二つの最終兵器


「部長っ! スマホ貸してください! レーダー使います!」

 拠点に飛び戻って、手の平を突き出します。

「やあ、無事に帰ったか。よかったよかった」

「良くありません! 匠って子、とんでもない悪ガキですよ!」

「知ってるが。資料にもそう書いたろう」

「あと新聞部員でしたよ」

「……それは知らなかった。盲点だったな」

「なんで部長が知らないんですか! もう!」

「芥川君ともあろう者が随分ご立腹であるな」

「そりゃそうですよ! あんなの絶対に吸血鬼じゃありません! ただのマセガキです!」

「一体なにされたんだ?」

「それは……っ、とにかくレーダーです! 探知機です! 貸してください!」

「おや?」部長はレーダーのアプリケーションを起動して、訝しげな声をあげました。「ここにいるみたいだぞ」

 レーダー画面を映したスマートフォンが印籠のように掲げられます。

 発信器はGPSを利用しているため、地図上に正確な位置が表れるのですが、教室ごとの違いが分かる程の縮尺でも、現在地と発信器の所在は全く一緒でした。

「ちゃんと付けて来たのかね?」

「付けましたよ!」

「ふむ。真上か真下にいるという可能性もあるが……」

 部長はアプリの設定を切り替えます。

 発信器に近づくほど、表示された波形とスマホ本体がブルブルと振動するモード。

「これなら高さが違っても関係ない」

 そういって彼はスマホを私に近づけました。ヴィィィィと、勢いよく震えます。

 そして私から離すと、バイブは急激に弱まるのです。

「……芥川君がまだ持ってるみたいだが」

「そんな! 私、確かにちゃんと付けましたよ」

 発信器を仕舞っていたポケットを探ってみますが、当然のようにありません。だって確かに水鏡君に付けましたもの。

 しかし部長がレーダーを近づけると、やはり私に反応します。


「バレて付け替えられたんじゃないか?」

「そんな鋭そうな子には見えませんでしたけど」ブレザーを脱いで叩きながら、シャツの背中を部長に見せます。「付いてますか?」

「いや、ないな」部長はレーダーを金属探知機のように振りながら言いました「上履きでもない」


 足元を調べていた部長が急に立ち上がったものですから、その後頭部に私のぶら下げていたカメラにゴチンッと当たりました。

「痛っ」と蹌踉めいた先にいるのは私です。

「きゃあっ?!」

 押し倒されて、重なって。気が付けば私の胸に埋まってます。

 彼のお顔が。


「もごふ……っ?!」

「ちょっ、喋んないでくださいっ! ばか!」

 退かそうにも重すぎです。非力な文化系の腕力ではとても無理。

 テンパった部長が腕を動かすと、ブルブル振動するレーダーの角っこが私に突き刺さりました。


「ひゃうっ! ……わ、わざとやってんですか、このやろうっ」

「もごゴ……っ」

「ば、バカバカッ! 喋んなくていいんですよっ!」

 胸腔に感じるビブラートを極力無視して藻掻きます。

 こんな状況、誰かに見られるわけにはいきません。

 服装が乱れようとも、食い込みが深くなろうとも、一刻も早く脱出することが最優先。

 幸い、昼休みの新聞部になんか来る人は――――。


「おっすー、愛しのマイフェアリー☆ 暇だから冷やかしに来てやったぞ……って」

 ガラッと部室の扉が開いて、タヌ吉の陽気な声が響きました。

 そして永遠にも似た静けさ。

 最悪な親友は、全てを最悪な方向に曲解して、一番やってほしくない反応を的確に選び取るのです。知ってます。


「きゃあああっ♪ ついにやったね! やっちゃったね! 大ニュース大ニュース!!」

「ほらもー! 違う違う! 誤解なのです! 事故なのです! 助けてください!」

「業を煮やしたてるみんが遂にリーサルウェポンを使ったぞ! 反則級の威力だ! 相互確証破壊は破られたぁ!」

 タヌ吉は巫山戯たことを抜かしつつ、床に転げた私のカメラを奪って構えました。

 こんな時ばかり嬉々としてシャッターを切りまくるサボリ魔に目線をくれてやります。


「バカ! 撮ってないで助けて!」

「イチャついてるところを見せつけたかったんでしょ? いいよいいよー、妬いちゃうねー。ほらもっとしっかりエンブレイス! アンドスマイル!」

「い、イチャついてません! 不可抗力なんですっ、ただの事故なんですっ」

「こんな事故があるわけないだろー? 日本のラブコメ漫画じゃあるまいし」

「う、うぐ……っ! ぶ、部長のバカ! わざとだったら許しませんからね!?」

「てか、その体勢、てるみんが抑えつけてないか?」

「……え?」

 タヌ吉の指摘を受けて冷静に自分を見ると、脱いだブレザーを握りしめて、彼の後頭部を抑えつける形になっていました。

 いえ、違うのです、咄嗟に彼の肩を退かそうとして偶然この形になってしまったのです。不可抗力です。わざとじゃありません。

 私が手を離すと、タヌ吉は部長を揺さ振りました。……返事がない。

 頭に巻き付いたブレザーを引き剥がして、横に転がします。

 彼は安らかに目を閉じて、鼻の下は大量の赤色が滲んでいました。

「し、死んでる……っ」とタヌ吉。

「ちょっ、生きてますよ! こんなことで気絶しないでください! 部長! しっかり! 部長!」

「さすが草食系男子、肉を食わされると死ぬのだね」

 部長には人望がありません。下級生からは玩具にされています。


「それでタヌ吉。なんか用ですか?」

「ご挨拶だね。助けてあげたのにさー。……襲われてる部長を」

「襲ってませんし!」

「いやさ、なんかてるみんに呼ばれた気がしてん。ウチの冴え渡るシックスセンスがね」

「……呼んだ? あっ、そうです、思い出しました! 幽霊部員ばっかりスカウトしてる犯人、あなたですね!?」

「げっ、その話だったか……。来るんじゃなかったな」

 そそくさと帰ろうとする田付の服を握ります。逃がしません。


「どーゆーつもりなんですか、説明して下さい」

「そんな大それた事じゃないんよ-。たださ、ボッチとかずべ公って、承認欲求に飢えてる子多いじゃん? んでんで、てるみんってお節介しいだから、そういう子を放っておけないじゃん? これを引き合わせると、てるみんが後輩を更正させつつ、承認欲求をくすぐって後輩を懐かせそうでしょ? てるみんの舎弟はウチの舎弟。1年後、新聞部は裏で学校を牛耳る一大組織になるのであった」

「大それ過ぎですよ、この極悪人」

「悪に強きは善にも強しとゆーニッポンの名ゼリフを知らないのかね?」

「一向に改心しない人が言ってもね……」

「人心を扇動するジャーナリズムこそ、民主主義における支配階級なのだヨ」

「報道倫理の欠片もありませんね」

「あと、てるみんがてんてこ舞いになるとこを見たかった」

「それが本音じゃないですか、このやろう」

 全方位に喧嘩を売った田付のバカは私が代表してくすぐり倒しておきました。

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