第34話「決戦2信じる」
信じる者は救われる、ほど世の中は甘くはなかった事は既に実証済みだけど、それで信心を失ってしまうのも考えものだ。信じる相手を見誤った事を反省することもせずに、ただ信心を捨てるだけでは成長したとは言えないから。
マキシ達が時間を稼いでくれたお陰で、私達黒の国本隊はなんとか後方の砦まで後退する事が出来た。しかし敵もすぐに攻め寄せて来たため、厳しい防衛戦を強いられる事になり、状況の悪化は留まる事を知らなかった。
『こちら別働隊、C2F2付近で傭兵旅団と思しき敵部隊と交戦中。可能なら援軍をお願いします』
私達の敵本隊誘引策が成功している以上、Tokiさん率いる別働隊が攻める敵砦には、大した数の守備隊は残っていない……はずだった。オジンめ、一体どれだけの傭兵旅団と契約したんだ?
『了解、直ぐに向かわせる!それまで何としても持ち堪えてくれ』
思ったとおり援軍要請に即答した彼だったが、正直こちらも余裕があるとはとてもじゃないが言えない状況だ。
『この状況で戦力を割いたら、ここの砦の防衛が危うくなります!』
『敵の戦力が予想以上に多かった以上、作戦失敗なんだから別働隊よりも防衛に専念するべきだ!』
外周の柵を突破しようとする敵を追い払おうと矢を射つが、次から次へと新手が来るこの状況では反対意見多数なのも頷ける。でも……
『今ここで別働隊を失ったら、勝つ可能性が完全に無くなる!黒の国は決して味方を見捨てない!』
自らの利益だけを考える悪魔の旅団<1stSSF>とオジン。それを批判しての戦いである以上、味方を戦況次第で見捨てるという選択肢は彼には無いのだ。
『ティル!<テルモ・ガーデン>を連れて今すぐ援軍に向かえ!』
『しかし、この状況で我々が抜けては……』
『黒の国のためにすべきことをするんだ!別働隊を死なせるな!』
『ですが……』
珍しく迷っているようなティルミットさん。戦いの前にああ言った手前、あの真面目な性格では彼を見捨てるような行動は難しいのかも知れない。
『ここは最悪、CT終了まで持てば良い。たが別働隊はそうはいかない!頼むから行ってくれ!黒の国を……おいを<1stSSF>とオジンに負けさせるな!』
それを聞いて、ティルミットさんは旅団を引き連れて別働隊の援護へと向かった。その後ろ姿を見送る彼だったが、砦の防衛戦はいよいよ厳しい状況になっていった。
ここにきて彼の判断に誰一人文句を言うプレイヤーは無く、みんな死力を尽くして防衛戦に当たっているが、敵は柵を突破し今や空堀の攻略に取り掛かっている。このペースではCT終了まで持たないのは確実だ。何とかしなくては……
『空堀に降りて、工兵スキルで修復するわ。そうすれば少しは時間が稼げるはず』
最善の手のための行動、彼やマキシが出来たんだ、私に出来ない筈がない。
『ダメだ!城壁から空堀に降りたら戻る手段が無い!死んでしまうぞ!?』
死ぬ?いつも真っ先に死にに行く彼が言っても説得力が感じられないわね。
『空堀が突破されるのは時間の問題、だったらやるしかないでしょ!』
『いや……だけど……やっぱりダメだ、みすみす死なせる訳にはいかないよ!』
分からず屋め。行くのは私なのに、何を急に怖気付いてるのよ。
『なんかの映画で見た台詞……まさか使う機会があるとはね』
『!?』
『そんな命令、くそっ喰らえよ!』
早速空堀に飛び降りようと城壁の端まで行くと、何人かが後ろから付いてきてるのに気がついた。
『工兵スキルだけじゃロクに修復も捗らないでしょ!ここは生産職に任せて!』
『生産職だけ行かせて後ろで待機してられるか!護衛に俺たちも行くぞ!』
『みんな……ありがとう!オジンと<1stSSF>に一泡吹かせてやりましょう!』
それを見ていた彼は、遂に観念したようだ。
『あぁもう!空堀に降りても城壁の側からは余り離れるなよ!魔法が届かなくなる!』
ようやく覚悟を決めたか。
『そこで私の活躍をしっかり見ていなさい!』
そして、意を決した私と数名の生産職に護衛は城壁から飛び降りた。着地時に多少の落下ダメージを受けたが、そんな事は全く気に掛けず、早速空堀の破損箇所の修復に取り掛かるが、空堀の上から矢やら魔法やらが雨霰のように飛んでくるので、置き楯を設置しての隠れながらの作業は困難を極めた。おまけに持ってきた修復資材がもう底をつきそうだ。
『もう修復資材が無い!誰か持ってない!?』
『すまんこっちも残り少ない!』
これじゃあ修理が……と思い辺りを見回すと、少し離れた所に敵の攻城職らしき死体が転がっているのが目に入った。しめた、修復資材を持ってるかもしれない。敵の攻撃を避けつつ何とか辿り着き、ルートで修復資材を入手することが出来た。
これでまた修復が続行できる!そう思い、修復場所に戻ると、護衛に付いていてくれた戦闘職が、あっと言う間に倒された。倒したのは……あの姿形にスキル構成には見覚えがある……あれは……Nameless!対人戦イベント"ペプシ杯"上位常連の究極の負けず嫌い!生産職に斬りかかる、このままじゃいけない、私1人で勝てる相手じゃ無いかもしれないけど、ここは何とかしないと……何とかしないと!
「こっちよ!相変わらず<1stSSF>は生産職イジメしか出来ないの!?」
そう叫びつつ、Namelessの背中に矢を何発かお見舞いしてやったところ、何とか注意を生産職からこちらに引くことは出来た。が、狭い空堀内では上手く動けず、徐々に間合いを詰められていく。罠を置きつつ後退するが、奴はどんどん迫ってきて、遂に壁際に追い詰められてしまった……いや、正確に言うと壁際まで誘い込む事ができた。
今にも斬られるその瞬間、激しい水流が城壁から飛んできて奴に直撃、怯んだ所に渾身の矢を放ち、罠を連鎖爆破させ撃破する事ができた。
『だ、大丈夫!?マグりん!』
長射程水魔法ウォーターカッター……ちゃんと彼は私の"活躍"を見ていてくれたようね。
『遠隔職を餌にして後ろから魔法で攻撃、豚は相変わらずね!……一応礼は言っておくけど!』
『ぶひぃいい!頼むから無理しないで、寿命が縮まる!』
まっ、それはお互い様でしょ。
空堀に降りてきた他の敵近接職も彼との連携でなんとか抑え、生産職を守る事が出来たが、最悪の状況は未だ脱していない……と思っていたら、敵の動きが急に乱れ始めた。まるで押されるように、HPの減った敵プレイヤーが空堀に落ちてくる。
『全軍直ちに砦から出て攻撃開始!黒の国の力を見せてやれ!』
彼からの突撃指示?訳も分からずとにかく空堀から這い出てたが、驚いた事に敵が後退している。
突然の戦況の変化に付いて行けず、とにかく目の前の敵を攻撃していたが、勢力チャンネルを見て全て理解した。
『別働隊突撃!敵の背後を付け!』
戻ってきてくれたんだ……!ティルミットさんと<テルモ・ガーデン>の増援を得て、敵を撃破したTokiさん率いる別働隊はそのまま砦攻略に向かうのでは無く、本隊の救援のために戻ってきてくれたんだ!
その後はまさに流れるようだった。別働隊の攻撃開始と同時に、砦から討って出た本隊が協力して挟み撃ちにし敵本隊を撃破、そのまま余勢を駆って<1stSSF>支配下の砦C1F3を占領したのだ。そこでCTが終了したため、作戦と随分流れは違ったが、とにかく私達は勝ったのだ。
その後首都に集まったはいいものの、たった2時間の戦闘とは思えないほど私達はクタクタになっていた。そこに、ふと彼がTokiさんに疑問を投げかけた。
「Tokiどん、何故目の前に砦攻略では無く、本隊の救援に戻って来たのん?砦を落とせば自分達の所有に出来たのに」
確かに、野戦で敵守備隊を撃破した以上、目の前の砦はもぬけの殻だったはず。
「いやぁ、軍団長なんて見捨ててそうしようと思ったんですけどね。ティルミットさん他、別働隊参加者が砦なんかよりも軍団長の信頼に答えたいなんて言うもんで」
「それは嘘ですね。部隊チャンネルで、"本隊を、軍団長を見捨てて砦を得て何の意味がある!"と熱弁を振るったのはTokiさん自身ですので」
「あっこら!バラすなよ!」
信じる者は救われる。その言葉は、今回占領出来た砦は1つだけで、戦いはまだまだ始まったばかり……と、誰しも思っていた中、オジン率いる<1stSSF>と<星屑同盟>他傭兵旅団が敗戦の原因をお互いになすりつけ合う醜い争いの末物別れに。その結果、勝敗は決定的とみるや離脱者が相次ぎ、北方最大手を誇った旅団<1stSSF>は呆気なく解体してしまった事と比較する事で、身に染みて理解出来た気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます