第27話「裏切り」

 仲間、メンバーの信頼に背く。これは立派な裏切りだし、許される事ではない。ないんだけど、長い間共に過ごしたメンバーが信頼に背いた時、果たして情に流されることなく、必要な処置をする事が出来るだろうか。まさかそんな立場になるとは……


 ティルミット率いる<テルモ・ガーデン>を調略により赤の国から所有砦ごと寝返らせたことから、私達黒の国の優位が確定的となった今、戦況に大きな動きがあった。それは、長い間赤の国と同盟を結んでいた勢力、灰の国が劣勢明らかと見るや同盟を破棄、同時に赤の国に宣戦布告をしたことだ。これにより赤の国は私達黒の国と灰の国の二正面作戦を強いられる事になり、いくら優れた軍団長であるApocryphaと言えども、防戦一方にならざるを得ない。黒の国は絶頂期といえる今、オジンなどからの彼への批判はあるものの、情報サイトを見るのもウキウキだった。そう、この記事を見つけるまでは。


 最初見た時、我が目を疑った。あり得ないと思う事が書かれているが、そこには決定的とも言える証拠まで上がっている。先程までのウキウキした気分など吹き飛び、大慌てでゲームにインした。

 所有砦内のマイハウスに降り立った時、早速旅団メンバーの発言が流れてきた。

「マグりんおいすー!見に来てよ!軍団長長期就任特典の覇王のマントを黒く染色して、旅団エンブレムの赤いサンティアゴ十字架をデザインしてみたんだけど!」

「いいでしょ、ウチがデザインしたエンブレムなんよ」

「覇王のマントは今まで売りに出された事も無い超貴重アイテムだから、売って代金は旅団の共有資金にするようマグからも豚に言ってくれよ」

彼、マキシそしてみずぽんさんや他のメンバーも和気あいあいとした会話をしているが、みんなはまだ知らないのだろうか。

「そんな事よりみずぽんさん、ファリスと2人で寝マクロしたの!?」

そう、私が見た記事、それはみずぽんさんとファリスの寝マクロ使用を伝えるものだった。

「ぇ……どゆこと……」

彼の発言からは、狼狽っぷりがよく伝わってくる。私だって同じ気持ちだ。

「何かの間違いか、デマじゃないの?」

マキシも信じられないようだ。しかし……

「2人がメギドの村の死に戻り地点で、延々と同じ術を使い続ける動画がアップされてる……寝マクロしたの、してないの、どっちなのみずぽんさん」

しばしの沈黙の後、みずぽんさんが答えた。

「ごめん。ファリスが暗黒魔法を上げるのに、面倒臭いから寝マクロを使うって、それでウチも誘われて、マインドアジェスターを掛ける寝マクロを組んでしまったんよ」

ファリスが誘ったのか……それにしてもぽららもそうだったけど、また暗黒魔法か。強さの秘訣と勘違いして上げたがるバカが後を絶たない。


 今いないファリスは後で事情聴取するにしても、みずぽんさんは寝マクロ使用について、言い訳もせずに素直に認めている。それに、そもそも私がこの旅団に参加したのも、みずぽんさんに誘われたからだし、他にも色々とお世話になっている。そう思うと、私には副旅団長権限で追放する気にはなれなかった。

「もー……次は無いからね」

穏便に事を済ませられるのなら、それに越した事は無いはずだ。

「は〜い……」

みずぽんさんも反省しているようだし、同じ過ちはもうしないだろう。失敗を重ねて人は成長していくのd……そう思っていた矢先だった。

「寝マクロをした2人を追放しないのなら、おいはこの旅団、<聖霊騎士団>を脱退をします。今までお世話になりました」

なんと彼はそう言って、本当にあっさりと抜けてしまったのだ。


 システム欄に流れる、

「"ゴッドフリー"が旅団を脱退しました」

の文字。それを見て私はハッとした。ポーラ率いる<コーラ団>の末路を思い出したからだ。ゲーム内ではほとんどのプレイヤーから無視され、情報サイトでは方々から叩かれ、お陰で身内だけのごく少数で細々とゲリラをする日々らしい。このままでは私達も<コーラ団>の二の舞だ。でも……しかし……彼が言っていた、仁に過ぎれば弱くなるという言葉、言うのは易しいが、いざ行うのはこんなにも苦しいなんて。

「ごめんなさい、みずぽんさん。ごめんなさい、みんな。私は私のやるべき事をやります」

そして私は、震える手で旅団コマンド一覧から追放のタブを選び、みずぽんさんとファリスの2人を追放した。


 その直後、彼を旅団に呼び戻すためtellで連絡をした。

「副旅団長としてするべき事をしたから戻って来て」

「あの2人を追放したの?」

つい先ほどまで、みずぽんさんと仲良く会話していた彼にしては、発言は冷たくも感じられる。

「……うん」

「そうか」

そして彼は旅団に戻って来た。寝マクロをした2人については、誰が言ったともなく禁句として取り扱われ、誰も触れなくなった。


 それから数日間、彼はインしなかった。別に今までも毎日欠かさずインしていた訳では無いが、あんな事があった後だ、久しぶりにインした彼に、話しかけてみた。

「ゴッディお久し、そう言えば私にも覇王のマント見せてよ」

敢えて明るく接してみる。

「あっ、あぁ……」

……暗い。それからも色々と話し掛けてみたが、気の抜けた返事しかしない彼。あの事を引きずっているのは明らかだ。旅団チャンネルやtellでは無く、直接会って話そうと思い、所有砦内の彼のマイハウスに行ってみたがいない。首都にも砦周辺にもいない。北方にいないとなると、今の彼がいそうな場所はあそこしか無い。となるとすべき事は1つね。

「マキシとウニちゃんにまる、少しお願いがあるんだけど……」


 私と彼が初めてあの2人、みずぽんさんとファリスに会ったのは、ここ、ガリラヤ湖を目指す野良PTでだった。湖畔周辺を見回してみると、湖に向かって、ただ呆然と座っているだけの彼を見つけた。やっぱりここにいたか。

「何黄昏てんのよ。らしく無いじゃない」

いつもの底抜けにお気楽な彼は見る影も無い。

「あぁマグりん……1人?」

「今わね。マキシ、ウニちゃん、それにまると山越えして来たんだけど、3人は首都イスカリオテで買い物してるよ」

本当は、頼んで彼と2人きりになるようにして貰ったんだけどね。

「こんな所までわざわざ来たってことは、あの2人の追放、やっぱり気にしてるの」

「おいは……おいは恩知らずの薄情者だ。世間の評判を恐れるあまり、同じ旅団のメンバーを追放するよう仕向けたんだ。それもただのメンバーじゃない、苦楽を共にし、大きな恩のある仲間を……」

あの時の彼は、冷たくも見えるくらい淡々と行動をしているように見えたが、やっぱり彼も、いや彼が1番、追放と言う処分に苦しんでいたのかもしれない。

「何故ゴッディが苦しむの。追放したのは私なのに」

「何故って、そう仕向けたのはおいじゃないか。素直に過ちを認めたみずぽんを許そうとしたマグりんを、制してまで仕向けた……」

北方での戦場では、決断から逃げることなんてせず、そして自らの決断を信じる。そんな彼が、ここまで弱気になるとは。

「そうね。確かに仕向けたのはゴッディね」

「あぁぁぁ……」

「副旅団長としてするべき事をしなかった私に、正しい事をするように仕向けたのは」

「……え?」

「本当、今思えばゴッディはいっつもそうだったわね。初めて会った時からずっとそう。他を犠牲にして自分だけ助かる私、現物ばかり欲しがる私、目先の利益しか見えない私、助けを求めるプレイヤーを足蹴にする私、困難を前にすぐ諦める私、毅然とした態度を取らない私、自らの過ちを受け止められない私、言い出せばキリが無い。そんな私に正しい事をするよう仕向けてきた、もう本当、嫌になっちゃうくらい。そして今更になって、自分の判断が正しいかどうか迷い始める。やめてよね。それじゃあこんなにも信頼しきっている私はどうなるの」

綺麗事を言うだけなら簡単だ。でもそれを実際にすることは大変だ。そんな大変な事をする勇気を与えてくれるのが、彼という存在だ。

「そんな事言ってもおいだって1人の人間だし……迷ったりも間違ったりもするよん……」

確かに彼は1人の人間だ。人間は1人じゃ何も出来ない。

「ならこれからは、私と一緒に考え、一緒に判断し、一緒にするべき事をしましょう。つまりゴッディが正しいこと、信じる事を出来るように私が支えるって言ってるのよ。ここまで言わせて、まだグジグジする気?」

 

 全く、画面の前の私まで顔が真っ赤になってきた。これでもまだうだうだ言うようだったら、画面にパンチ入れてやる。

「……ありがとうマグりん」

その後、何とか元気を取り戻した彼は、ようやくいつも通りになった。ただ今度は、胸の内を曝け出した私の調子が狂ったが、これは知られるのもなんだか嫌だから、我慢するしか無いか。それに、オジンはじめ<1stSSF>が不穏な動きを見せる今、そんな事を言っている場合でもなさそうだし。




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