タイプ・リリス


 魔力とは生命エネルギーだ。

 生きとし生けるもの全て、動物も植物も、地中のバクテリアや海洋プランクトンさえも保有している、命の原動力。

 言い換えるなら活力と同義。

 枯渇すれば指一本動かせず、それが続けば死に至る。。


 純人間の最大量を10としたとき、彼らは日に3消費して、食事と睡眠で5生み出す。

 アナの最大量は10万、日に3000消費して、食事と睡眠で5生み出す。

 収支が全く合わない。ここに彼女の欠陥があった。

 故に加冶は、消費量を5まで分解してバランスを取ったのだ。

 非力で幼く、弱い体。――――しかし一人でも生きていける。

 そのはずだった。


 しかし彼女は異能を使って戦闘を重ね、魔力が底を突いても更に絞り出した。

 絞り出せてしまった。

 吸血鬼としての特性が、そんな無茶を可能にした。

 魔力とは活力と同義。

 蓄えがないのなら、命そのものを削り出すしかない。

 心身が渇くのも当然。



 繁華街を血の雨が見舞った。

 悲鳴を上げて逃げ惑う人々の足下から黒色の杭が飛び出し、天高くかちあげた。

 股を裂き、脳天まで串刺し。前のめりの心臓を一突き。

 林立する杭の先にモズの早贄。


 自らの影から逃れ得た者は一人もいない。

 ボロを脱ぎ捨て、赤いシャワーに素肌をくぐらせる銀髪の美女。

 甘く芳醇な美酒は渇ききった全身に染みてゆく。

 気持ちよさそうに空を仰ぎ、沸々と嗤った。


 ――――嗚呼、これだ。これこそが、私の本懐。情に絆され、何を日和っていたのか。

 絶望に染まった緋の甘露に、代用品などありえない。

 そんなことなど初めから分かりきっていたのに。



亜人型半獣タイプ・リリスッ! あなた、なんて真似を……ッ!」

 藤林が叫んだ。血腥い惨状を前にして。

 アナは緩やかに肩を向ける。

 白黒の反転した瞳。側頭には蝙蝠の羽根。赤色に濡れるだけの豊艶な裸体は、先程までの未熟な体付きとは似ても似つかないが、藤林の腕に装着されたデバイスには『GEM-L51 アナマリア・リリンラク』とはっきり表示されていた。


「感謝するぞ。名も知らぬ劣等種よ。貴様らの一押しで六百年振りに目が覚めた」

 立ち昇る闇が黒いドレスを形成していく。

「こうも増えのさばった餌を前にして、真祖たるこの私が、何故飢え死せねばならんのか。――――全く以て馬鹿らしい。そう思わんか?」

「本性を現したわね!」

 杖を抜き放つ藤林。それを合図にトレンチコート達が現れる。路地から、建物の窓や屋上から。アナを取り囲んで狙いを定めた。「これ以上はやらせない! 逃げ場は全部塞いだんだから!」

「……ふ。ふふっ。ふふふふふ……」

「な、何がおかしいの!?」

「逃げられないのは貴様らの方だ」


 宣言した途端、敵対者の心臓が八つ裂きにされた。一人一人の足許から黒い杭が飛び出したのだ。幾人かは反応して躱したものの、第二波、第三波は防ぎきれない。

 トレンチコートは残らず絶命した。

「ルーメンス」と唱え、光を纏った杖で闇を弾ききった藤林一人を残して。

「はぁっ、はぁっ、……なんで、こんな……! よくも、みんなを……っ!」

「なんだその顔は。……可愛いな。仇でも討つ気でいるのか」

「黙れっ! ルディクロが!」


 振った杖から光弾が飛び出す。――――が、あらぬ方向へ飛んで壁だけを壊した。

 次弾も同じ。

 アナが弾いているわけではない。勝手に狙いが逸れているのだ。

 つかつかと歩み寄ってくる彼女へ、何度も何度も盲撃ち。

 一発たりとも当たらない。


「無駄だ」

 杖を握った藤林の手を押さえると、彼女の頬に指を這わせ、アナは言った。「誰も私を傷つけられない。理性より深い部分が拒絶するのさ。――――お前も私に惚れている」

「なにを、バカな……っ」

「ふふふ。試してみるか? 私は避けないぞ?」


 アナは慢心している。またとない好機だ。

 藤林はそう考えたのだろう。魔力をありったけ乗せて呪文を結ぶ。

「……ア トランシール ド・フィローストッ!」

 距離零で突き立てられた杖の先に膨大な熱量が収束し、今にも放たれんとした矢先。


「待て」と。

 涼やかなその一声で魔力砲にストップが掛けられた。

 金縛りに遭った藤林の喉元へ、杖の先が挿げ替えられる。――――こんな体勢で魔力砲を放てばどうなるか。術者が一番よく分かっていた。

「あ……っ、ぐ……! なんで……?! これほどなの……?! ……い、いやだっ! 死にたくない! 動けっ! あたしの体、動いてよぉ! くそっ! くそっ! よくも……!」

 狼狽え、涙を浮かべる彼女を見て、女吸血鬼はくつくつと嗤った。

「お前の意思だろう? 愛しい私に悦んで欲しいのさ。自分の滑稽な死に様を」

「嘘よ! 思ってないわ! 思うわけない……! あなたみたいなルディクロに……! なにを取り繕おうと、人の皮を被った紛い物……っ! 人類の敵なのよッ!」

「ふふふっ。ははははは! お前がそれを言うのか。魔宝使いの模造品イミテーション。……人に使われ、いずれ捨てられる憐れな駒よ。……ならばいっそ敵として生きた方が、よほど自由だろうに」

「うるさい!」

「今楽にしてやる」

 吸血鬼が指を鳴らした途端、魔力砲がズドンッと迸った。

 夜天を切り裂く光の柱。

 次第に萎み、数秒掛けて途切れた。



 極太のレーザーを放出しきった杖が、カランッと落ちる。

 藤林の頭は、まだ胴体に繋がっていた。

 死の淵を数ミリ先に垣間見て、へなへなと力なくへたり込む。

「貴様は今、一度死んだ。……次は私の元で生きてみないか?」

 アナがそう言って手を差し伸べると、藤林は幾許かの戸惑いの末、恭しく手を取った。

 跪き、アナを映す虹彩にはハート型の光。

「仰せのままに。私のマリア様」


 ――――この地に城を築くのも悪くない。

 吸血鬼は口の端を吊り上げた。

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