吸血鬼の仕業?
月曜の朝から赤っ恥を掻かされた私は、その日の放課後、義憤に燃えながら勢い込んで部室の扉を開けました。
中はガランと蛻けの殻。
所在表代わりのホワイトボードを見れば、ここ暫く『デスク』の位置にあったサボリ魔達の名札が『外取材』の位置に戻されていました。
逃げたな、あいつら。
遣る方無い怒りを持て余します。
田付、小夜璃、沖島の名札を睨んで、以前撮った彼女らの恥ずかしい写真を次の記事にすることを視野に入れます。
あのデータはまだ残っていたはず、とメモリの深層を漁っていると部長が控えめに入ってきました。
彼は部室に私一人しかいないのを見て意味深に笑い、無駄に元気な声を出します。
「我輩の推理は、やはり正しかったのだ!」
「なんです、急に。なんの話ですか」
「吸血鬼だよ、吸血鬼。よもや忘れたとは言わないだろうね、芥川君」
「あ、忘れてました」私はデジカメの写真をスクロールしながら続けます「まだ諦めてなかったんですか?」
「いいかい? 例え人々が忘れようとも吸血鬼の餓えは収まらないのだよ。見たまえ」
バン、と長机に置かれる古新聞。
5月13日の朝刊、『集団昏睡事件、再び』という見出しが躍っていました。
再び、というからには前の事件が存在します。
私の記憶が正しければ、この地方紙では前に四件ほど取り上げていたはずです。先月に三件、今月に入ってから一件、今回で計五件目ということになります。
死者が出ていないことから全国ニュースでは取り上げられていません。
中央でも約15年前の災害は未だに尾を引いていて、情勢不安の昨今ではこんなものよりショッキングなニュースが日々絶えないのです。
とはいえ五件ともこの街で起きた事件、住人としては身近な脅威に無関心ではいられません。
これに関しては私も記事にするつもりで取材していました。
集団昏睡が発生したとされる場所は会員制のクラブや繁華街のオフィスなど。
私が様子を見に行ったのは昼間でしたが、夜ともなれば怪しい人達が集まってイケナイことでもしているのでしょう。
そこで起きる事件。間違いなく何らかの黒い思惑があるはずです。やくざ者の縄張り争い、抗争相手の口封じ、なんちゃらパーティ、薬物のオーバードース、私の筆が踊るのはこういった社会的な――――。
「犯人は吸血鬼だ」記事を食い入るように眺める私の後頭部に部長の声が降ってきました。
「はい?」私は顔を上げて正気かどうか見定めました。そして彼は普段通りに気が触れたことを言い出します。
「一連の事件、やはり犯人は吸血鬼だったのだ! 以前の資料にも書いておいただろう? 見たまえ、今回の日付を! 我輩達が尾行した日の深夜ではないか」
「あ、本当ですね、すごい偶然」
「偶然なものか。芥川君がクレープに釣られなければ我輩達は尾行を続けて、今頃吸血鬼を捕まえていたのだよ。そうしたらクレープでも何でもお腹いっぱい奢ってやったのに」
「つ、釣られてませんし! 言いがかりですよ! 大体吸血鬼が犯人の筈ないでしょう?」
「事件で病院に担ぎ込まれた者の多くが血塗れだった」
「倒れたときに体をぶつけたんじゃないですか?」
「体には夥しい噛み跡が残され、患者の殆どは貧血状態だった」
「じゃあ、お薬でラリってお互いに噛み合ったんでしょう? ガブガブと」
「被害者の多くは治療の前後で行方不明になっている」
「……それは不思議ですけど、吸血鬼と何の関係が?」
「グール化したのだろう。純潔でないものが吸血鬼に噛まれた場合、彼らは吸血鬼の意のままに動く屍人形と化すのだ。全く恐ろしい――――」
「……事件現場から察するに、被害者は皆、脛に傷ある人達でしょう? 警察の聴取が怖くて逃げたのでは?」
「ふむ。……ここまで状況証拠が揃っていて信じないか」
「吸血鬼がいる、という前提からおかしいんですよ。犯人かどうかは、それを証明した後です」
「ならば致し方ない」
部長は半ば根負けする形で背を向けてしまいました。
黙ってパソコンを弄り出します。
ようやく諦めたのか、と思うと何だか意地を張って夢を壊してしまったようで申し訳ない気持ちになります。
――――けれど、妖怪なんかとは関わらない方がいいのですよ。
「来たまえ」
ややあって、私は部長に呼ばれました。
促されるままにモニターを覗き込んで、数秒。
映っているものを理解した瞬間、体が勝手に反応しました。
目の前にゴキブリが飛んできた時みたいに、きゃあっ、と跳び退いて尻餅。
部長も目を丸くして振り返ります。
その横っ面を悔し紛れに睨み付けました。
「こ、耕太郎さんっ! ズルい! そういう仕返しはズルいです!」
「え? いや、そういうつもりじゃ……。これも怖いのか?」
「べっ、別に、怖いとかじゃないですけど、ビックリするからやめてください!」
「これはそういうんじゃないから。ちゃんと見たら平気だから」
「嫌です! グロいやつでしょう、それ! なんかグロかった! 血塗れでした! 絶対怖い奴だ!」
「大丈夫だから。話進まないからとにかく見てって」
「そう言って前にゾンビ映画見せてきたじゃないですか! バカッ! もうその手には乗りませんからね!」
私の徹底抗戦に部長は困ったように顔を逸らし、そしてなぜだか頬を赤らめて、控えめに呟きました。
「わかった、わかったから、芥屋さん、……パンツ、見えてます」
「――――っ!? そ、そーゆーときだけ素面に戻るのやめてください!」
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