度は足を踏み入れた事がある。それもこれも彼に連れられてだが……懐かしいな、聖地巡礼イベント。その後も彼の思いつきに振り回され、ヘルモン山にヴァルト湿原、終いにはデバックルームなんかにも行ったな。今となっては良い思い出だ。お陰でこうしてみんなを先導できるダンジョンが多くあるんだから。何事も経験……

「マグここは右?左?」

「え?あ〜……多分右なんじゃないかな」

ヤバい何だかんだ言って、フーラの森は最深部奥地まで来たこと無いから分かんないや。


 フーラの森最深部奥地は、森が一層深くなり、日が届かない為か薄暗く、その中に点々と夜光茸が淡い光を放ち、木々自体がまるで生きているかのように枝が絡み合う、まさに天然のダンジョンと言った感じで、幻想的と言うか圧倒的な光景が目の前に広がる。長い間この森を巣にしていながら、奥地がこんなだったなんてちっとも知らなかった。

「やばいwモンハウ化してるw」

そんな事を考えていると、ノワールさんの発言が流れてきた。見ると、少し狭まってるエリアにかなりの数のMobがひしめいている。

「このメンバーなら行ける!みんな突撃ー!」

真っ先に飛び出し矢を射つが、しまった、遠隔職の私が前出てどうする。と思ったが、ウニちゃん等近接職がすぐに来てくれたため助かった。それから小一時間ほどの戦闘の後、何とか殲滅できた。ふーやれやれ、危なかった。

「皆さんGJです。それにしてもマグさん、あの数のMobを前にして臆する事なく真っ先に飛び込むなんて流石旅団長です」

と、Fetyさんは言ってくれたが、近接職の後ろから、ただ矢を射つだけだった頃から、私は少しは成長出来てるんだろうか。


 彼から、ログインしたのでこれから向かうと連絡が来たので、しばし待機と思っていたら、不意に遭遇してしまった。ここフーラの森のボス、バーバリアンキングに。獣人が下々を束ねるのはその徳によってではなく、ただその力による。即ち王とは、獣人の中で最も強い個体となる。ここまで来た以上、私達は臆する事なくバーバリアンキングとその取り巻きの群れに攻め込んだ。獣人の王だけあって、厄介な状態異常は出血くらいしか与えてこないが、攻撃力は高めのようだ。ここは何とかして罠で足止めを……

「あぐっ!こいつの攻撃中装には辛い!」

「マグ回復するから一旦下がって!」

うぅ、ここはお言葉に甘えて……と思っていたら、真っ直ぐこちらに向かってくるバーバリアンキング。あら、張り切って攻撃したからタゲ取ったかな。

「マグりん危ない!」

この発言は……!黒い影が目の前を横切ったかと思った次の瞬間、彼が思い切りバーバリアンキングにど突かれ吹き飛んだ。

「ぐへぁ!思ってたより痛い!」

彼を追撃しようとするバーバリアンキングが動きを止めた。私の仕掛けた罠に引っかかったのだ。

「遅いわよ豚!でも進んで罠に誘導する囮になったのはナイス!」

「ぶひぃいい!」


 その後、罠により身動き出来ないバーバリアンキングにこの機を逃さないとばかりにみんなで集中攻撃、なんとか撃破に成功した。


 黒の国軍団長にして<1stSSF>との決戦の勝利の立役者、そして私の……相棒、ようやく合流か。

「布の服だとこんなに痛いものとは……死ぬかと思った」

このボロボロの外見なのがねぇ、と正直私でも思う。


 彼を加えた私達は、その後も和気あいあいと旅団狩を通してハレの日を祝い、無事ナザレの村に帰還した。

「あぁ……そうか」

精算後にみんなで駄弁っている時、私はふとあることに思い至った。

「?どしたんマグりん?」

フーラの森でそれまでずっと1人で狩をしていた私は、ある日彼と出会った。それからだ、私がこの森を出て、様々な人に出会い、色々な場所に行き、種々の経験をしたのは。あの時私が彼を見て感じた予感は大当たりだった。彼との出会いこそが私にとっての福音だったのだ。

「何でもない。これからもよろしくね、ゴッディ」

「こちらこそ、よろしくマグりん!」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たかがゲームの福音書 @Karesawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ