第2話

 高笑いする李々音の操作により、先手必勝とばかりに敵の懐に入り込むダンテ。一気に駆けて敵の目の前まで来て、次に起こした行動は。

 ……。

 何も起きない。

 ダンテはただの立ち姿勢からは何もしないで、ただ立ちすくんでいる。初心者特有のガチャプレイであれば、少なからずジャンプをしたり無駄な攻撃を繰り出したりする筈である。その違和感から召喚士の男は李々音を見た。

 李々音の表情はとても明るく、何かを期待すべく目を爛々と輝やかせていた。

 誠も顔だけを李々音に向けて叫ぶ。

「おい何やってんだよ! 早く何かボタン押せ!」

 その言葉を受け李々音は、「えー、初めてだからどのボタンが攻撃なのかも分かんないよぉ!」とわざと高い声で返した。

「何だよあいつ、全くのど素人じゃねえか!」

 誠は李々音に対し唇を噛んだ。と、次の瞬間。

 ――バキッ!

 誠の米嚙み辺りに鈍痛が響いた。狼男の攻撃だ。幸いコンボに繋げられる事は無かったが、その後も単発の攻撃を受け続ける。依然として棒立ちを続けるダンテ。

 李々音はそんなダンテを見て、「やだぁ、痛そう~。可哀想~」と両手で口を抑えている。

「おい倉敷! コントローラーから手を離すな! 何でもいいからボタンを押してくれ! あいたぁ!」

 狼男はダンテを容赦なく攻撃し続ける。開始直後こそ警戒していたが、ダンテが攻撃をしてこないと踏むなりボコボコに殴り始めた。

 見る見る誠ダンテの顔が腫れていく。

「あっはぁーん! 痛そう!」

 李々音の顔も晴れていく。

「おい! だからコントローラーから手を離すな!」

「離してないわよ! ほら、ちゃんと握ってるじゃない!」

 そう言って李々音はコントローラーを高らかと掲げて見せた。

 そう言う意味じゃねえよ。誠がそう思うが早いか、「KO!」というアナウンスが響いた。そしてダンテはその場に倒れてしまった。

 李々音は「ふぅ、操作するのって、意外と難しいのね」と、うっとりと満足気に召喚士に語り掛けた。

「君は……勝つ気はあるのかい?」

 心配そうに召喚士は返すが、無情にもアナウンスがこだまする。

「ラウンドツー、ファイ!」

 またしても闇雲に突進はするが、そこからは何もしない誠ダンテ。当然の如くサンドバッグの様にボコボコに殴られる。

「だずげでぐれぇ~」

 誠ダンテの顔は更に膨れ上がる。それを見た召喚士は呟いた。

「ああ、負けてしまう。国を明け渡してしまうだけでなく、若い子二人も犠牲になってしまう……」

 李々音はそれを聞くや、レバーをガード方向へ入れ召喚士に尋ねた。

「ちょ、犠牲って何よ! 私たち死んじゃうの!?」

「いや、死にはしないが、この国を守り続ける事が君たちを帰す条件なんだよ。帰せない以上、君たちは元の世界では行方不明のままだろう。死んだも同然だ」

「そんなの聞いてないんですけど! そういう事は初めに言いなさいよ!」

 そう言うと李々音は、レバーを小指と薬指の間に持ち替えた。そして目の色を変える。

 ダンテは数回のバックスップで敵との間を取った。

「お、何だ?」

 誠が李々音の方を見る。すると李々音は大声を出した。

「仕方ないから勝たせてあげるけど、この顔の借りは返してもらうわよ!」

 ……勝たせてやるって、何が出来るんだよあいつに。

 誠はそう思ったが、突然ダンテの構えが変わった。誠の知らない構えだ。

「な、何だこりゃ」

 敵と離れた状態からステッキを振ると、狼男の足元地面からズゴッと悪魔の両手が出てきて、相手の足を掴んで動きを止める。更に何度もステッキを振ると、その度に何か亡霊の様なものが現れ、それは狼男へと揺蕩(たゆた)い近付いた。

 狼男は亡霊を蹴散らそうとフリーになっている両手で攻撃を繰り出すが、亡霊の体をすり抜けるばかり。亡霊は狼男へ近付くと、三発殴って消える。それを三体が繰り返した頃、狼男を掴んでいた手は消えた。

 動きを取り戻した狼男はダンテへと飛びかかり、右腕を振り上げた。鋭い爪がダンテを捉えようとした次の瞬間、ステッキが的確に相手の左顔面を捉えた。ステッキはしなり、狼男の顔にめり込んでいる。そして狼男はそのまま吹き飛ばされ、辺りには砂塵が舞った。

「お、おいおい、何が起きたんだよ……」

 誠は自分の目の前で起きた事が理解出来ず、目を見開いている。

「私のダンテには勝てないわよ」

 李々音はそう呟くと、何やらコマンドを打ち込み始めた。

 ダンテが眼帯を取る仕草を取ると、忽(たちま)ちにして辺りは薄暗くなり、雄叫びをあげその姿は豹変した。眼帯をしていた左目は赤く鋭く光り、服は筋骨隆々に膨れ上がった上半身により破けてしまった。

 今までステッキで攻撃をしていたが、理性を失い狂気に満ちたダンテは、武器を持たず、構えもせずにそこに立っている。

 しかし狼男も動かない。いや、動けないのだ。ただそこに立っているだけのはずなのに、ダンテに隙が無いのだ。

「来ないならこっちから行くわよ!」

 先手必勝とばかりに相手に飛びかかる。ダンテは瞬間的にその姿を消したが、すぐに相手の頭上に現れた。そしてそこから狼男を貫く様に、拳を地面に向けて打ち付ける。どこから現れたのか雷(いかずち)と共にダンテの拳が地を割った。相手の体は大地に打ち付けられるが、その一連の流れのまま、今度は掌底を天へと突き上げた。するとダンテの体は炎に包まれ、その灼熱の炎は天へと巻き上げられた。地に打ち付けられた狼男は、掌底の当たり判定により炎と共にダンテの頭上まで浮いた。すると虎の鳴き声ともおぼしき咆哮を上げ、狼男の頭を跳びながら鷲掴みにすると、またしても雷と共にそのまま地面へと叩き付けた。


「KO!」


 どこからか聞こえるアナウンス。そしてすぐに辺りは明るさを取り戻した。

 誠はすぐに転送場所へと戻された。

「……おい、な、何が起きたんだ。ダンテって、あんなに強いのかよ。てかお前……何であんなコンボ使えんだよ」

 誠はボコボコの顔のまま李々音へと近付いた。

「……まあ、学年トップの秀才ってのは、何でも出来んのよ」

 フン、と鼻を鳴らす李々音は、誠をフルボッコに出来なかった事に不満を抱いていた。

「よくやってくれたね! さあ、一勝一敗だ、次で決まるよ」

 召喚士はニコニコしながら李々音の肩を揉んでいる。

「おい倉敷、次もやれるか?」

 誠は自分の腕よりも、既に李々音の腕を信用しきっていた。

「次は、一瞬で終わらせるわよ。それも、一撃で」

 李々音は制服の裾をひらりと返しながら、ニヤリと微笑む。が、誠は少し呆れながら答える。

「何言ってんだよ、そんなルール無視した様な事は出来ねえよ」

「あら、見たくないの? 城之内誠が憧れたRiriの、スペシャルマル秘テクニック」

「え、お前……まさかRiriなのか?」

「さあねえ、それは自分の目と体で確かめたら?」

 李々音はそう言って、誠の体を転送位置へと軽く押した。

 闘技場内へ転送された誠は、振り向いて李々音を見上げた。


 ――……あいつが、Ririだと。確かにさっきのコンボは素人がガチャプレイで出来るもんじゃない。それにこの勝負、一撃で決めるって、そんなの無理に……。っ! もしかしてあいつ! 使えるのか!? テンカウントモノクローム! 相手の攻撃が当たる直前の0.2フレーム以内だけコマンドを受け付けると言われる噂だけの技。雑誌の編集者も何度も試したが発動させる事が出来なかった、タイミング激ムズの技だ。

 動画も探したが見つからなかったくらいだ。結局デマで片付けられたが……。もしあいつが本当にRiriなら、俺はこれから、とんでもないものを見せてもらえる事になるぜ。――


「ラウンドワン、ファイ!」


 対戦相手はまたしても狼男。

 アナウンスとほぼ同時に、李々音はコマンドを打ち込む。するとダンテは指をパチン、と鳴らし、自分の体をマジックに使用する布で覆い隠した。

 そして布がすぐにはだけると、ダンテの姿はリリの姿へと変わっていた。

「な、何だこりゃ! こんな事出来んのかダンテは!」

 誠の声が聞こえてか否か、李々音はニヤニヤと微笑みながら呟く。

「ダンテはテンクロの全キャラに変身可能よぉ~。そして対人戦ではズルいから使わなかったけど、アレで終わらせるわ」

 李々音はボタンこそは押さないものの、レバーだけは常にあるコマンドを何度も何度も繰り返し入れている。

「さあ、攻撃してらっしゃいな狼男さん。あとはタイミング見てボタン押せば……」

 李々音は相手の攻撃を待つが、先程の事もあって迂闊には飛び込んで来ない。が、いよいよ痺れを切らして飛びかかって来た。

「よし、きた!」

 コマンドは狼男が飛びかかる直前に入れている。後は当たるほんの直前に、ボタンを押すのみ。

 李々音はタイミングを見計らい、決められた三つのボタンを同時に押した。

 狼男の爪がリリの頬に触れる瞬間、


 ガキーーン!!


 リリはそれを刀で止め、そして時間が止まった。すると二人の周りは色を失いモノクロとなり、リリは狼男をその身の丈を越す程の刀で「シャアアアアア!!」と声を上げながら四方八方から何度も切りつける。

 そして最後に狼男を横一閃で切りつける際に刀が折れた。が、リリは気にする素振りすら見せず、短くなったその刀を改めてゆっくりと構えると。

「これが鬼の力だ」

 とセリフを発した。瞬間、狼男の体中から血しぶきが噴き出した。技が発動してからその間、ジャスト10秒。


「KO!」


 そしてリリの姿は、ポムン、とピンクの可愛い煙に包まれると、ダンテの姿へと戻った。


 ――倉敷のやつ、本当にやりやがった。てか、今のが本当にテンカウントモノクロームかどうか分かんねえけど、見たこと無い技だったし、何より一撃で仕留めたから間違い無いだろう。あいつが……Riri。聞きたい事が沢山あるぜ!――


 誠は李々音の正体に確信を抱き、心を踊らせた。

 そして次の試合もすぐに始まったが、今度は誠の顔をある程度殴らせた後に相手を片付けた。


 観衆席へと戻る誠は、そのボッコボコになった顔のまま李々音へと駆け寄った。

「おいくらひひ~。おまえがりりらったのら~」

 その顔を見て李々音は光悦の表情を浮かべた。

「あらあら城之内さん、そのお顔どうなされましたの? 可哀想に狼男にでも殴られた様なアザが沢山あるじゃないの、おーほっほっほ!」

 嬉しそうに李々音の手を取り握手をする誠、空いた方の手を口元へ近付け高笑いをする李々音、そしてそれを黙って見つめる召喚士。

 かくもさしあたって、一国は守られたのであった。



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