優等生
いちご
外見(みため)だけでは分からない
食べてみないと分からない
どんなに赤くてつやがあっても
どんなに大きくて形がよくても
外見だけでは分からない
食べてみないと分からない
うちの母は少しだけ食にうるさく、野菜といえばできるだけ無農薬のものを選ぶ人だった。だから、うちで食べる苺はいつも小粒の柔らかくて潰れそうな苺とふた粒あった苺が横にひっついて一つになったかのような不格好な苺がごちゃまぜになってパックに詰められているようなかんじだった。見た目はともかく味はとても美味しかったので私はその見た目に文句をいいながらも家族の誰よりも多く苺を食べていた。
その日、小学校から帰った私に母が見せたのは、なんとかいうひらがなで書かれた名前の苺だった。ひとパックに八つしか入っていない。スーパーでみかけるといつも私がねだる苺が、たまたま安く売られていたらしく、母の気まぐれでうちにきた。早く食べたいと唇を舐める私に手を洗うよう促し、宿題をしたら食べさせてあげるという母にいやいや従った一時間後、漸く苺にありつけることになった。待ちきれずにパックからつまんで食べた。うま、い。でも何か違う。味が薄いような気がする。もう一口食べた。一口目よりもさらに薄い味がした。
なんとかいう苺は、無農薬の不細工よりも味がしなかった。決して美味しくないわけではないが、味に変化がなかった。それは宿題まで終わらせて食べただけに、とても残念な気持ちになった。
その時ちょうど、小学校では国語の授業で各々詩を考えて発表することになっていた。
テーマは自由で、当時優等生であった私は、何かとてつもなく凄い詩をクラスのみんなの前で読ませてやる、と意気込んでいた。そして私は、この苺の残念感を詩にした。優等生らしからぬ単純でひねりのない詩ではあったが、その単調さが逆に気に入っていた。あとから読むと、これは苺だけの話ではないぞ、と深い意味も込められていたことに気付き、小学6年生ではあるが素晴らしいものができた、と一人悦に浸っていた。
配られた画用紙に赤い立派な苺を三つ描き、詩を並べた。「外見」という言葉は「みため」と読むことに決めていたが、そこにふりがなを打つのは野暮ったく思えて悩んだ末書かないことにした。クラスのみんなの前で詩を読む時がきた。これから自分の作った”素晴らしい作品”を読む緊張に手が震え、足が震え、声が震えた。
「いちご」と言った。そして私は自分が考えた「外見」の読み方を忘れた。しかたがないので「ガイケン」と普通に読んだ。もう一度、同じ言葉がきた。
「ガイケン」と繰り返し発した。読み終わり拍手があり、先生が絶賛した。自分の作った詩が周りにウケたことに驚きと嬉しさがあった。けれども、考えていた読み方を緊張で忘れたことに口惜しさが残った。私のあとに数人詩を発表したが、私は聞くふりをして頭の中では「あの」読み方はなんであったかを思い出すのに必死であった。しかし緊張と安堵と悔しさで酸素のいき渡らなくなった頭では、たったの三文字が思い出すことができなかった。クラス全員が詩を読み終わると、先生が私の詩をまた褒めてもう一度発表しろといった。立ち上がって、画用紙の苺を見たとき、はっ。とした。「みため」。しかし私は一度目と同じように「ガイケン」と言った。終わって先生がこの詩にこめられた意味を尋ねた。私はぼそぼそと、「いろんな意味を込めた」とだけ言った。本当はただ見た目のいい苺を食べてがっかりしただけのことを、単純にそう感じた心を素直に言うことができなかった。何も考えていない様な奴だと思われたくない。その頃から私はちっぽけなプライドで生きる優等生だった。
あの頃 @lifeissuck
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。あの頃の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
大人のなり方/色葉みと
★6 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます