お迎えは普通車でって言ったよね!
「――――確保っ!」
昇降口、靴を履こうと身を屈めた水鏡君にチョークスリーパーをかまします。「どこへ行こうというんですか。部室はそっちじゃありませんよ?」
「ぐえ……っ、ギブ、ギブ……ッ!」
腕をタップする水鏡君を絞め落し、新聞部室に拉致りました。
ぐるぐる巻きで椅子に拘束された彼の額に、護符をペタペタ。張ったり剥がしたりします。彼は不貞腐れたまま「なにやってんですか?」と訊ねてきました。
「何ともありませんか? 痺れたり、苦しかったり」
「えっ、なに、そういうお札なの? マジでなにしてんだ。やめろください」
「小さいお化けにしか効かない護符なのかな」ぺたぺた。
「いやちょっと、……部長さん! とめて! 先パイが俺で人体実験を! とめて!」
「なるほど、確かに。吸血鬼と呼ぶには些かの神秘性もないな」
部長は思案顔で私達の様子を見守っていました。
「吸血鬼!? なに!? なんの話!? てか先パイ、ここホントに新聞部ッスよね!? オカルト研究部じゃなくて!」
この部屋にあるオカルトグッズは殆ど偽物ですが、リスのお化けを拘束していた護符の力は本物のはず。それが効かないとなると、水鏡君はいよいよ以て人間なのでしょう。
念のためニンニクや十字架をぶら下げてみますが、効果なし。
額に護符を張り付けたキョンシースタイルの水鏡君に、全ての事情を説明してみました。
「俺が吸血鬼? マジで言ってんですか?」
「……そういう反応になりますよね、普通」
「ふむ。……しかしだとすれば、血塗れのキミは何だったのかね?」
「えっと、部長さん。その時の映像、俺に見せてもらっていいですか?」
「いや、もうない。燃えてしまった」
「じゃあ、どっちのことだろ……。すみません、俺にも分かんないです」
「困りましたね。水鏡君が唯一の手がかりだったのに」
「俺が唯一? それより直接見た人から話聞いた方が早いんじゃないですか?」
「いやいや、それがな。被害者は殆どグールになっているのだよ」
「違いますよ部長。行方不明なだけです。グールとは決まってません。話をややこしくしないで下さい」
「……殆ど、ってことは、そうなってない人もいるんじゃないですか?」
水鏡君の言葉に、私と部長は顔を見合わせました。そして部長はノートパソコンをタイプし始めます。「ソルトが付けられてるのか。局内は流石に硬いな。やはり無防備なアカウントを探して……」独り言。レインボーテーブルからリバース・ブルートフォースに切り替えるとかなんとか言いましたが、オカルト講義以上に意味不明です。ややあって「来たまえ」と呼ばれます。画面には内部資料らしきもの。
「直近の大学病院、警察病院、共に全滅だが……、直近で焔魔堂病院に運ばれた者は、まだ全員ベッドにいるみたいだ。1人当たり2人の警官が監視に付いてるらしい。前回の事件以外だと、城島病院、南十字病院、個人診療所にも数名……」
「すごいな。今はそんなことまでネットに載ってるのか。プライバシーもなにもないな」
横に立つ水鏡君が感心半分、呆れ半分に呟きました。
「違いますよ、多分。深く追求しちゃいけない筋の情報です。やめましょう」
「……もしかして部長さんって、人畜無害を装うクソヤバギークなのでは?」
「あら。人を見る目がありますね」
「しかし弱ったな。いかに我輩と言えど、ここまでが限界である。こうも見張りが立っていては面会など叶わぬであろうし」
「じゃあ、そっから先は俺が」
水鏡君はそう言って、電話を掛け始めました。
……って、あれ? 私、彼の縄解きましたっけ?
◇
「もしもし飛鳥さん? 俺だけど。焔魔堂のMRって誰だっけ? うん。繋いでほしいんだ」
MRってなんでしょう? そう部長に耳打ちすると、『医薬情報担当者の略』だと返ってきました。平たく言えば製薬会社の営業さん。一般企業のそれと違うのは、自社商品の宣伝だけでなく臨床データを製薬部門にフィードバックする役も兼ね備えている。という話らしいです。この理解で良いのでしょうか? あなたには釈迦に説法でしたね。
水鏡君は電話口に交渉を続けます。
「今日まだ行ってないなら途中で俺を拾って欲しいんだ。先輩達も一緒。病院の仕事を取材したいんだって。俺以外に? 二人だよ。……そう。部活。新聞部に入ったんだ、俺。――いいよ、普通ので。……いや、それは絶対いらないから」
黒塗りのリムジンが校舎に横付けされました。ものっそい威圧感!
「普通ので良いって言っただろ!?」
「営業車などでお迎えに上がっては、私が叱られてしまいます」
水鏡君は顔を火照らせて文句を言いますが、運転手の女性は涼しい顔。
私と部長は半ば押し込まれる形で車に乗せられました。
いやはや、こんなに長くてカーブ曲がりづらそうな車には初めて乗りましたよ。
味わい深い香りの車内、体が沈んでいきそうなほどフカフカの革シート。
キョロキョロしていると向かいに座ったスーツの女性がくすっと微笑みました。
「あなたが先輩さん?」
「あ、はい。2年の芥屋です。こっちが部長の佃先輩」
「芥屋さんに、佃君ね。私は藤林、三雲製薬のMRよ。今日はよろしくね」
「なんだか
「いいのよ、気にしないで。むしろ感謝してるぐらい」
私が「え?」と訊ね返すと、藤林さんは助手席をチラ、と振り返りました。運転手にまだブーブー言ってる水鏡君を暗に指して。小声をひそめて続けます。
「若が自分から仕事場にくるなんて、滅多にないのよ。……手を焼くでしょう? あの子には。悪戯っ子で利かん坊。それをその気にさせるなんて、一体どんな魔法を使ったの?」
「聞こえてるからな」
私が何か答える前に、助手席からストップが掛かりました。藤林さんはヘヘ、と笑って冷蔵庫を開き、グラスを三つ取り出しました。
「二人とも何飲みたい? サイダー、オレンジ、アップルジュース……。私は日本酒」
「仕事中だよ!」「仕事中だろ!?」
前列二人からの突っ込みがハモりました。
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