第26話「調略」

 北方でプレイヤーは何故戦うのか。一番の目的は自国以外の国を全て滅ぼすなどして、北方全域を統一する事だ。でも、色々なプレイヤーがいるこのゲーム、中には戦う事自体が目的のがいても、驚く事では無い。


 飛び交う矢、入り乱れる魔法、城壁際の激しい攻防。彼が指揮する何度目かの本体戦だが、ようやくこの赤C4F4を落とせる目処がついた。優れた軍団長に率いられた赤の国を出し抜くのは本当に大変だった。


 彼が軍団長になって最初に示した指針、偵察の重視と生産職の保護。みんながそれらを守ってくれた為、装備の心配も無く、判断材料となる情報も多くなり、その結果、積極的な攻勢に出ることができるようになった。Tokiさん率いる有志が別方面を撹乱している今、この砦の守備隊は所有旅団の<テルモ・ガーデン>のメンバーだけ。ようやくここまで来たかと言う感じだ。

『近接職は梯子へ!ここを越えなければ勝利は無いぞ!』

指示を飛ばす彼。とは言え敵は中規模旅団、中々の数の守備隊を前に、梯子を登ってもダメージの多さに引き返すしか無いのが今の現状だ。私も矢を射って援護をしているが、守備隊も手練ればかり、なかなか引き下がらない。攻城職も城壁に穴を開けようと必死だが、砦内から修復され時間が掛かりそうだ。

『ええい!おいが行く!死んだら師団長が指揮を引き継いで!』

ちょっ待てよ。それだと彼がもし死んだら、ナギが指揮するかもしれないじゃないか!それだけは何としても防がなくては!梯子を登る彼を追いかけ、必死に敵に矢を射つ。みんなも私と同じ考えなのか、一斉に梯子に取り付いてくれたお陰で無事城壁を越え砦内に侵入。私達が真っ先に突入したため、<聖霊騎士団>が旗を破壊、占領する事が出来た。


 その後首都に帰還した私達だが、大勝利にみんな沸き立っていた。あのオジンも自身が率いる旅団<1stSS F>のメンバーに、

「今回は逃したが、次はぜってー俺たちで占領して<テルモ・ガーデン>の息の根を止めてやる!」

と息巻いていた。赤旅団の<テルモ・ガーデン>は2つの砦を所有していたため、残りのもう1つの砦が次の攻略目標だ。必死の抵抗が予想されるが、攻め続ければ落とすことは不可能では無いはずだ。


 砦を落とすという快挙を成し遂げ、きっとルンルン気分であろう彼のウザい手柄話でも聞いてやろうかと思い部屋に行ってみたが、こんな大勝利の後だと言うのに彼は、薄暗い部屋の中で難しい顔をしていた。正確に言うと、難しい顔をしている感じがした。

「どうしたのよゴッディ、元気無いじゃない。砦を落とし、しかもその砦は私達の所有になるなんて、いい事づくめなのに」

これでマイハウスにも充分な空きができたので、新メンバーも加えてますます躍進すると考えると、私でも心ウキウキだ。

「そう上手くはいかない気がする。相手の軍団長はあのApocrypha、もう同じ手は通用しないだろうし、それに<テルモ・ガーデン>だって死に物狂いで戦うのは確実……」

そんな心配をしていたのか。彼は軍団長になってから、なんと言うか今までのお気楽気分を失ってしまったようだ。それなら私が元気付けるとするか。

「まぁでもそうね。あそこまで食い下がる旅団も中々いないから味方だったら頼もしいのにね。マキシに聞いたんだけど、旅団長はあのティルミットらしいからきっと真面目旅団なんでしょ。マキシと言えば、マジシャンズローブ拾ったんだけど、露出が多いって嘆いてたけど」

「え、待って、それ本当?」

早速食いついた。彼は相変わらずだな。

「マジマジよ。性能はそれなりだから、しょうがないから装備するって言ってたけど」

いつもの彼ならこれで元気100倍だ。

「そっちじゃなくて<テルモ・ガーデン>の旅団長がティルミットってところ!それ本当!?」

そっちかよ!

「え、えぇマキシ達は以前、赤の国に所属してたって言ってたじゃん」

「それだよマグりん!あの真面目キャラなら、打つ手はあるかもしれない!」

何を言ってるんだ彼は。と、思ったが、彼の考えを聞き、驚愕と言うか、唖然と言うか、とにかく愕然した。


 その後彼は、自らの考えを旅団メンバーにも話したが、当然の事ながら大反対された。私も初めは、折角の苦労が水の泡となる彼の提案に反対するつもりでいたが、黒の国全体の事を彼が考えていると気付き、説得を手伝ったところ、渋々ながら同意が得られた。ファリスとみずぽんさんがインしてなかったのも幸いしたかな。その後、主要な師団長にも許可を取った彼は、早速その案を実行に移した。そう、赤の国所属旅団<テルモ・ガーデン>旅団長ティルミットとの直接交渉と言う案を。


 メギドの村近くに、アル・メギッドという名前の付いた、小高い丘がある。採取物やMobも湧かないため、普段プレイヤーもほとんどいない、瓦礫ばかりの閑散とした場所だ。ここに彼、私そしてティルミットの3人が集まった。北方では敵対勢力のプレイヤーも、南方では仲良く遊ぶのは普通の事だが、北方の延長としてこのような会合を持つのは、他に例は無いと思う。

「それで、黒の国軍団長直々にお話とはなんでしょうか。このような密談はあまり好ましく無いと思いますが」

旅団長代理として来たが、警戒感を露わにするティルミットを見るに、この交渉あまり上手く行く気はしない。

「今日は黒の国を代表して、ティルミットさんと<テルモ・ガーデン>に提案をしに来ました」

「一体何ですか?私達はもう最期まで戦う覚悟が出来てますので」

当然、あの真面目キャラのティルミットが戦わずに降参するなんて彼も私も思ってはいない。

「簡単に言うと、先日我々が占領した砦を返還すると言う提案です」

「!?……どう言う事ですか?」

「我々は正直言って、<テルモ・ガーデン>の精強さに手を焼いており、大きな脅威であると考えています。逆に言えば、もし味方であれば、大きな戦力になるとも」


 この交渉の目的、それは砦の返還を条件に、<テルモ・ガーデン>を砦ごと黒の国へ寝返らせる事だ。言うなれば、調略で砦を手に入れる事だが、果たしてティルミットが首を縦に振るだろうか……

「赤の国を裏切って、黒の国に寝返れと言うんですか!そんな事は出来ません!例えメンバー全員が、路頭に迷うとも!」

そりゃ断るわ。

「メンバー全員と仰いますが、砦を1つ失った今、丹精込めてデザインしたマイハウスを失ったメンバーと、未だマイハウスを持つメンバーとがいる今、いつまで"メンバー全員"と言えるでしょうか」

彼も厳しい事を言う。このゲームでのマイハウスの有無は1つのステータスとなるが、旅団メンバーが多いと有る者と無い者が出てしまうもの。格差が生まれれば、みんな一緒に仲良くとは言えなくなるものだ。

「それは……上手くやりくりします!」

「そして黒の国は総力で残り1つの砦に集中攻撃をします。いくら<テルモ・ガーデン>が精鋭揃いと言えども、果たして守りきれるでしょうか?」

「……」

彼の畳み掛けるような説得は続く。

「長い間、マイハウスを有していたメンバーがそれを失っても、平気でいられるでしょうか?意地とメンバーの財産、どちらを優先すべきでしょうか」

「でも……マイハウス欲しさに寝返るなんて、赤の国からもメンバーからも、裏切り者と言われるし……」

裏切ると言っても、亡命はシステム内の行動だが、真面目なプレイヤーは気にするだろうな。

「我々は脅迫しているのです。男キャラは皆殺し、女キャラは陵辱、砦も装備もアイテムも全て奪う。それが嫌なら軍門に下れと。このように言われたと他の人にはお伝え下さい。ティルミットさんは皆を守るために嫌々ながら承諾したと」

おい、女キャラは陵辱の部分、趣味が出ちゃってるぞ。

「……持ち帰ってメンバーと相談しますので、3日ほど時間を下さい」

マジか。心が揺らいでるのが分かる。

「もちろんです。旅団メンバーの事を、よくお考え下さい」

そうして交渉は終わった。真面目キャラのティルミットの場合、戦力の差を見せつけても、決して屈しないのは目に見えている。しかし旅団メンバーの事は、自らを犠牲にしてでも守ろうとするはず。一度野良PTを組んだだけで、よくまあここまで考えるもんだ、彼は。


 そして、約束の3日後にティルミットさんから連絡が来た。提案を、受け入れると。3日間ずっと自らの言葉遣いや交渉内容を悔やんでいた彼が、ようやく安堵の表情を見せた。早速、所有砦と旅団ごと亡命してきたティルミットさんに砦の返却手続きをするため、黒の国首都に出迎えに行った。

「ところでティルミットさん、赤の国の軍団長は何か言ってましたか?」

Apocryphaと言えども、中規模旅団がごっそり抜けるんだ、文句の1つや2つ言うのが普通だろう。

「"軍団長として力不足のため砦が防衛出来ず、このような決断をさせてすまない。黒の国に行っても全力で戦って欲しい"、と……実際はもっと難しい言い回しでしたが……」

今や戦力バランスは大きく黒の国に傾いたと言うのに、その発言……彼があそこまで恐れるのも頷ける。


 多くのプレイヤーや師団長は、彼の交渉の結果に大きな称賛の声を寄せた。しかし、オジンと<1stSSF>のメンバーは、戦いの場を舌先三寸で奪ったとして、彼に対する怨みの声を上げたのもまた事実であった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る