第30話「漂流」

 地位、名誉、財産、その全てを失ってしまったら、立ち直ることはなかなかできない。それはゲームでも同じだと思う。でも、苦しみに喘いでいる人達を見て見ぬフリをして、安穏と過ごすことが、果たして心の癒しになるのかは疑問だ。


 軍団長や砦所有旅団長と言った役職、これまでずっと一緒にやってきた仲間、丹精込めて作り上げたマイハウス、それら全てを失った私と彼。以来、北方に行く気も起きないと言う彼に付き合って、南方を漂流する日々だ。最近はマロさんに案内してもらって各地のダンジョン巡りをしているが、南方の狩は、北方と違って何というかまったりしていて、これはこれでありだなと思うようになってきた今日この頃だ。


 この日も私達はマロさんの案内で、中央地域と東部地域との北側国境地帯に広がるダンジョン、ヴァルト湿原に来ているが、マロさんは本当に色々な場所を知っている。

「凄い場所ね。一面泥と沼と葦ばかり」

色々な環境のダンジョンがあるのも、このゲームの特徴なんだと改めて思い知らされる。それにしても、またジメジメしてそうな場所だ。

「見渡す限りの沼、沼、沼!凄い場所だねマグりん!マロりん!」

まぁ彼も一見元気そうだし、良しとするか。


 湿原の中央部を進んでいると、先の方にトカゲ男みたいのと、マーマンの亜種みたいのがお互いに争っているのが見えた。Mob同士で争うなんてのは初めて見るのでちょっと衝撃だ。

「このダンジョンでは、南側に縄張りがあるリザードマンと、北側に縄張りがあるサハギンが、あらそっているんだお」

そんな設定があるのか。こんな湿気ばかりの場所、争わずに仲良くすれば良いのに……と思ったが、よく考えると北方での私達と一緒か。

「割り込んでどっちも倒せばいいのかな?」

「それでもいいけど、ここのMobは、友好度があるから、片方だけを倒すようにすれば、もう片方からは攻撃されなくなるお」

友好度なんてシステムがあるのか。初めて知った。リザードマンとサハギン、どちらに肩入れするべきか。ここはやっぱり……

「面倒だがら両方倒しちゃお」

これが一番差別のない取り扱いだろう。

「おっけーだお」

「ゴッディもそれでいいよね?」

「え?あっあぁいいんじゃない?」

やっぱりか。あれから彼は一見元気そうに振舞っているが、実際はあの出来事をまだ引きずっているのだ。南方でのダンジョン巡りで少しは気が紛れればと思ったけど、まだまだ難しいようだ。その後も反応の薄い彼を引っ張って、私達は湿原の奥へと歩を進めた。


 そして辿り着いた、ヴァルト湿原の丁度真ん中付近にある小高い展望台。一帯の湿原が見回せる、マロさんオススメのスポットだ。丁度良いので、私達はここでたき火を囲んで休憩することにした。しかし相変わらず口数の少ない彼。

「そう言えば、このダンジョンにもボスはいるの?」

仕方ない、彼の興味を引きそうな話題でも振ってみるか。

「ここのボスは、ヒドラというんだけど、東部地域のNPCは、ヤマタノオロチともよんだりしてるお」

あぁなるほど、どちらも首が沢山ある蛇としては一緒だからか。

「へぇ〜、おもしろーい」

チラッと彼の方を見てみるが、全くの無反応。いつもならPTの戦力や時間もお構い無しに、見に行こう!と騒ぎ立てる癖に。

「随分と静かだけど、どうかしたのゴッディ」

まさかまた寝落ちか?

「あっうん、ごめん……勢力チャンネル見てて……」

なんだ、北方に行く気も起きないなんて言っておいて、やっぱり未練があるのか。そりゃ当然か、あんだけやり込んでたんだし。

「なんか面白い話の流れでもあるの?」

マロさんが料理を作ってる間、ラジオ代わりに聞いてみるか。


 思えば最近北方から遠ざかっていたため、勢力チャンネルに入るのも久しぶりだ。今や黒の国はオジンが軍団長、何か変化でもあったかな、と言ってもどうせロクな変化じゃ無いだろうが。そう思いチャンネルに入ってみたところ、早速発言が流れてきた。

『報告の敵の数、全然違うじゃねぇか』

『いや、追われながらだから正確な数までは分かりませんよ』

『よく見てから報告しろよ。指針通り、勢力掲示板に名前晒すから。消して欲しかったら、これからは正しい報告しろよ』

『そんな……』


ーー

『軍団長、首都に規定価格以上で装備売ってる露店があるんすけど、どうします?』

『たく、ボりやがって。誰か亡命モードで粛清して。そういう露店があっから装備価格が上がるんだよ』

『りょ、売り物と持ち金は没収しときますね』


ーー

『十分な守備隊も揃えられない弱小旅団が奪られた砦を俺達<1stSSF>がようやく取り返したけど、力の無い旅団が砦を所有するなんて正直迷惑なんだよな』

……思っていた以上に酷い。勢力チャンネルの発言からも、オジンとその取り巻きが好き放題やってすっかり荒れ果てているのが分かる。

「晒す?粛清?弱小旅団?これが今の黒の国なの?」

彼が軍団長をやっていた頃、いやその前からも考えられないワードばかりで目眩がする。

「あたらしい軍団長に、<1stSSF>のオジンが就任して、はじめに出した指針が、


1.前軍団長のもとでおかしくなったこの国を、前線でたたかうプレイヤー第一主義にもどす。


2.あやまった報告をする偵察ばかりになったので、こんごそのようなプレイヤーは勢力掲示板に晒すことにする。


3.ひくい品質の装備を、たかい値段で売る露店がおおいので、今後規定価格以上の値段で売る露店は粛清することにする。


4.本隊にたよるのではなく、砦の防衛は所有旅団がみずからおこなうことにする。


というものだったらしいお。まったく、おそろしおだお」

マロさんが出来上がった料理をトレードで渡しつつ教えてくれたが、これマジか。彼の指針とまるで正反対の内容だが、こんな罰則ばかりの内容で上手く回るのか?

「マロさんって北方事情にも詳しいのね」

「マロの所属してる旅団の長がくわしくて、マロもおしえてもらったんだお」

なるほど。マロさんのプロフィールにある旅団名、どっかで見た事ある気がしたんだよな……いや、今はそれどころじゃない。

「これじゃあ誰も偵察も露店もやらないでしょ。ゴッディはどう思う?ちょっとあまりにも酷いと思わない?」

「……まぁ、おいにはもう関係無い事だし、投票でオジンを軍団長に選んだのは黒の国のプレイヤー自身だから」

未だに勢力チャンネルを見てる彼が関係無いと言うのは、とてもじゃないが本心とは思えないな。それに黒の国のプレイヤーが軍団長を彼では無く、オジンを選んだのは事実だけど、どうせ<1stSSF>の組織票が動いただけだろうに、まーだ根に持っていたのか彼は。

「さてと!お腹も膨れてストレス値も回復したし、そろそろ出発しよう!」

あっ、誤魔化したな。


 その後も、鬼湧きしたリザードマンどもに囲まれて死にかけたりと、適度にピンチになりつつも無事重量いっぱいになるまで狩をすることができた。付近の村で精算を終え、次のダンジョンに向かう途中、私達はメギドの村に立ち寄ったが、村の隅を通りかかったところで、会話が流れてきた。これは……最近砦を失ったらしい<アンビシャス>のメンバーか。

「ついに砦を失ってしまったわね……」

「何が自分達の砦は自分達で守れだ」

「こうやって小規模旅団の砦を赤の国に奪わせて、それを再び占領することで所有砦を増やすのが<1stSSF>のやり方だよ」

「最近は誰も偵察をしないから敵の動きも全然分かんないし……」

「報告をしないと勢力掲示板に晒す、報告が間違っていたら勢力掲示板に晒す、一体何なの。お陰で勢力掲示板は晒された名前で一杯よ」

「そのくせ味方や行商の露店殺しには積極的……もうダメだろ黒の国は」

「亡命するか……」

「亡命だな……」

まさに黒の国ではなく暗黒の国という状態だ。おまけにここだけでは無く、怨嗟の声はそこら中から聞こえてきた。まさに内憂外患と言うか、崩壊一歩手前の国のようだ。


 南方でのMobを相手にした狩は、北方での対人戦と違い、何の気兼ねも思い煩う事も無く、まったりと時間を過ごす事ができる。しかし黒の国の現状を知った今、私達は本当にこのままで良いのか?何かできる事があるのでは無いか?そういった気持ちを、初めは小さく、しかし段々と大きく、感じるようになってきた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る