第6話 もふもふパニック。
うわぁ、マジですか。私どうしたらいいですか。
それが世界を渡っての感想だった。確かに私は動物は好きだよ。ありとあらゆる動物を見ると和むし、いじめる奴は死ねってくらい人間以上に愛している。でもさ、でもね!? 自分がなるのはどうかと思うわけ。だって、自分の姿って見えずらいし、仮に触り心地が良くても自分で自分を触るのってナルシストみたくて気持ち悪いじゃん。うん、落ち着こう。とにかく無理やりにでも落ち着こう。
まずは状況確認。森だ。白樺に似た広葉樹がいっぱい。でも木々の間に南国っぽい……もっといえば熱帯雨林を彷彿させる蔓がぶら下がっている。水の香りがするということは水場が遠からずあるはず。おお、嗅覚が鋭いぞ。ちょっと感動する。
とりあえず良くも悪くも周辺に生き物は感知できない。安全が確認できたら水場は押さえるのが鉄則って誰かが言っていた。歩き出そうとして片手……前足を持ち上げてみる。肉球。出し入れできる鋭い爪。淡い緑色がかった白い毛。なんか模様があるっぽい。よし、歩こう。意外と違和感なく四つ足歩行ができている。あ、水の音。耳がピクリと動くのがわかった。ヘンな感じ。
おーっ、大きい湖だ。クォウという声が出た。声は意外に可愛いかも。ちょっとした低木より目線が上だから大型犬よりは大きいと予想からいかにも大型獣って声になっているんじゃないかってドキドキしていたんだよね。
水の音は湖の一番奥に見える小さな滝だった。端っこのこっちは波紋は消えちゃっていて鏡みたい。この水絶対美味しい。そういう香りがする。水際まで近付いて思わずぽかんと口を開けた。動物になってもそういう表現できるんだね。
全体的にふわふわしてそうな淡い緑がかった白い体。背中や顔には藤色の毛が複雑な模様を作っている。単純な縞模様とかじゃない。耳は猫よりちょっと縦長。耳の横? 後ろ? から白い毛が一部長く胸元まで伸びている。瞳はものすごく綺麗な水色。ガラス玉みたい。マズルは犬と猫の中間、かな。
なんでこれ自分なんだ。
思わず震えたよ。だって絶対触り心地がいいってこの体。こんなのいたら撫ぜまわしてめっちゃ可愛がる。むしろ飼いたい! もう一体いないかな。いたら連れて帰りたい。いや、今自分も獣だからと突っ込みを入れつつ興奮は冷めない。ぐるぐると水際で挙動不審な動きをしていたのだけど、突然私の動きは止まった。なんていうか、そう嫌な予感がする。獣の体が緊張し始めて周囲を探る。耳がぴくぴくと音を探して、嗅覚が自分以外の生き物を察知する。足裏に感じる微かな振動。猫くらいの大きさの獣がすごい速さで走っている。複数だ。聴覚と嗅覚でそこまでわかる。
私はそっちの方へそろりと動き出した。何かが逃げるっていうことは危険があるってことだ。だけど、何故かわかったから。それがすごく怖がっていて、助けてって、言ってる。無視したくなかった。
木の陰から全貌を見て私は目を丸くした。逃げているのは長毛のイタチのような子。追っ手は人間だった。しかも、毛皮が欲しいとか、道具にするとか、偉い人に褒美をもらうとか聞こえる。ちょっと、ちょっと待ってよ。そんな理由で殺そうとしているの? そりゃ私も元の世界じゃ人間だよ。お肉も好きだよ。でもね、生きる以外の理由で殺すのは絶対に認めたくない。許せない。あいつら、笑ってる。必死で逃げているあの子達を見て笑っている。命を何だと思っているんだ。
かぁっと怒りに毛が逆立つ。周辺の木がざわりと揺れて音を立てた。人間が私に気付く。でも、どうでも良かった。本当に怒っていたから。うわぁぁぁぁ‼ そんな風に叫んだ形だったろうか。視界の端にあの一部長い毛が翻ったのが見えた。
ドンッ
あれ、なんかすごい音がした。我に返って私は目を瞬いた。地割れ? 土の壁? 折れた木が天然の槍になっている。人間と獣達の間に暴力的な境ができていた。足を止めた長毛の獣達(可愛い)がこっちを見ている。後ろ足で立ち上がってミーと可愛い声でお礼を言われた。内心、どういたしまして今の君達ですべて帳消しだよ! とお祭りになった。……ん? 私が助けたってこと?
人間が「新種だ」「化け物だ」「神獣じゃないのか」と大騒ぎする声がする。え、あれ私がやったの? まさかー。……えー!? 動揺した途端にまたもドンッと衝撃音がして人間達に向かって地面が捲りあがった。私だー‼ パニックになった私はもう必死で森の奥へ爆走して人間界を強く強く思い描いた。
ドサッと体が弾んだ。ベッドに背中から落っこちたらしい。前に突き出した両手はちゃんと人間の手。ほっそりとした腕と足。ベットに広がった微妙にうねった長い髪。戻った。大慌てで起き上がり居間へと走る。勢いよく戸を開け放てば「今日も元気が良いなぁ」とのんびりとした感想と、「うるせぇ」と呻くような声が私を迎えた。色素の薄い髪を伸ばしている外見ホストの長兄
「どうしよう、私、動物さんになった‼」
「はぁ?」
「すっごいもふもふなんだけど、地面ひっくり返した気がする」
「……意味わかんねぇ」
「だから! 渡ったら動物さんで、めっちゃ可愛い動物いじめている人間に怒ったら地面割れて、地割れって、ドンってなったんだってば!」
「だから、何言ってるかさっぱりだっつってんだよ!」
パンパンと手を叩く音がして不毛な言い合いを止める。おっとりと笑っているような目がゆっくりと瞬きした。
「つまり、珠瀬は異能を持つ動物に変化する異世界に行った……で、あってる? そこでそこの人間を攻撃しちゃった?」
私は大きく頷いた。水無瀬は「なんであれでわかるんだ」と目つきをいつも以上に悪くする。綾瀬はおもむろにスマホに手を伸ばした。
「
「「姐さん?」」
2人の声が綺麗に揃う。綾瀬は指を軽やかに動かしながら2人に微笑んだ。
「僕の能力は知っているでしょ」
「異世界人を察知する能力?」
「大雑把に渡っている数も分かるんだっけ?」
「うん。僕が関わっている世界で知り合った姐さんね、たぶん3桁渡っている」
「「3桁!?」」
「知ってるんじゃないかなーって、珠瀬が行った場所。……珠瀬ー?」
「ん?」
「姐さんと連絡取れるまで渡るの禁止ねー」
「はい」
私達3人は一期一会を大事にしている。異世界で知り合っても人間界での連絡先を交換することは避けている。その世界だけの縁かもしれない。また別の世界でも会うかもしれない。運と縁任せ。それを破ろうとしているのは今回私が行った世界が危険かもしれないと綾瀬が判断したからだ。それがわかるから私もおとなしく頷く。水無瀬もスマホを弄りだした。私はそれを眺めている。自慢じゃないが検索や調べ物は大の苦手。やったところで途中で苛々して叫んで邪魔になるのが目に見える。
「なぁ、綾兄。『異世界紡ぎ』っての見つけたんだけど。小説サイトと見せかけて、なんか裏サイトがあるらしい」
「どれ? へぇ……当たりかも。水無瀬は探し物が得意だねぇ」
「たまたまだし」
「じゃあ、掲示板に書き込んでおこうか」
綾瀬が打ち込むのを2人は両脇から覗き込んだ。
『先日は星見の祭りでお世話になりました。
一体どういう相手なんだ。それ以前にこの長兄はどんな世界で何をしているのか。面白いくらいに互いの渡る世界がかち合わない3人である。珠瀬こそ報告魔だが綾瀬も水瀬もあまり話すことはない。
「なかなか出てきてくれない方なんだよ。姐さんが動物に変化しても素敵だろうな……珠瀬も可愛いだろうし、水無瀬も」
「待て、何を想像しているんだ」
「あー、水無瀬は目つきが悪いのになりそう」
「あぁ!? お前は能天気な面してんだろうな」
「ふーんだ、私はもふもふ綺麗で可愛いんです!」
「自分で可愛い言うな、バカ」
「バカっていう方がバーカ!」
なかなか低レベルな争いが繰り広げられる中、綾瀬は色々想像しながら微笑みを浮かべている。それは返信がくるまで続いたのだった。3時間ほど。
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