テンカウントジブンシティカラフルデイズ
すだれ
第1話
※本作品は基本的には漢数字を使用していますが、横書きの為、前後の文字との組み合わせが悪い場合には算用数字を使用しています。ご了承ください。
※誤字脱字があった場合お知らせ下さい。
鬱蒼と陰湿なイメージのそれとは全く違っていた。
まさかこんなにも清潔感の溢れた場所だったなんて。高校三年生になったばかりの倉敷李々音 (くらしきりりね)はそう思っていた。
入り口から突然現れたエスカレーターにより二階へ連れていかれ、到着した場所からは階下に並ぶアーケードゲームの筐体やらクレーンゲームの機械たちが定間隔で並べてあるのが一望できた。
そう、李々音は今、大型のゲームセンターへと来ていたのだ。放課後ともあって断ったのだが、友人に半ば強引に連れて来られてしまった。
元々ゲームセンターと言えば、タバコ臭くて不良の溜まり場で喧嘩は日常茶飯事。更にはどこぞの飲んだくれが壁にもたれかかって地べたに座り、、、というイメージがあった。それが嫌で断ったのだが、しかしどうだ、訪れてみるとタバコ臭くもなければ不良っぽい人間もいない。どちらかと言えばゲームをやっている人は、言わば草食系と呼ばれる類の、あっさり風味のしょうゆ顔のナヨナヨ君ばかりだ。
このゲームセンターもとても広く、スタッフの対応もアミューズメントパークのそれを彷彿とさせる。制服も綺麗で点数をつけるなら満点である。
こんな事なら一人で遊びに来ても良かったな。そう感じてさえいた。
李々音は手すりに掴まり目を丸くして階下を眺める。それを見た友人、是枝美月 (これえだみつき)は満面の笑みを浮かべた。
「どう? 来て良かったでしょ!」
李々音は受けた衝撃から声こそは出なかったものの、ウンウン、と何度も力強く首だけで返事をした。
早速別のエスカレーターに乗って一階へと降りる。
目的であるクレーンゲームに到着するまで美月のお喋りが止まらない。
「あんたも家で勉強ばっかじゃつまんないでしょ、だからこの美月様がゲームの面白さを教えてあげようって言うのよ。私ってば優しいでしょ? やっぱり李々音みたいな学年トップの人間は世間をもう少し知らないと、世に出た時に恥をかくのよゼッタイにさ」
「いや、私もある程度の教養はあるつもりだし、それに家で勉強ばっかやってるわけじゃないからさーー」
とその時、あるゲームの音が李々音の耳に入ってきた。
――私の街は、私が守る。
ゲームのキャラクターのセリフだ。
「あ、テンカウントだ」
不意に口をついた。
「え、ごめん何? 聞こえなかった」
「あ、何でもない、ごめん、アハハ」
知っているゲームの音だったが、李々音はそれを隠そうと誤魔化した。
そうして辿り着いたクレーンゲーム。景品にはレベルの高いフィギュアから、小さくて可愛いぬいぐるみまで様々並べてある。それを食い入る様に眺める李々音。「面白いなあ」純粋にそう感じた。
美月に促されるまま一度プレイをしてみる事に。
が、勿論景品は取れない。
取れない、
取れない、、
取れない、、、
「何よこれ! 景品ひっつけてあるんじゃないの!?」
躍起になってガラスを叩く李々音。気付けば五百円も使っていた、気が立つのも無理はない。すると美月が「私に任せなさい」と手本を見せる。が、
取れない、
取れない、、、、、全然取れない。
――ガコン。
美月の財布から千円が溶けたところで、ようやく景品は落とされた。店員の計らいにより、位置をサービスでズラしてくれた事が勝因だ。
景品を取ると、美月は満面のドヤ顔で「どうよ」と言うと、その景品を「はい、あげる」と、李々音に渡した。可愛い手のひら大のクマのぬいぐるみだ。
そしてアーケードゲームの方も眺める事になり、そちらへと足を運ぶ。そこの雰囲気はまた少し違い、クレーンゲームの場所よりも少し薄暗く作ってあった。恐らく画面に光が反射しないように、という事なのだろう。
李々音は高校生が群がる一台の筐体に興味を示し、それを群衆に混じり眺めた。
「お、お姉さん何か興味のあるゲームでもありましたか?」
美月は肩を擦り寄せる。
「ん、うーん、ゲームに興味はないんだけど、人気がありそうなゲームだったからどんなのかなって思ってさ。私の知ってるゲームだったよ」
そこで美月はある事に気付いた。
「あれ、今プレイしてるのって城之内じゃない?」
「あ、本当だ、あのボサボサ頭は間違いないね」
城之内誠、李々音のクラスメイトで、とてもひょうきんでお調子者、クラスのムードメーカー的存在の男子だ。頭は悪いので、必然的に李々音たちとは疎遠となっている。
プレイしているゲームは、「テンカウントジブンシティモノクローム」というゲームだ。現在巷で人気のネット対戦型の2D格闘ゲーム。2Dと言えども、キャラや背景は3Dで描かれている。先程李々音の耳に届いた音も、このゲームの物だ。
これはゲームセンターの筐体からもネット対戦ができ、それは家庭用の同タイトルゲームと繋ぐ事さえ出来るのだ。
誠のプレイ画面を見てみると、連勝数が二十を数えていた。が、接戦の末にとうとう敗れてしまった。
「チキショー!」
『ぐわぁーーー!』
誠とゲームキャラの断末魔がその空間に響く。席を離れて次の人へと番を変わる。と、誠は李々音と美月を見つけるやニコニコしながら近付いてきた。
「これは珍しいお客さんじゃねえか! え、何、お前らもやるの? テンクロ」
「テンクロ?」
李々音が首を傾げる。
「ああ、このゲームだよ。テンカウントジブンシティモノクローム、略してテンクロ」
タイトルは知っていたが、そんな風に略して呼ばれていることは知らなかった。しかしそれをいちいち言うのも面倒なので、李々音は「へえ」とだけ返しておいた。
誠は続ける。
「やるなら教えてやるぜ。さっきは無様なとこ見せちまったけど、俺もそこそこ上手いからな!」
「いや、私は興味ないかな……ハハ」
「あ、じゃあ私に教えてよ!」
李々音は断ったが、美月が食い付いた。
「お、いいねいいね! じゃあ対人戦が出来ない筐体に行こうぜ、そっちなら空いてるからさ」
そう言って、対コンピュータ戦のみが出来る筐体へと移動した。
そして筐体のデモ画面を眺める三人。
「アーケードのデモ画面内容は家庭用のとは違って、これまた迫力のある出来となっているんだ! どうだ、カッコイイだろ!」
デモ画面が終わると、ランキングが流れ始めた。筐体ランキングから始まり、県内ランキング、全国ランキング、と順に流れ、最後に世界ランキングが流れて来た。
「今のランキング、何か気付かなかったか?」
「へ?」
「……?」
美月も李々音も頭の上にクエスチョンマークを出している。何の事かと美月が問うと、誠は語り始めた。
「筐体ランキングこそ載ってはいなかったが、県内も全国も世界も、一位は同じやつだったって事だ。“Riri”ってやつで、キャラもリリって女キャラを使っててめちゃくちゃ強いんだぜ。動画探せばいくらでも出てくる」
「リリってキャラいるんだって、同じ名前だし李々音もやってみたら?」
面白そうに美月が促すが、李々音は渋い表情を浮かべた。
「わ、私はゲームとか苦手だからさ……」
「やってみたら案外ハマっちゃうかもだよー。それじゃあ誠先生、手ほどきをお願いします」
美月はそう言うと、席に着いた。
キャラの選択画面。先程話題にも上がったリリを選択。
リリとは、おでこ辺りからニョキっと二本角を生やした小鬼の女の子だ。白地の布に、ピンクと紅の花柄が散りばめられた着物に身を包んでいる。
対戦がスタートすると、リリは刀を構えていた。
「鬼なのに刀使って戦うんだ、変なの」
美月がレバーとボタンをガチャガチャやりながらそう言うと、誠は「鬼が刀使っちゃおかしいか?」と返した。
そんなどうでもいい会話をしながらも、操作方法と簡単な技の出し方を教える誠、レバーを必死に動かす美月、変な場所でジャンプや攻撃を繰り返す小鬼のリリ、それをじっと見つめる李々音。
歴史に残る凡戦の末、美月は最初の敵にやられてしまった。
「だあー! 難しい!」
グイッと体を反らせ、悔しそうな表情を浮かべる美月。
「まあ、初めてならこんなもんだ。面白いと感じたならまたやってみるといい。俺は、Ririの動画見て衝撃受けて始めたんだ。いつか追いついて、対戦してみたいんだ」
「へえ、そんなに強いの?」
「それはもうアホみたいに強いぞ。ランク二位のやつとの動画が結構上がってるんだけど、負けてるのが一個もないんだ。トータルスコアも倍くらい離れてるしな。テンクロに限らず色んなゲームも強いんだぜ!」
「え、動画とかあるの!? 見せてよ!」
李々音が急に食い付くものだから誠は少しばかり驚きはしたものの、すぐにスマホを取り出し、そして動画を流した。誠はそれを見せながら、まるで自分の事の様に自慢気に話をした。
暫くしてRiriの凄さを語り尽くしたのか、「どうだ、凄かったろ。んじゃ今日はそろそろ帰るとするかな」と誠はカバンをひょいっと持ち上げた。
「じゃあ、うちらも帰ろっかね」
「うん、そうだね」
帰る道すがら、美月はテンクロを始める決意を表明した。李々音も誘われたが、やはり美月の望む返事は返って来なかった。
「ただいまー!」
李々音は家へ着くと、母の顔を見る事もなく二階の自室へと直行し、部屋着に着替えてテレビをつける。そしてゲーム機の電源を入れた。
テレビ画面にゲームのタイトルが現れる。
――テンカウントジブンシティモノクローム
続けてテレビ台の引き出しからある物を取り出した。
「よいしょ……よし、おっけ」
格闘ゲーム専用のアーケードコントローラーだ。
そしてログインが完了し、また画面に文字が出てきた。
――welcome_Riri
「さて、今日も頑張ろっかにゃー」
早速ネット対戦を始める。
何を隠そう李々音こそ、テンクロでトップに君臨し続けるRiriなのだ。
しかし李々音はそれが世間に知れ渡る事を嫌っていた。女の子がゲームにのめり込んでいるだなんて男子に嫌われてしまう、近所の人から根暗なイメージを持たれてしまう、何がどう繋がるかなんて分からないけど、将来がめちゃくちゃになってしまうかもしれない。そう考えていたのだ。
しかしゲームは楽しくてやめられない。ゲームに興味が無いだなんて美月に嘘をついてしまった事を心の中で何度も謝りつつ、リリで何人ものプレイヤーをボコボコに倒しまくった。
そしてもう一つ、動画が録画されていた事は全く知らなかったので、自分のプレイを見直すツールを見つけられた事に人知れず喜んでもいた。
Ririの無敗の快進撃は、この夜も続いた。
――――――――――
翌日下校時、土砂降り。
傘をさして男子の数メートル後ろを、つかず離れずで歩く李々音。離れようとしたいのは山々ではあったが、その男子がスマホゲームをやりながら歩いているものだから、追いつきそうになってしまうのだ。
その男子とは、城之内誠。テンクロの話をしたいのは内心あったが、絶対に自分がRiriだとバレてはいけないのだ。バレないにしても、ゲームが上手い事が知られてはいけない。誠に知られた暁には、一夜どころか一時間でクラス中……いや、誠の連絡網であれば学年中の男子に知れ渡ってしまうだろう。
李々音は心から、今日は美月が学校を休んでくれてよかった。と感じていた。もしここに彼女がいたら、間違いなく彼に話しかけていたのだから。
彼との接触は極力避けなくてはいけない……。まあ、バレそうになったらこの傘で顔を隠せば――
「あれ! 倉敷じゃん!」
……。
「……最高かよ」
李々音は一瞬傘で顔を伏せたが、もう無理か、と思い愛想笑いを見せた。
「あ、城之内君、方向同じだったんだね、ハハ……」
誠は近付いてきた。
「え、何? 雨が酷くて聞こえねえよ」
とその瞬間、
――ズギャーーーン!!
目が潰れそうになる程の光と衝撃に、体を突き飛ばされた。
飛ばされながらも、うっすらと目が開いた。そして目に入ってきた光景は、誠が倒れているものだった。
李々音はすぐに悟った。
――ああ、私たち、雷に打たれたんだ。
体にもチカラが入らず、そのまま地面に叩きつけられる。そして、李々音は気を失ってしまった。
――――――――――
「……きろ」
――んん、だれ?
「……おきろ」
――誰かが私を……。
「起きろっつってんだろー!」
李々音はその聞き覚えの無い男の声に驚き、体を跳ね上げた。
と、そこには白いローブに身を包んだ、見た目三十代前半程の男が立っていた。杖を片手に李々音を見下ろしている。
ハッとして後ろを見ると、誠がいた。誠は既に起きてニヤニヤと李々音を見ている。
辺りを見渡すと、石を積み重ねて造られた壁に囲まれていた。どこかの部屋らしい。
「やっと起きたか倉敷、どうやら俺たち、地球以外の“何処か”に連れて来られたらしいぜ。詳しい事情はまだ話せないらしい」
誠の言う事がサッパリ分からない。李々音は、目を細くしてローブの男を見つめる。
「話せないって、何だか怪しいオッサンね……」
するとその男は李々音に軽くデコピンをした。
「口を慎め女。これから君たちを召喚した理由を説明しよう」
「し、召喚!?」
李々音は口をあんぐりと開けたまま誠を見る。誠は目をつむり、ゆっくりと深く頷く。
誠は自分が起きる前に召喚された事だけを聞かされていたのだろう。そうでなければ理解が早すぎる。李々音はそう思いながらも同時に、何か悪い夢を見ているのだと、自分に言い聞かせた。
ローブの男が説明を始める。
「これより二人には、この王国を守り続けてもらう」
「ああ、ストップ……はい?」
すかさず李々音は話を止めた。微笑んでいる所には恐怖すら感じる。しかし男は「とりあえず聞け」と続ける。
「現在この世界は国を賭けた戦争を繰り返している。本来我が国の王妃、モテト様が国を守られてはおるのだが、現在お出掛けになられており、戻る予定日がまだまだ先なのだ。故にそこの男を召喚したのだが、近くにいた君も巻き込んでしまった様だ。すまないね」
男はニコッと微笑み、自分のおでこをペチンと叩いて見せた。
「す、すまないねじゃないでしょー! 今すぐ帰しなさいよ!」
発狂する李々音に対し、冷静に返す男。
「やる事やってくれたらすぐに帰すさ。とにかく今は時間が無いんだ、君が予想以上に目を覚まさなかったからね。こちらへ」
誠は「まあまあ、楽しそうだし、いいじゃないの」とニヤニヤと男の後に続いた。
「……ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
男に続くと、社会の授業で見た事のある様な闘技場の観衆席に出た。
「ここって、コロセウムじゃないの……」
「コロセウム?」
誠は初めて聞いた様な表情を浮かべる。
「……ローマの闘技場よ」
長たらしく説明するのも面倒なので簡単にまとめた。
「コロセウムという名ではないが、闘技場と言うのは正解だ。ここで君たちには、挑戦者と戦ってもらう。本当は我が国の兵士に頼むつもりだったが、女の子の君もせっかくだから参加してもらうよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、戦うって、私たち高校生なのよ!」
李々音は男のローブをグイグイと引っ張りながら訴える。
「説明は後だ、ほら、挑戦者が現れたぞ。君はそこに座って、そして君はそこに立って」
男は急いで二人に指示を出す。誠は石で造られた椅子と机に座り、李々音は指定された場所に立った。
と、李々音だけ観衆席から闘技場へ瞬間移動した。
「え、ちょっと、私が戦うの!? ってアレ、体が勝手に動くんだけど」
「いいかーい! 君を操作するのは彼の役目だ! 彼の操作で相手を倒す事が出来ればオッケーだよー!」
観衆席から大声で李々音に叫ぶ男。何とも楽観している様な感じでならない。
そして続けて誠にも説明をする。
「いいかい、その目の前にある操作機で彼女を操るんだよ。そして相手二人を蹴散らせばクリアだ。ゲームセンターとやらでいつも連勝している君なら簡単だろ」
誠は自信有り気に答える。
「なるほどな。任せなって! この操作機とやらもゲーセンのコントローラーと同じだし、軽く揉んでやるかね。何だか訳分からんけどやってやらぁ! おーい倉敷ー! 操作するのは俺だ! パーフェクトで勝ってやるから心配すんなー!」
李々音は観衆席の誠を見る。誠は陽気に手を振っている。浮かない表情でため息をつくと、同時に対戦相手が姿を現した。
「ちょ、ちょっと! こんなの無理よ!」
李々音の声が闘技場にこだまする。
現れた対戦相手は、2メートルをゆうに超える二足歩行の狼男だったのだ。
すると、李々音の体は光に包まれ、彼女の出で立ちも変化した。
白地の着物に紅とピンクの花柄、おでこには角が二本、そして手には刀。李々音はそれを見て気付いた。
「こ、これって!」
誠もまた然り。
「リリじゃねえか! これなら尚更やれるぜ!」
と、どこからか「ラウンドワン、ファイ!」というアナウンスの声が聞こえて来た。
「い、いやぁーー! 助けてーーー!!」
李々音は悲鳴を上げながらも、その体は地面を蹴って狼男へ急接近していった。
―― 三分後
「ねえ、負けるなら2ラウンドストレートで負けてくれない? 1ラウンド取った分余計に殴られたじゃないの」
顔をぼっこりと腫らせた李々音が、転送によって観衆席へと戻ってきた。
「す、すまねえな、リリは使った事がないのと、意外と相手が強くてよ。まさか負けるとは思わなくってさ、ハハ」
「これは困ったな、次は負けないでくれよ」
ローブの男はそう言いながら誠の肩を揉んだ。と、李々音が肩を揉むその男の手を掴む。
「ちょっと、次私にやらせてくれない?」
いつもより低い声、怒りに打ち震える手、そして睨みつけるその目から、誠は狂気を覚えた。
「い、いやしかしお前がやったところで、アレだろ。いくら勉強が出来て頭がいいからってそれとこれとはまた話が――」
「大丈夫よ、操作するの私なんだし。パーフェクトで勝ってあげるから心配しないでちょうだい……」
「それ、俺のさっきのセリフじゃん……何企んでんだよ」
その低く静かな李々音の言葉に恐怖を感じた誠は、仕方なく転送位置へ立つ。
転送された誠。すると、今度は男キャラの出で立ちへと姿を変えた。
タキシード姿に眼帯、手にはステッキを持っている。こちらもリリと同じくテンクロのキャラクター、マジシャンのダンテというキャラだ。
誠は自分のその姿を見て愕然とした。
「げ! よりによってダンテかよ! 初心者には難しすぎるキャラだぜまったく! おーい倉敷ー! しゃがみ大キックとジャンプ大キックだけ繰り返してろー! ……そうすりゃ、何とかなるー……よな」
このキャラ、使うと必ず負ける、とまで言われる最弱キャラなのだ。技コマンドが複雑な事と、全ての攻撃の発生が遅い事がその要因とされている。使いこなすと規格外に強くなってしまう事から、その調整として発生が遅く設定してあるのだが、トータルバランスでの評価は底底底辺である。トップランカーは勿論、ネット対戦での使用率はゼロとさえ言われている。
対戦相手はまたしても狼男。危惧する誠とは裏腹に、李々音はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。
「ガタガタうるっさいわねまこっちゃん、私に任せなさいって――」
そして何処からか聞こえる例の声。
「ラウンドワン、ファイ!」
「――言ってんのよぉ!」
李々音の時と同様、誠ダンテは地面を蹴り敵に向かって急接近した。
「いやだー! 死にだぐなぁーーーい!!」
涙と鼻水を流す誠の絶叫と、狂気に満ちた李々音の高笑いが、闘技場の空に虚しく抜けた。
第2話へ
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