第29話「聖霊」

 ユニークスキル、異能、特殊能力そしてチート。誰しもそんな特別な力を授かることを願うものだけど、もしある日突然そんな物を貰って無双したとして、それで得られた成果は果たして実体のあるものと言えるのだろうか。


 聖地巡礼以来、久し振りに来た東部地域ゲネブ沙漠。ここには露店で飲料アイテムをボラれたり、レギオンの大群に追いかけ回されたりとあまりいい思い出が無いが、彼たってのお願いで今回2人で来ることになってしまった。しかし、こんな事をしている場合だろうか。


 と言うのも北方での私達の旅団<聖霊騎士団>と、軍団長である彼の状況は日に日に悪化しているからだ。まず旅団だが、所有砦とそれに付属するマイハウスを失ったことで、丹精込めて作った部屋を無くし、旅団メンバーはみんな意気消沈、心の余裕を失うのも、もはや時間の問題と言った状態だ。次に彼だが、砦を1つ奪還されてから赤の国は勢い付き、未だ砦数については私達黒の国が優位にも関わらず戦況は悪化していると見られ、オジンとその一派によるネガキャンにより、軍団長の座が揺らいでるのだ。


 そんな状況の中で、彼が言うには、旅団の崩壊も戦況の悪化も解決出来る秘宝があると言う話だが、聖杯にでも頼ろうと言うのだろうか。

「こんな沙漠の真ん中に何があるってのよ。2人になりたいだけなら、初めからそう言えば良いじゃない」

まぁ、当然断るけどね。こんな状況じゃ。

「エグザ・プラヤエルスの奇跡は本当なんだ。これからその奇跡の源を見つけに行く」

何言ってるんだ?ゲーム内の暑さがリアルにも影響したか?


 そしてたどり着いたゲネブ遺跡。ゲネブ沙漠の真ん中にある、アガバの廃村の近くにあるダンジョン。彼に言われるまま、遺跡の中を進んで行ったが、途中からは地下に降りていく形になり、枝分かれするトンネルはアリの巣を思わせる構造だ。2人で襲い来るレギオンを倒しつつ、なんとか最深部前の休憩ポイントまで来ることが出来た。2人でたき火を囲むが、未だに彼の真意が見えてこない。

「それにしてもどこまで行くのよ。まさか2人でボスに挑む気じゃ無いでしょうね」

このダンジョンのボス、クィーンレギオンはとてもじゃないが2人で討伐など無理無理だ。

「今までの調査が正しければ、もうすぐだ」

なんだか嫌な予感がする。なによ、"正しければ"って。


 そして最深部エリアに突入。2人でこのまま奥に行くのは流石にキツいと思った矢先、トンネルの行き止まりで、彼が何やらウロウロし始めた。

「行き止まりじゃん。さっさと引き返すよ」

「……ここだ。遂に見つけた!マグりん!この壁の前で装飾品のアミュレットを使用して、おいの教えるコマンドを入力して!」

何興奮してるんだ、装飾品は装備するものであって、使用しても何も起きないんだぞ。と思っていたら、何と彼が目の前で消えてしまった。現在位置を検索しても、不明としか出ない。まさか……慌てて、聖地巡礼イベントで貰ってからずっと装備していたアミュレットを使用し、教えて貰ったコマンドを発言欄に入力した。

「え〜と、"D.O.U.S.V.A.V.V.M"」

次の瞬間、気がついた時には私は別の場所にワープしていた。


 その場所は、壁などはゲネブ遺跡のものだが、周囲にはオブジェクトやら動かない各種MobやらNPCやらが立ち並ぶ異様な空間だった。あまりに異様過ぎてもう不安で一杯だ。

「ここは一体何!?ゲネブ遺跡に隠し部屋があるなんて、聞いてないんだけど!」

「当然さ。ここは存在しない場所、してはならない場所。この世界の創造神の居所。まぁ、つまりはデバックルームだよ」

デバックルーム……ゲーム内の各種設定を試験するための部屋。まさかこのゲームにも存在するなんて。噂にも聞いた事無いぞ。

「デバックルームって……何でそんなのをゴッディが知ってるのよ!?」

「実はこのキャラ、ゴッドフリーは2人目。前のキャラでプレイしていた時、おいには友達が全く出来なかった。力を示せば出来ると思い、北方でゲリラもしたけど、どんなに強くなっても妬み中傷ばかりで、ソロから抜け出せなかった。このままじゃこのゲームの脇役だ。だからおいは、このゲームの主人公になるため、もっと強い力、チートととも言える力を求めた」

前のキャラがいるなんて初めて聞いたけど、ぼっちが悩みとか小さいな。人の事言えないけど。

「そんな時ネットニュースで見つけた小さな記事。このゲームのテストプレイヤーの1人が開発情報を外部に漏らしたという内容だったんだけど、エグザ・プラヤエルスとの類似点を見つけたおいは、公式設定、開発者のブログ、βテストに参加したプレイヤーのツブヤキ全てを調べた結果、1つの結論に至った」

道理で設定にやたら詳しい訳だ。聖地巡礼イベントに積極的だったのもその為か。

「エグザ・プラヤエルスとはすなわち、エグザム・プレイヤーの事で、奇跡の源、即ち聖霊とは、デバックアイテムの事だと。そしてそれが情報漏洩の結果、開発陣の入れ替えなどのゴタゴタで消去されずに残った、このデバックルームにある。伝説は本当だったんだ。ここへの入り方は、今はもう見れない匿名掲示板の書き込みに見つけたんだ」

そう言うと彼は、部屋の中央にある光る……鳩?が乗った台座へと歩み寄った。

「その聖霊……デバックアイテムを手に入れると、どうなるってのよ」

「聖霊さえあれば、全てのスキル値を最大合計値を無視して上げ下げできるし、能力値も自由に設定できる。そしてこれは外部ツールでも無ければ、バクでも無い。れっきとしたシステムの1つだから、当分は消去される心配も無い」

彼がこんなものに頼るほど追い詰められていたなんて……何にしてもこんな聖霊、いやチートを使うのは間違っている。彼は今、自らの中の大事なものを捨て去ろうとしている。


 とにかく止めないと!今まさに入手しようとする彼に慌てて声を掛ける。

「待って!今までそれを使わなかったのは、必要無かったからじゃないの!?」

「確かに必要無かった。聖霊に頼らなくても、マグりんやみんなに出会えたから。でも今は違う!砦を奪還し、旅団メンバーの心を繋ぎとめ、赤の国に圧倒的な力を見せ、戦況を好転させオジンとその一派を黙らせないと、みんな離れていってしまう!」

そうか、彼はみんなが自分から離反するのを恐れている。だからチートなんかに頼ろうなんて考えたのか。何とかしないと、何とかしないと!あぁ神さま……!神……彼が神を信じるきっかけ……私は発言欄に、あの言葉を思い出しつつ入力した。彼から聞いた後、気になったのでDVDを借りて見た、あの作品のセリフを。

「ゴッディ……そのままでいい、そのままにしておいて」

動きが止まる彼。

「そんな物を使って敵を倒しても、そんなのは本当の勝利とは言えないわ。確かに砦を失った旅団メンバーも、オジンのネガキャンに引きずられた黒の国も、ゴッディから離れて行くかもしれない。でも私は離れない。これまでそうであったように、これからも。それとも私じゃ不満かしら?」

彼が彼である限り、例え何があろうとも。

「でも!おいなんて何も無い存在、せめてこの聖霊を……」

「それは聖霊なんかじゃない。ゴッディのこれまでの成果を全て無にする、単なるチートよ。どうして自分のこれまでの行動を信じないで、何も無いなんて言うの」

彼は完全に黙ってしまった。聖霊というものが何なのか、私はよく知らない。でも、それはきっと心に宿るものなんだと言うのは、分かる気がする。

「ほら、帰るよ」

「……」

俯きつつも付いてくる彼。良かった、説得が通じたようだ。その後、デバックルームについてはGMに通報、程なくして消去されたようだ。


 それから幾日か経ち、軍団長選挙の日を迎えたが、オジンと<1stSSF>の非協力により、戦況を好転出来なかった彼は落選、新軍団長にはなんと、オジン自らが就任した。そしてその結果を見て、私達<聖霊騎士団>のメンバーの内、私と彼を除く6人全員が、他国への亡命を決めてしまった。

「マキシ……みんなも、本当に行くの?」

「正直オジンの下じゃ砦の奪還なんて到底叶わなそうだし。マグは本当に一緒に来ないの?」

「うん……約束があるから」

私には、みんなを引き止めることは出来なかった。砦、仲間、役職、全てを失った私と彼。そしてオジンの軍団長の就任。黒の国と私達の暗黒時代が、すぐそこまで来ていた。




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