第32話「会談」

 どんなに身を削っても、絶望的な状況が好転しない。そんな時は、考えを変えてみるのもいいかもしれない。例えば、因縁の相手と手を結ぶとか。言葉は交わした事は無くても、案外お互いよく知った者同士なんだから。


 彼が軍団長になって真っ先にした事は、勢力掲示板に晒されたプレイヤー名と、生産品の販売価格規定一覧を全て削除することだった。しかしそれだけで状況が好転するほど、黒の国にオジンが残した傷跡は浅くは無かった。何でもそうだが、壊すのは簡単だが創るのは難しいものだと言うのを再認識させられる。


 問題は、その次に彼がした事、つまり発表された今後の指針の内容についてだ。第1に<1stSSF>の殲滅を優先し、第2に緑の国と接する砦は防衛に専念する。そこまではまだ分かる。問題は、第3に赤の国を交渉で味方につけると言う部分だ。そんな事が本当に出来るのかと誰もが驚いたが、彼の意志は固かった。


 このゲームに限った話でも無いが、方針が決まればあと必要になるのは脇目も振らず進む意志力だ。その点、彼の意志力はずば抜けていた。なんと南方と北方、双方での所持アイテムをほぼ全て売却、その代金を防御施設強化のための資金として、緑の国と接する砦を所有する旅団に分配したのだ。そして、その売却品の中には、アレも含まれていた……

「ゴッディ……本当にそれも売るの?軍団長の証じゃない」

「軍団長と言うのは、こんな装飾品では無く、その行いによって証されるんだよん」

以前手に入れた軍団長長期就任特典の"覇王のマント"も売りに出すとは……市場に出回るのは初としてちょっとした騒ぎとなったが、最終的にはかなりの値段で売れたらしい。もちろんその金も各旅団に分配、当然みんなが彼に感謝したが、肝心の彼自身は北方ではNPC売りの防具一式、南方でも村正さんに貰ったロングソードに布の服と言う、なんともみすぼらしい格好になってしまった。


 黒の国の立て直しのため、そしてオジンとの決戦のため、文字通りその身を投げ打って尽くす彼を見て、私は自分でも何か出来る事をと思い動いたが、ようやくそれが実を結んだ。ある日、彼がインした時の事だ。

「ちわー。マグりんいるー?例の会談の事なんだけど、なかなか繋ぎが付かないよん」

「赤の国軍団長との会談なら、ティルミットに仲介するよう頼んでおいたぞ」

「マキシ!?いつ戻ってきたのん!?」

ふふふ驚けゴッディ。戻って来たのはマキシだけじゃ無いぞ。

「(^O^)」

「いくらなんでも軍団長がNPC売りの防具一式は無いでしょ。仕方ないからボクが製作してあげるよ」

「ついに<1stSSF>との決戦ですか。この日を待っていました。知っている限りの内情をお知らせしますよ」

「まさかこんな事になるとはwちょっと見ない間に黒の国も大きく変わったねw」

「本当にこの先どうなるんだろう^^;」

オジンが軍団長になった際に亡命した、<聖霊騎士団>メンバー6人に声を掛け、黒の国に戻って来るよう説得したのだ。最初はみんな渋っていたが、彼の働きを説いたところ、こうして戻って来てくれたのだ。

「みんな……!戻って来てくれたん!?」

「オジンと<1stSSF>を倒すと聞いたら、参加しない訳にはいかないしな。豚に手柄を独り占めさせないよ」

口では強気なマキシだけど、本当は一度は見捨てた黒の国、そして彼が許してくれるか、相当心配していたのだが、どうやら私の思っていた通り杞憂に終わったようだ。彼の心の広さ……いや、寂しがり屋に感謝だな。


 オジンが軍団長の時に亡命していったプレイヤーも徐々に戻って来て、彼の下、少しづつだが活力を取り戻していく黒の国。そしていよいよティルミットさんの仲介による赤の国軍団長、Apocryphaとの会談の時が来た。


 黒の国からは彼、私の2人だけが参加することになってしまったこの会談、果たしてどうなる事やら……"いつもの場所"アル・メギッドには、既に赤の国側の出席者と思しき2人の姿があったが、その佇まいからは相変わらず只者じゃない雰囲気が感じられる。

「我、鮮血で真紅に染まりし色、未だ収まらざる闘争の色をその名に持つ邦から来たる者、神に顧みられず忘れ去られし外典也。この度の邂逅、真に奇なり。我と汝は平時にて言葉で語る連なりに非ず。戦場にて刃で語る連なり」

やはり只者じゃない。相変わらずのチュウニ語で何言ってるか全く分からないもの。

「"自分は赤の国の軍団長、Apocryphaです。早速ですが、今回の会談はどう言った用向きでしょうか"だってよ。ウチはこいつ……アポの通訳兼相方のヘレティック。ヘレティでいいよ」

良かった、ちゃんと通訳が付いてる。ヘレティさんはギターを装備してる辺り、音楽スキル持ちかな?見た目も何となく……ロックだし。

「初めまして……でも無いか。黒の国のマグです」

「我、深淵の闇の色、死を司りし色、全てを削ぎし無の色を名に持つ邦から来し、神々の呪縛から逃れし者なり。音に聞こえし外典の者、その御前を拝し真に光栄」

おいおいマジか、彼もチュウニ語を扱えるなんて。こんな事なら選択科目で取っとけば良かった。


 そして、私達の命運を決める会談が始まった。

「早速ですが、今回お呼びしたのは、貴国に亡命した旅団、<1stSSF>についてです」

恭しい口振りで語り出す彼。全編チュウニ語を避けたのは賢明な判断だ。

「Apocrypha殿は既にご存知だと思いますが、この旅団を率いるオジンは軍団長であった際、その権限を悪用し暴虐の限りを尽くしました。よって、この度討伐する事になりましたので、貴国には一切の手出しをしないでいただきたい」

現在赤の国の一部となっている所を攻めるけど反撃しないでね、っていくらなんでも簡潔過ぎない?

「其の名、これまでの行、慥かに存する所なれど、今は我らが邦の一部也。その申し出真に奇、受け入れる事容易ならざる也」

逆に向こうはイエスかノー、簡潔に答えれば良いものを、全く分からんぞ。

「"その旅団についての噂は確かに知ってますが、現在は我々赤の国の一部となっています。攻められるのを見過ごす訳にはいきません"だってよ」

つまりノーってことか。まぁそうなるわな。後はオジンの悪名がどれほど他国にまで轟いているかに掛かってるわね。

「貴国がそう答えるのは、1つには、国内の砦を軍団長が守る事で、所有旅団が軍団長に尽くすから、もう1つには、<1stSSF>は大きな戦力になるからとお思いだからでしょうが、それは大きな間違いです」

「は?間違い?なんでよ」

とヘレティさん。どうやらオジンの性格を知らないようだ。

「まず、オジンは守られてもそれを恩とは思いませんので、貴国に尽くす事もありません。己の為だけに動く旅団がどうして戦力になりましょうか。いずれ赤の国内に、もう1つ国ができるのは必須です」

つまり黒の国の二の舞になるってことよ。

「されど深淵の闇の色、益々濃くなること我ら座して待つに非ず。我らの邦、闇に染まりつつあるもまた事実也」

「"だからと言って黒の国が砦を得て強大になるのをただ眺めている訳にはいきません。砦数で差が付いてるのも事実です"だそうだよ」

う〜む、流石は長い間一国の指導者に在る奴。一筋縄では行かない。

「なるほど……確かにそちらとしてはその通りです。それでは、我々が<1stSSF>の所有する砦5つを占領した暁には、その内の1つをそちらに提供するという条件でどうでしょうか」

血を流すのは黒の国だが、向こうも只では動かないんだ、致し方あるまい。そしてそれを聞き何やらヒソヒソしている赤の2人。

「仮にも我らの同胞を、砦1つにて捨て置くなど不興也」

よく分からないが、どうやら拒否されたらしい。流石はApocrypha。例えあのオジンでも、守るというのか……

「"こちらも危ない橋を渡るのです。砦1つではなく、3つでないとお受けできません"だとよ」

って取引する気満々かーい!

「ぬぐぐ……では2つでっ!お互い砦数は初期に戻ります!これで両国の新しい関係の出発点にしましょう!」

「承知。死力を尽くして戦い、倒れた後、再び起き上がりし時は、真の盟友とならん」

てことは……

「"承知しました。事が済み次第、赤の国と黒の国は盟友となる事をお約束します。但し、対<1stSSF>について、援軍など一切の関与をしない事をお忘れなきよう"だとよ。まさか赤と黒が手を結ぶ日が来るとはな」

やったった!緑の国の抑えも必要なので、全軍動員とは行かないが、相手が<1stSSF>だけなら勝機はある!

「我ら、繋ぎを要する時は……」

「公的は事はティルミットさん、私的な事はマロさんにお伝えを。Apocryphaさんも良い仲間をお待ちのようで」

……!つまり赤の国の軍団長がやたら北方事情に詳しいのは、そういう事だったのか……

「……アポで構わない。<1stSSF>には気をつけろ。その力は今や強大だぞ。もし弱点があるとすれば、悪魔と言うのは互いに憎しみ合うという事だ」

なんだよ、普通に発言できるのかよ……厄介なオジンを自らの手を汚さず排除し、砦までも得る。全く、チュウニ恐るべし、だな。


 昨日の味方が今日の敵になり、長年の敵が味方になる。情勢が急速に変化していく中、いよいよ決戦の舞台は整った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る