第13話 間違っていると知りながら俺達は
バドは走っていた。硝煙と何かが燃える嫌な臭いがいっしょくたになった村の中を共に戦っていた仲間を抱いて。爆撃の音が響く。間もなくこの村は焦土に成り果てるだろう。幸いなのは村人は全員避難しているということだ。
苦笑じみた目がちらりと目に入る。無言で力を込めた腕に置いていかないという意思は伝わったらしい。小さく唇が動いた。「バカだね」とでも言ったんだろう。小柄な体の四肢は力なく揺れていた。その足、右膝は撃ち抜かれ千切れていないのが不思議なくらいの損傷で、ボタボタと血液がたれている。赤い血の道が痕跡を残すとわかっていて、止血しなければ命がないと知りながら止まることを許されずバドはそれでも彼女を置いて行けなかった。
彼女は知っている。自分がもう助からないことを。神経が擦られる激痛に襲われているはずなのにそれを感じていない。
出会って何年になるだろう。この戦争が至る所で繰り広げられている世界は全てを統一した者こそ真理という、いわば弱肉強食の掟をもとに手当たり次第に侵略を繰り返している。バドと彼女は小さな村が協力し合い、自ら仕掛けることをせず、ささやかな平和を保っているテイン居住区の月に1度の会議をきっかけに会った。互いに旅人で、偶然立ち寄った村の危機を救った。成り行き任せに会議に参加する村長の護衛に加わり顔を合わせた次第。
すぐにわかった。彼女もまた異世界人だと。何度も世界を渡るたびに同族はなんとなくわかるようになっていた。雰囲気というのだろうか。何より人を殺している者の独特の感覚。双方の意味で同族だった。テイン居住区に受け入れられ、いつしか護り手としてがたいのいい鉄壁のバド、見た目からは戦闘能力があると思えないトリックスターのリィと名をあげて何度も共に戦った。文字通りの戦友。
今回は分が悪すぎる戦いだった。大国でもないのに自治を保ち続けるテイン居住区を殲滅せんと都市から部隊が仕向けられたのだ。バドもリィもいつかはそんな日が来ることを予想していた。その時が来たら敵わないまでも逃げ、生き残る率を上げようと2人は何度も知恵を絞り、計画を立て、村人達に徹底的に周知していた。
外側に噂を流し、一番防衛率が高いのはのトウランと呼ばれる村で中核を担っている、ここを崩せばテイン居住区を一気に侵略できると誘導する。でも、村人の姿はなく、罠だらけの村と護り手の2人がいる。
勝てないことを知っていた。今までは運が良かっただけ。完全武装の軍隊にちょっと戦闘能力のある2人だけで対抗できるはずがない。時間稼ぎができれば良かった。
やれるだけのことをして、敵勢を減らせるだけ減らして撤退する刹那に生じた油断。決して無傷じゃなかった2人に凌ぎ切れるものではなかった。味方を見捨てることができないバドともう歩くことが叶わないリィ。投降すれば良くて捕虜、死刑、悪ければ拷問のすえ生きていれば一生奴隷。生きてさえいればどうにかなる? 死んだ方がマシな瞬間が戦場には確かにある。逃げ切れないなら、絶対に命を終わらせなければならない。自分達を信じて逃げてくれた彼らに繋がる情報は絶対に渡さない。
どうやって死のうか。そう思った時、大音声がして目の前が真っ赤になった。仕掛けておいた最後の罠。村全てが1件ずつランダムに爆発する。
『せいぜい慌てふためいていただこう』迫る時を前に笑いあった。絶体絶命だったのに、敵の一部が吹き飛んで、不意打ちにうろたえるさまを見て確かに互いに笑った。壊れていると思うのはこういう時だ。
隙を逃さずリィを抱えて走って、走って村はずれの藪の中に身を滑り込ませた。止まれば爆発の振動が足裏から伝わってくる。リィはうつらうつらとしているようだ。そっと地面に横たえ、止血をしようとして
「これ以上、無駄なこと、すんな……」
微かな声がバドを止めた。傍らに手をついて覗き込めば揺れる瞳が微かに笑んだ。戦場にいれば幾度も見たことのある死に際の目。疲れたような、諦めたような、でもやっと苦痛から解放されるという安堵も混ざった静かな眼差し。バドはしゃべるなと言おうとしてぐっと拳を握り締めて顔を寄せた。最期の声を聴けるのは自分しかいないからだ。
「爆発、してるねぇ……」
「ああ、大連鎖だ」
「……クソ、だよね。人、殺して、笑う、私達は、さ……」
バドは瞠目した。それは常日頃思っていることだったからだ。人を殺すのは悪いこと。当然の認識としてありながら、異世界といえどもリアルに戦い、人を殺し、感謝され、命懸けの状態に身を投じることへの高揚感も偽らざる本心。1度守っても、次には命を落とすかもしれない不確かな防衛。虚しさと罪悪感と高揚する心はいつも混在している。
「それ、でも……守れるなら、守りたい……間違っている手段でも……いつか、もっと大きな何かが、争いを、なくしてくれる、まで…………きっと、何処に行っても……」
その時を待って目の前の見知った人が死ぬのは嫌だ。小を犠牲にして大を守るというのが大嫌いだと言っていたリィもまた、心の矛盾を抱えていたのだろう。バドは目を閉じた。涙を堪えるために。バカなことを考えた。それは口からするりと滑り落ちる。
「なぁ、リィ……また、違う世界で、会えるかな?」
「さぁ、ねぇ……でもね、この世界で私が死ぬのは、変わらないんだよ」
「わかっている! わかってる、でも……希望をくれたって、いいじゃねぇか……っ」
一生会えないという現実より、生まれ変わって再び会えるという迷信に近い希望に縋りたい。同じ異世界を渡る者なら縁が繋がることもあるはずだ。強く瞑った目から熱いものが滲みだしてリィの頬に落ちた。
「……泣いてん、の……?」
「戦場で、泣くもんか! 雨だ!」
「雨……罠、仕掛け、消えなきゃ、いいけど……」
心臓に氷が押し付けられたような心地がした。リィの目はもう見えていない。時間がもう残されていないことを示している。喪失感に震えだした体を片腕で抱いて、無理やり口角をあげて見せた。例え見えなくても去勢くらいははってやる。
「消えるもんか。俺達の仕掛けだぞ」
「ふふ、そう、だね」
「皆、無事だ」
「あんたも、逃げなさい、よ」
「……おう。……最期に、なんか、してほしいこと、ないか。なぁ、なんでも、してやるぜ……? ないなんて、いうなよ……?」
ふぅと呼気が吐き出される音がしてバドは身を震わせた。最期の呼吸。
「バド……生きろ、よ……」
「リィ? リィ‼」
応えがないとわかっていても叫ばずにはいられなかった。虚空を見上げたままの瞳は瞬きをやめている。改めて見やる小柄な体。色の白い肌。策略と射撃と見た目で意表をついての身軽な戦闘。どう見ても戦闘向けじゃない体躯で戦っていた。
異世界を渡るものは遅かれ早かれ何らかの戦闘に巻き込まれる。リィもまた生きるために戦うことを選んだのだろう。バドはグイっと乱暴に涙を拭い、手のひらをかろうじて汚れていない服の個所を見つけて汚れを擦りつける。そして、綺麗になった手でそっとリィの瞼を覆って撫ぜ下した。綺麗な、静かな顔だ。眠っているみたいに。彼女の使っていた銃を腰から外して自分の腰に装着した。髪をひと房切ろうとして、止める。これ以上リィを損なうのは嫌だった。大きな穴が開いた足を隠すように上着を脱いで掛ける。爆発音が近付いていた。
「……俺はそれでも、お前と戦うのが好きだった」
爆薬を遺体の周辺に仕掛けてバドは立ち上がる。死して敵の手に落ちぬよう木っ端微塵に葬送する約束だった。時限式にするくらいは許してほしい。振り切るように視線を外して駆ける。暫くして轟音が響き渡った。思わず振り返ればありったけの爆薬を仕掛けてきただけあって大きな火柱が立ち上がっている。
「思ったより派手な葬送になっちまったな……リィ。じゃあな」
無理やり口角をあげる。彼女の最期の願いだ。バドは生きなくてはならない。逃がした村人達の安全を確認、その後のことetc 生き残った者が引き継がねば無駄死にになる。
テイン居住区のトウラン、焼失。進軍してきた兵士7割負傷につき撤退。テイン地区護り手、トリックスターのリィ死亡。テイン居住区総勢7952名、各地に分散して潜伏の後、鉄壁のバドの呼びかけにより3年後、新たな国を興す。戦死した護り人を語り草にトリック・チャーム連合国と称された。
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