第33話「決戦1導き」

 最悪の事態に備えるというのは一見尤もな言い回しだが、実は内容的に矛盾している。何故なら最悪の事態と言うのは、予想だにしない事を言うからだ。もしそんな事態が起きた時、どんな行動が正解かは、偏にその時の直感に掛かっている。


 そしてやってきた、オジン率いる<1stSSF>との決戦の時、即ち週末のCT。以前密約を結んだ赤の国軍団長Apocryphaが、ティルミットさんを通じて連絡を入れて来たが、赤の国は北方の灰の国攻略に専念する為、対黒の国はオジンに一任する、その代わり砦は切り取り自由と決まったらしい。今や同じ赤の国の一部でありながら、密約どおりオジンを支援しない言い逃れを上手く作ったようだ。CT前の作戦会議でも、私達黒の国は南側で国境を接する緑の国の抑えに戦力を残さなくてはならなく、そして相手は北方最大手旅団、とは言え一国と一旅団の戦いなら戦力的には優っているはずだと言う予測で一致した。


 なので一気に総攻撃を仕掛け、一度の決戦で勝負を決めてしまうのが手っ取り早いと思ったが、それでも彼は

「念には念を入れて、正面から攻めて敵を誘い出す本隊と、その隙に砦を攻める別働隊に分けるのが良いと思うよん。もはや手垢の付いた作戦だけど、それだけ確実だと思うん」

と、相変わらずの慎重さだった。一瞬酒でも飲んでくるように勧めてみようとも思ったが、後が面倒なのでそれは流石に思い止まった。


 結局、今回も彼の作戦通り本隊は軍団長、つまり彼自身が指揮し、別働隊はTokiさんが指揮することとなった。いつぞやはオジンに指揮を任せると言う彼の暴挙により酷い目にあったが、今回はそのオジンへの復讐に内なる炎を燃やすTokiさんが指揮だ、きっとこの作戦は上手くいくだろう。


 締めくくりの彼の、

「今回の戦いは単なる砦の争奪戦では無く、聖霊と悪魔との戦いです。負ける訳にはいきません。皆さん力を貸して下さい」

という臭いセリフで作戦会議がお開きとなった後、アイテムの補給を彼としていると、ティルミットさんがやって来た。

「あの、ゴッドフリーさん……いや、軍団長……少しよろしいでしょうか…」

なんだかバツの悪そうな切り出し方だが、何だろう。まさかこの戦いが終わったら〜か?

「私は確かに、赤の国……いや、お世話になったApocryphaさんへの感謝が忘れられずに、黒の国の内部情報を流したりしていました……ですが、これは私個人が勝手にやった事だという事と、本体戦での作戦などは決して漏らしたりはしませんでした!それだけは信じて下さい!」

わざわざ言いに来るとは、ティルミットさんは本当に真面目だ。

「そんな事分かってるよん。だってもし作戦が漏れていたら、あの軍団長の事だ。とっくに黒の国は滅ぼされていたからねん。ティルミットさんは今後も、赤の国とのホットラインと言う重要な役割を負って貰うから宜しくねん」

彼が全く気にしてないのは、発言からも明らかだ。

「あっありがとうございます……これからは何があっても黒の国に尽くす所存です……」

大袈裟な。しかし、きっとティルミットさんはこれに恩を感じ、<テルモ・ガーデン>は名実共に、黒の国の主力となるだろう。許すとは相手の為ならず、自分の為なりってね。


 そしてCTが始まり、まず私達本隊が<1stSSF>が支配する5つの砦の中で、最も黒の国首都に近いC1F3を目指し先発した。<1stSSF>の悪魔共が支配する砦は元々は黒の国の一部、距離も近いため、直ぐにでも接敵するかもしれない……

『目的地のC1F3付近に敵多数。本隊っぽい』

早速お出ましか。

『本隊停止!戦闘準備フルbuff!別働隊は予定通り、こちらから一番遠い敵支配砦の奪取に向かって下さい!』

いよいよか。隊を分けたが、戦力的にはこちらが有利のはず。とは言え、相手は曲者揃い。気を引き締めなくては。

『全軍前方敵に突撃!Go!Go!Go!』

彼の号令一下、私達は一斉に敵を目指して走り出した。先頭の1人の、叫び声に近い報告を見るまで。

『敵騎馬多数!チャージ来るぞぉぉおお!』

私達が目にしたのは20か30、いやそれ以上の横一列に並んだ騎兵を前面に押し出して突撃してくる敵の集団だった。

『……!槍持ち前へ!チャージを止めろ!』

直ぐに彼の指示が飛んだが、槍スキルを持ったプレイヤーがそう簡単に最前線に集まる事も出来ず、前線は敵騎兵により穴だらけにされてしまった。私はなんとか避ける事が出来たが、周囲は跳ね飛ばされ、轢き殺され、スタンしている味方で溢れている。北方で騎乗するための馬を手に入れるのは、かなり金がかかるはず。それをあれだけの数揃えるとは……オジン共め、軍団長時代によっぽど生産職から搾り取ったようだ。成金共が。


 騎兵は駆け抜けて言ったが、今度はその後ろから歩兵が襲い掛かってきた。必死に矢を射ち罠を置き応戦するが、騎兵のチャージにより空いた前線の穴から浸透してくる敵集団に、私達は押されまくった。

『みんなおいの位置に集まって固まれ!離れるな!』

なんとか戦線を立て直そうとする彼。おかしい、幾ら北方最大手旅団と言えども、敵プレイヤーが多過ぎる。そう思いつつ、丁度落馬させた敵の所属旅団を見てみたが、そこには<星屑同盟>の文字が。そうか!オジンは傭兵旅団、それもこれまた最大手のを雇用したんだ!搾り取った金を湯水のように使いやがって!

『軍団長!次騎兵のチャージが来たら耐えられません!後方の砦まで撤退しましょう!』

『ダメだ!今一斉に背を向けて後退したら追撃されて壊滅する!』

確かに何とかして少しの間でも敵を足止めしないと……

『豚、オレ達<聖霊騎士団>6人が残って敵を食い止めるから本隊連れて下がれ』

!!なっ、マキシ……

『いやダメだよ!絶対死ぬって!』

これは賛成出来ない。死んだら装備も戦績も、いやそんなものよりも、この戦いを最後まで見届ける機会を失うんだから。

『オレ達が黒の国に戻ってきたのはあの悪魔共を倒すためだ。それにはこうするしか無い』

『なら私も残る!私も<聖霊騎士団>だもん!』

『ダメ。豚には飼い主が必要だろ?』

そんな……私にはもう、マキシらを止める言葉を出すことが出来なかった。

『マキシ……』

『問答してる時間は無いだろ!さっさと下がれ!』

『どうしたんマキシ、キャラ違くない?』

『どうしちまったのかなぁ。まぁそうしろと導くのよ、オレの中の聖霊が』

『話は聞かせて貰った!我々<アンビシャス>も残るぞ!』

みんな……

『……すまない。本隊はC1F4まで後退!残る者の意志を無駄にするな!』

 後退していく本隊。しかし、私にはどうしても旅団メンバーを置いていく事が出来なかった。

「マグも早く行って!」

「でも……!」

「あの豚は肝心な所でヘタれるから、マグがしっかり尻を叩いてやるんだよ!さあ行って!」

みんな、ごめん……


 後退途中に振り返った時、<聖霊騎士団>6名と<アンビシャス>は敵の大軍に揉みくちゃにされていた。しかし誰一人として逃げようしなかったため、私が最後に見ることが出来たのは背中だけだった。足止めの為に残ったプレイヤーで、本隊に合流できたのは1人もいなかった。が、マキシ等が稼いだ貴重な時間のお陰で、本隊は無事砦まで後退する事が出来、態勢を立て直す事が出来た。


 とは言え、すぐに押し寄せて来た敵の大軍を相手に、今度は砦の防衛戦となり、相変わらず厳しい戦いとなった。騎馬のチャージが飛んでこない分いくらかマシとは言え、敵の猛攻をなんとか食い止めるのに精一杯だ。とても困難な状況だが、裏を返せば敵本隊を誘引すると言う作戦が上手くいっているとも言える。

『こちら別働隊!C2F2付近で傭兵旅団と思しき敵部隊と交戦中!援軍を!』

上手くいって……一体どれだけの戦力を持っているんだあの悪魔共は!


 困難を切り抜けたと思いきや、またすぐに次の困難。最善の手のために今度は私が出来る事をすべき時が、もうすぐそこまで来ている。




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