第4話 魔法の国(1)

 「やっと、やっと来れたー‼」


 少年は歓喜を抑えることなく両腕を突き上げて叫んだ。何事かと集中した視線に我に返り、へこへこと頭を下げて歩みを再開する。フードも被って人混みに紛れるもその瞳はきらきらと輝いていた。幼い頃よりファンタジーが大好きで夢でもいいから魔法のある世界に行ってみたかった少年にとって暗記するほど読んだ街の特徴が一致した感動は半端なものではない。少し離れて場所からでも窺えるセピア色の大きな建物。ステンドグラスは美しく大きなオルゴール箱のようだ。あの場所に行けばこの世界に来て宿った魔法がどんなものかがわかる。磨かれた青い石でできた街道の周囲は目を惹く店がたくさんあるが少年はそわそわしながらも後の楽しみへと回した。逸る気持ちを抑え注意事項の記憶をおさらいする。


 『ひとつ、魔法の国では異世界人にも魔法が宿る。この国において魔力というものは生まれ持つものであり。適性や容量の差はあれど持たないものは存在しないとされている。その概念に乗っ取って異世界人でもこの範囲に入ると魔法が宿ると考えられる。

 この世界で宿った魔法がどんなものかがわからないと、要らんトラブルを招くことになりかねない。街で一番大きなセピア色の建物へ行くこと。特徴は壁を彩るステンドグラス。魔法を望み、扱い方を知りたいありとあらゆる人間が集まる場所。宿った魔法の判定、その後の相談。次の行動を決めるためにも迂闊な行動をとらないこと。』


 『ひとつ、どちらかといえば異世界人に理解がある反面、研究材料にしたがっている者もいるので極力明かさないこと。油断大敵。』


 『余談、魔法を判定、登録するときに魔力供給協力をするとお金がもらえます。但し、魔力を渡し過ぎると貧血を起こすので気を付けてください。』


 人混みに流される内に件の建物へ向かう列に加わっていた。耳をそばだてていると魔法学院に入りたいと言っている自分と同じくらいの年齢の子や、冒険を有利にするため、魔法の国に来た記念に、魔力が溜まりやすいから供給で小金稼ぎ等々。話を聞いているだけでワクワクする。

 7段ほどの紫がかった階段を何度か上るうちに建物が大きく見えるようになっていく。人々を受け入れている開かれた観音開きの扉は見上げんばかりで綺麗な飴色。淡い金色の床、空中に煌めくたくさんの水晶球。建物の奥へとのびる絨毯は落ち着いた紫で金の縁取りが唐草の鎖のようで美しい。土足であがるのを躊躇いながら踏んだ1歩目は靴を履いているのに素足を温かい毛布で包まれるような心地がした。


 「判定をご希望の方は左へ、供給の方は正面最奥へ、相談の方は右、御約束の方は2階へお願い致します」


 声をかけてまわる人達は予想を裏切って服装はてんでばらばらだった。ただ、共通点として左上腕にハチマキくらいの幅の布を巻き付け縛った余りが揺れている。それは僅かな光も反射してささやかに光っていた。


 「この布は同じに見えますが全員違うんですよ」

 「す、すいません、じろじろ見て」


 朗らかな声にぶしつけに眺めていたことを自覚して慌てて頭を下げた。気にすることはないというように首を振った係の人は笑い皺が優しいおばさんだった。


 「これは魔力登録をして適性がある者しか作れないの」

 「自分で作るんですか⁉」

 「えぇ、興味がある?」

 「魔法に関わることならなんでも!」


 異世界人とばれるかとひやっとしたのを顔に出さないように様子を窺えば、おばさんはにこにこと頷いていた。


 「皆、そうなのよね。ここに来るのは魔法に憧れてくる人が大半だから。私が初めてこの国に来たのは30年位前だったかしら。12で結婚するのが嫌で家出して、どうせなら魔法使いになってやろうって。……あら、そんなに大きな口を開けていると魔物が入るわよ」


 ぽかんと開いていた口をパクンと閉じ、それでも目は真ん丸のまま。その様子におかしそうに笑い声を立てる。


 「私の故郷はね、12歳で結婚しなきゃいけなかったの。私は嫌でねぇ……女は男に従えなんて受け入れられなくて。大陸を渡った遥か遠くに誰もが魔力を得られる国があるって聞いて、婚礼の日に身一つで出てやったのよ。ふふ」

 「すごいですね」

 「よくやったと思うわ。我ながら。でももっとすごい人はいるの。ここで力を得て、悪政をひっくり返すべく国に帰って成した人ね」

 「そんな人もいるの⁉」

 「えぇ、興味があるなら3階の記録室に行ってみるといいわ。功績を残した人の本や経験談をまとめたものがあるから」

 「ぜひ見たいです!」

 「ふふ、いいわねぇ……若い子はきらきらしていて。でも、気を付けるのよ? 魔法は使い方次第でとても恐ろしいものよ」

 「!」

 「あら、脅かし過ぎちゃったかしら。大丈夫よ。注意を守れば」

 「は、はい……」


 雑談をしているうちに列は途切れ、少し奥まった場所にあるカウンターから手招きされていた。慌てておばさんに頭を下げてそちらへと駆け寄る。ワインレッドのベルト付きコートを着た大学生くらいの女性が微笑んでいた。


 「ようこそ、道標の館へ。此方で魔法の判定をするでお間違えありませんか?」

 「はい! 間違いないです」

 「入国書類を頂けますか?」

 「はい!」


 女性は暫く目を通すと、手元の大きなノートにすらすらと何かを書き込んだ。


 「クロノ・セイ様」

 「はい!」

 「今までの魔術使用記録はなし、全てが初めてということですね」

 「はい! ドキドキしてます!」


 くすくすと思わずというように微笑って、これから魔力量を測り、宿った魔法の判定をする手順を説明すると突き当りに見えていた壁をコンコンとノックした。と、ぴくっと僅かに表情を変えた女性がクロノの腕を掴んで横に跳ぶ。瞬間、ドガッと音がして壁が砕けた。勢いで尻もちをついたクロノは破片がバチリと光に包まれて弾かれる音で淡い紫のシールドに包まれていることに気付く。受付の女性はやれやれというように肩を竦めてその向こうを眺めていた。おそるおそる立ち上がり隣に並んでクロノはぽかんと口を開けた。岩でできた巨人が走り回っている。


 「ふぅん……地属性か。にしても、こういうことがあるから物理防御も強化してくれって言ってんのにねー」

 「あれも、魔法ですか?」

 「そう。使い魔系に近いかな。魔力量が多いんだろうね。あのサイズは」

 「な……なんで走ってるんですか」

 「……さぁ?」

 「悠長に見てないで、どーにかしろー‼」


 切羽詰まった声が響き渡った。「それが人にものを頼む態度か」と小さく毒づく声にクロノは目を瞬かせた。軽く手を振られ数歩後ろに下がるのを確認して女性はふわりと右腕をあげた。空間を斜めに撫でるようにした刹那、その手に艶のない灰色のまっすぐな杖が現れる。バトンのようにクルクルと回す杖の両端からキラキラと光の粒が流れた。岩の巨人が取り巻かれ動きを鈍らせていく。


 「眠れ、術者……トウマ・アインバルト」


 言葉が空間を抑え込んだようにセイは感じた。声が重力を持って落ちてきたような抑止力。遠目に崩れ落ちた少年を職員が抱き留めるのが目に入る。女性はひゅっと杖を振り自身の身長よりも長くサイズを変えて巨人へと歩みを進めた。そして、杖で2回ほど軽く巨人を叩く。


 「あ」


 巨人が薄い緑色の光の粒子に砕けた。ひとつ頷きコンッと床を杖で打ち据える。紫の光が女性へ、緑の光が倒れている少年に吸い込まれていくのをセイは食い入るように眺めていた。すごい。すごい術者なんだ。このお姉さん! と内心は感動に打ち震えていた。杖を消した女性が一喝した。


 「サイラート・グレイシャリア! 安易に思い切りやってみろと言うなといったよね⁉ それを言っていいのは魔力量が一定以下の人間に対してのみ。同じタイプはひとりとしていないこの魔法判定はきめ細かく、正確な判断が必要とされる。その重要性がわからないなら辞めてしまえ‼」

 「す、すいませ」

 「其方の謝罪は聞き飽きた! そして、礼儀知らずは私の最も嫌うものだ。公私混同も、身内の甘さも仕事には必要ない。例え其方が同期であっても、私はそろそろ堪忍袋の緒が切れるぞ、サイラート」

 「それくらいにしてあげなよ、ラピスラズリ」


 場違いなのんびりとした声がセイの背後からして、軽薄な笑いを浮かべた砂色と漆黒の目をした少年が頭の後ろで腕を組んでゆっくりと部屋の中に踏み込んでいった。背を覆うほど長い髪は白い。


 「アンバー」

 「綺麗な顔が台無しだよ、ラピス。その単細胞は馬鹿の一つ覚えに最も危うい初心者を焚きつけて、そのたびに騒ぎを起こし、建物を壊し、そろそろ借金で体売れって感じ? そんな救いようのない奴に君が余計な力を使うことないよ、美しいラピスラズリ」


 少年を支えたまま叱責されていた職員はアンバーが現れた途端にガタイの良い体を縮めるようにして俯いて震えていた。顔面は蒼白で今にも泣きだしそうだ。ラピスラズリはその様子を見て一瞬目を伏せた。


 「訓練所にでも突っ込むさ」

 「えぇ~、手ぬるいよ」

 「人手が足りないんだよ。要は大口叩くだけの実力を持ってもらえばいい。給料カットと行きたいところだけど、そうしたら借金も戻らない。そもそもこんな半端者を合格にして配置した馬鹿の方が責められるべきと思うけど?」

 「確かに、じゃあそっちにお仕置きしようかな」

 「任せるよ、アンバー。


 にぃと口角を釣り上げたアンバーは一瞬でその場から姿を消した。セイはといえば、キャパオーバー状態で立ち尽くすのみ。


 「……助けてくださってありがとうございました。ラ、ラピス……」

 「様付けたら殺す」

 「だって、公私混同は」

 「言ったはず。公の場以外では」

 「リイヤ」

 「その程度は覚えてくれて良かった」

 「俺は見込みがあるって思っていいんだよな? リイヤは出会った時からどうしようもない奴には手を貸さない、だろ」

 「自惚れる余裕があるなら大丈夫ね。さっさと資格取って復帰して」

 「え、資格?」

 「判定師第2級」

 「えぇ!? 第2級って、全属性対応特殊技能でどんな術者の判定お任せな、あの!?」

 「え、広域判定の1級が良いって?」


 しれっと難易度をあげるのにサイラートは冷や汗を流して首を振る。人悪い笑みを浮かべて彼女は断言した。


 「サイラート・グレイシャリア、判定師第2級をもって謹慎を解き復帰とする。ラピスラズリの名においてこれは決定である。医務室に運んだ後、正式文書が届くまで自室で謹慎せよ」

 「承りました。あ」


 どさっと音がした。事の成り行きを窺っていたセイが許容量オーバーと魔力に充てられて倒れた音だった。薄れゆく意識の中、きまり悪そうな会話が少しだけ聞こえる。


 「あー、すっかり彼のこと忘れてた」

 「彼も運びますね」

 「ん、事情説明とお詫びが済むまで私も帰れないなぁ……」

 「ほんと、すまん」

 「はぁ……」

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