第31話「再臨」

 全てを失い、人々に追放され、死んだも同然の身になっても、自らを追放した人々を救うために再臨する。まるでおとぎ話だけど、そんな事をしなくてはならない時がある。例えそれが、ぐずつく本人の尻を蹴っ飛ばしてでも。


 いつもと同じように彼と南方で狩をし、精算し、次の狩の準備をする、そんな日々が続いていた。違う事と言えば、そこにマロさんが加わるか、狩をする場所くらい。とは言え、雑談しつつのまったりとした時間を過ごすのは、なかなか悪くないと感じている今日この頃。北方での状況の変化なんて、もはやまるで他人事のようにすら感じられる。


 最近では、オジンの自旅団第一主義とも言える戦略、罰則だらけの指針に多くのプレイヤーが反感を抱き、勢力チャンネルでの言い争いも多くなっているらしいが、それでもオジンや<1stSSF>のメンバーは全く改める気も無く、完全な暗黒時代となっている黒の国。対する赤の国も、灰の国と黒の国の二正面作戦中なのは相変わらずなため、なんとか均衡を保てているらしいが、いつまでもつやら。


 その日も私はいつものように、彼とメギドの村で合流後、 今日はどこへ行くのかを話し合っていた。

「西部地域も良いけど、思い切って東部地域とか行ってみない?」

「東部か……おいもあんま行った事無いから、行ってみるん?」

東部地域は和風な趣のある地域らしいので、是非行ってみたい……と思っていると、何人かが連れだってこちらに向かってくるのが見えた。その中にはTokiさんやティルミットさんなど見知った顔もあるが、なんだろう、みんな揃ってPTに加えて欲しくなったという訳ではなさそうだが。そう思っていると、その集団は彼の前で立ち止まった。どうやら彼に用件があるらしい。

「やっぱりここにいましたか。事態は急を要します。少しお時間をくれませんか」

そう言うTokiさんからは、なんだか焦りのようなものを感じる。

「んが?まぁ今暇だから良いけど……マグりんも一緒でええかのん?」

「ええ、もちろん。これはマグさんにも関係ある話ですので」

マジでなんだなんだ。何かやらかしたかな?


 私達はアル・メギッド……以前ティルミットさんと密談する時にも訪れた、人通りの少ない瓦礫ばかりの丘に場所を移し、話を聞く事にした。

「単刀直入に言います。ゴッドフリーさん、黒の国に戻って来て、次の軍団長選出の定期投票で軍団長になって下さい」

えええ、どうゆう事?

「軍団長ならもうご立派なのがいるじゃない。何故今更ゴッディを?」

自らが従える最大手旅団の組織票が動いたのは想像に難く無いが、投票でみんなが彼よりもオジンを選んだのは事実のはずだ。それを今になってわざわざ頼みに来るとは、どういうことだろうか。

「……オジンは昨晩、赤の国に亡命しました。いや、オジンだけじゃなく、配下の<1stSSF>と、所有する5つの砦全てがです」

!!!……いや、まさか、そんな、ありえないだろ。

「何故?オジンは自分が軍団長になってから所有砦も3つから5つに増やし、絶好調だったように見えたけど」

彼で無くても当然の疑問だ。権力を傘に着てやりたい放題していたのに亡命とは、理解の範疇を超える。

「オジンは罰則だらけの指針で皆を締め上げ、自らの利益の事ばかりを考えていたため、他プレイヤーと度々衝突していました。それでついには、"俺がいなければ、この国は何も出来ないという事を証明してやる"と言って、亡命を……恐らくこちらから頭を下げて来るのを待っているのです」

何という傲慢、自分勝手、身の程知らず……まぁ知ってたが。

「それなら、今いるプレイヤーから新しい軍団長を選べば済む事なのでは?」

確かに。Tokiさん他、優秀なプレイヤーはいるはずだ。

「それが、<1stSSF>のメンバーと砦が丸ごと赤の国に移った事から、戦況の不利を見て黒の国南側の緑の国が同盟を破棄して宣戦布告……今や黒の国は絶体絶命なのです。このような状況を打破出来るのはゴッドフリーさんしかいません。どうか、帰還を」

赤の国不利と見るや、同盟を破棄した灰の国と言い、なんでこうも不義理な国ばかりなのか。まさに北方は虎狼の地だ。それにしても、絶体絶命か……まぁ彼ならここまで乞われたら、うんと言うかな。

「お断りします」

と思った矢先だった。彼から即座に否定の言葉が出たのは。

「一度は黒の国混乱の元凶と言い、軍団長から引き摺り下ろし、代わりにあのオジンを選んでおいて、窮地に陥ったら今度は誰もが滅亡の責任を取りたがらないからと、責任の押し付け先にしようとする。そのような依頼をお受けするわけにはいきません。ご訪問ありがとうございました」


 やはり彼は自らの信頼に背いたオジンを選んだ、黒の国プレイヤーをもまだ恨んでいるのか……

「少なくとも、自分はオジンを選んでいません。マブダチだったStaleを引退に追い込み、かつて所属していた旅団<ゼロ>を解散に追い込んだ、あのオジンなんかを。オジンに引導を渡せるのはゴッドフリーさんしかいない、そう思ったからこそ、前回軍団長の座も譲ったのです。お願いします、自分の代わりに、仇を取って下さい」

「……ご訪問、ありがとうございました」

彼の意思が固いと知ると、みんなは承諾してくれるまで何度でも来ますと言い残し、去って行った。彼がここまで感情を露わにするのは珍しい。みんなが自分から離反する、そのような状況を、未だ自分の中で整理出来ていないのかもしれない。


 絶体絶命の黒の国……みんなを恨む彼……一体私はどうするべきなんだろう。

「どうせ何をしたって、結局は離れて行くんだ……」

Tokiさんらの背中を見送りつつ、1人呟く彼。もし今彼が求める事をするのなら、彼にそっと優しい言葉をかける事だろう。でも、本当にそれが彼のためになるのだろうか?彼は人に求められる事を願い、かつてはチートアイテムにまで頼ろうとした。それが今や、人の求めを恨みから断り、自らの殻に閉じ籠ろうとしている。今の彼を肯定することは、むしろこれまで彼のしてきたことを否定する事になるのでは?彼の中の本当の意味での"聖霊"を殺してしまうのでは無いか?そう考えた時、私に迷いは無かった。

「ゴッディ、黒の国に戻るべきよ」

彼に恨まれたって、憎まれたって、裏切り者と謗られたって構わない。

「マグりんまで!何故おいが、おいを十字架に掛けた連中の為に進んで犠牲にならなければならない!?」

「それが黒の国を、みんなを、そしてゴッティ自身を救う唯一の方法だからよ。みんなはゴッティに責任を押し付けようとしてるんじゃない。ゴッティの力を、ただひたすらに信じているのよ」

それが、私の中の"聖霊"の導きだから。私はそれに従う。

「何にしてもおいは戻らないよ!南方での、何の憂いも無い安穏としたプレイが気に入ってるんだ」

「……分かったわ。それでは私のこれからの行き先は決まったわね」

「どこへ行くの、マグりん」

「黒の国を、みんなを見捨てるのなら、私が行って、もう一度全てを失う苦しみを味わうわ」

私は最善の手の為なら、進んで犠牲になる。それが、彼が最初に教えてくれた事なのだから。

「……!!マグりん……」

しばしの沈黙が、私と彼の間に流れた。

「分かったよ……マグりんの苦しみはおいの苦しみ……ならば同じ事だからね……」

「それでこそよ、この豚!ほら、さっさと首都に行くわよ!」

「ぶっひひぃー!」

死の後再臨する。自らを犠牲にしてでも、みんなを救う。地位、名誉、財産のためじゃ無い。自分の心のために。


 その後、黒の国首都で彼はTokiさんやみんなに、

「おいも軍団長選出の定期投票に参加するよ。やっぱり汚れ役には、おいみたいのがいないとねん」

などと言っていたが、見事軍団長への再就任が万雷の拍手の中で決定。絶対絶命なこの黒の国の命運は、彼の双肩にかかることになったが、きっと彼なら大丈夫。私の確信は揺るがないどころか、強くなるばかりだ。と思っていたところ、彼からの発言が流れた。

「以前、おいに神を信じているか聞いたよね」

今更何だ急に。

「今なら信じていると断言できる。おいの神は、目の前にいたんだから」

やれやれ、やっぱり心配した通り変な宗教にどハマりしたな。

「あっそう。私は神なんて信じないけどね。私が信じるのは、ゴッディだけ」

お互い顔を見合わせ、笑いあった。





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