病院は苦手です
病院は苦手です。
人型のそれは厄介なことが多く、絡まれると碌なことになりません。明るい内からふよついてる奴らは、中でも一等ヤベー奴らです。近づいちゃなんねぇ。
見ていることを悟られるとヤンキーばりに寄ってきます。沸点が低いのです。怖い。
いえ、怖くはありませんが。
私は部長の護衛に徹します。
彼はオカルトを見たがる癖に何にも見えていないのです。乱れ髪の血塗ろも、歪んだ形相の上半身お化けも、構わず正面から突っ込んでいきます。無敵です。私の心臓が持ちません。
横について背中を掴み、それとなく進路を誘導してあげます。
「……芥川君。そう
「あまっ!? 誰が……!」
なんて理不尽。
「やあやあ、お待ちしておりました。三雲の坊っちゃん。大きくなられましたなぁ。お父様にはいつもお世話に――――」
大仰に感情を込めつつ形式的な挨拶を始める白衣の男性。ロマンスグレーの頭を屈め、肩書きに似つかわしくないフレンドリーさで水鏡君の手を取りました。
それを、こほん、と藤林さんが諫めます。
「志摩院長。坊っちゃん呼びはもうご容赦を。次期社長としての自覚が、ようやく芽生えてきたところですから」
「やあ、それは気づきませんで。他所の子の成長は早いものですな。どうか、匠殿の代でも当院を懇意に頼みますぞ。社長」
「今は地元の一高校生です。……将来どうなるかは分かりませんが、子供の頃に受けた恩は、大人になっても忘れないもの。院長先生。取材、お受け願えますか?」
「はは、なるほど。分かりました。若者の後援は立場ある者の勤め。岩井に手隙の者を紹介させましょう。キミ、頼めるね」
院長の横に控えていたナイスミドルは「承知しました」と一礼を返しました。
藤林さんがアタッシュケースを掲げます。
「では院長、あとは大人のお話と言うことで。……お酒でも呑みながら」
「良いのかね? キミ、車で来てるのだろう?」
「構いませんよ。今日は運転手付きなので」
「そうかね! 実は先日、25年物のペトリュスを頂いてね……」
「えーっ?! 奇遇ですね! 私ヌーシャテル持ってきたんですよ、ジロンドで一番の……」
二人は愉しそうに談笑しながら応接室に消えていきました。
癒着です。利益供与です。
あんなに長くてカーブ曲がりづらそうな車、どんな悪いことをしたら持てるんだろう、と思いましたけれど、叩けばいっぱい埃が出てきそうです。
疑わしそうに見送ると、横で水鏡君が言いました。
「先パイ。深く追求しちゃいけない類いの話です。やめましょう」
◇
「許されるべきではないと思うが」
先の二人に比べれば年若いお医者様がボヤきました。私達を先導しながら。
「興味本位で、こんなこと。倫理に反してる。……だが、上が言うなら従うしかない。非常勤の身としてはね」
岩井外科統括部長から直々に指名された彼は、
「私は手術屋でね。この院に所属してるわけじゃない。治験薬を採択する権限もないから彼と仲良くする必要はないんだよ。直接はね」
「……手術屋ってなんでしょう」
「専門性を要求される手術には、それに見合った医者が必要だ。しかし、そのレベルの患者を毎日提供できるわけじゃない。ベッド数には限りが有るからね。となれば腕の良い医者は出番が来るまで暇を持てあますことになる。これは病院にも、患者にも、医者にも不幸なことだ。そのため、複数の病院を掛け持って手術してる」
「じゃあ加治先生は、色んな病院に引っ張り凧のスーパードクターということですか?」
「理解の早い子は嫌いじゃない。……だが、少し違うな。スーパードクターを名乗れるほどの地位があれば、子守なんか引き受けてないからね」
そして目的の病室まで来ると、威圧的な男性二人組に行く手を阻まれました。
「回診です」と加治先生。
「そっちの子供たちは?」年配の男性が睨みを効かせます。
「面会させろとのお達しです」
「駄目だ。例え親族であっても――――」
「院長命令です。通さないというなら、あなた方に出て行って貰うことになりますが」
私服の男性二人組は顔を見合わせ、静かに引き下がりました。
「心情的には全く同感だが。……ああ、キミ達、カメラだけはやめてくれよ? 患者は見世物じゃないんだ」
その男は暗い個室で眠っていました。
眉を剃った額、ギプスで固められた腕。吸血鬼にナイフで斬り掛かった男です。
映像では逆立っていた髪も今はクタリと萎れ、所々血の滲む包帯を巻き、点滴に繋がれています。
ピアス跡のある鼻と口に酸素マスクを宛がわれ、うなされるように呻く姿は、チンピラといえど憐れでした。
「……この顔は見覚えがある。……安倉太一か。放火と強盗殺人の容疑で指名手配されてる凶悪犯だ。本当に病院で預かってるとは」
部長が口元に手を添えて控えめに呟きます。私は、道理で、と思いました。
幾つもの骨張った手が纏わり付き、念の篭もった人魂がベッドを炙っていて、その為に男はうなされているのです。
さながら生きたまま火葬されているかのようで、私は一層強く部長の背を掴みました。
「容疑は容疑。刑が確定するまでは一般人だ。十中八九ろくでもない男でも、怪我人ならば治療する。私達は裁判官ではないからね。……目を覚ませば外の二人が捕まえるだろう。それがいつになるかは分からないが――……」と加治先生。
「……これではとても、お話は聞けそうにないですね」
「仮に起きてたら話聞けたんですか、先パイは。このいかにも怖い人から」
水鏡君が分かりきったことを敢えて聞いてきます。とても生意気。
私は無視しました。
「残りの患者も似たような状態だが、続けるか?」
「お願いします」
部長が答えると加治先生は呆れを隠さず溜息を吐き、また私達を先導しました。
指の出ないミトンを被せられ、更に手首を縛り付けられた昏睡状態の男達。
多少の差異はあれど、私達が見たのはそんなものでした。実質収穫ゼロ。
「色々ズルっこしたのに、全く無駄足でしたね」
加治先生と別れ、玄関に出た私が言いました。
すると男子二人は目配せして、ニヤ、と悪戯っぽく笑うのです。意味不明です。
なんだか除け者にされた気がしてムッとしました。
「……なんです? 何かあったんですか?」
「芥川君、これを見たまえ」
部長が取り出したのはレーダーアプリ。院内に発信器が4つ。先程の病室内です。
「驚いた。いつの間に付けたんです? 先生が見てたのに」
「加治先生は先に病室を出ただろう? 我輩の後ろで水鏡君がやってくれたのだ」
「水鏡君が?」
「グールになる、ってのは半信半疑ですけど、それがホントなら、発信器を追えば吸血鬼のとこまで行けるんじゃないですか? まあ、あんだけガチガチに固められてて消えるって事はなさそうだけど」と水鏡君。
「すごい! 見直しました!」
正面からそう言うと水鏡君は反応に困ってそっぽを向きました。「あれ……照れました?」「別に」「あー、照れたんですね。可愛い」「照れてないッスけど」「ほらもー、顔赤い!」「赤くないです。良い目医者ありますよ、そこに」「今度は拗ねたんですね分かります」「……部長っ、新聞部に小学生が紛れ込んでますよ!」「部長、水鏡君の顔、赤いですよね?」「我輩に振られてもだな……」
などと話していると、背後から上機嫌な声が掛かりました。
「お~ぅ、みんなぁ、お待たへ~」
藤林さんです。ご機嫌な理由は千鳥足から察せます。
「……お仕事中ですよね、あの方」「先パイ、写真撮っちゃえ、写真」
レンズを向けられたへべれけさんは「おっ?」と呟いた後、蕩けきった笑顔でダブルピースするのでした。
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