第7話 その6:『喫茶店』

「あ、あんなところに喫茶店があるよ、松風。喉乾いてきたし、ちょっと入ってみようか」

 リンちゃんと別れた後、広場に出て道を歩いていると、レンガ造りのモダンなカフェを見つけた。まあるい看板にヘッドホンをつけたピンク色のタコのマスコットが描かれている。

「TAKOLUKA CAFEか。変わった名前のカフェやな。タコ料理でもだすんやろか」

 名前の謎は入ってすぐに解けた。看板のかわいいタコさんと寸分たがわぬ不可思議な生き物が8本の手足を駆使してカウンターで飲み物を作っている。きっとあのタコさんがたこルカなんだろう。ということは、店長さんなんだろうか。

 妖怪や幽霊の類がひっそり暮らしているというのはまだわかるけど、まさか魔女猫でもないのに不思議生物が喫茶店の店長をやっているなんて……。

「こんにちは」

「はい、いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

 エプロンをつけた女性が席を案内してくれた。よかった、店員さんは普通の人だった。

「ご注文はいかがされますか?」

 飲食店にペットを連れ込んだりすると文句を言われることがあるんだけど、文句を言われるどころか松風用に平皿いれたお水を出してくれた。すごくいい店だ。


 何を注文しようかメニューを見ながら思案していると、奥の席からガチャンというコップの割れる音がして、「キャー!」という女性の悲鳴が聞こえてきた。

 ぱっと様子を見てみると、ドジっ子店員がお客さんの服にコーヒーをかけて汚してしまったようだ。

「ちょ、ちょっと、どうしてくれるのよ。私この後この衣装でコンサートなのに」

 ショートヘアーのかっこいいお姉さんが激おこぷんぷん丸なので野次馬してみたら、素敵な赤い衣装をでっかいコーヒー染みができて台無しになってしまっていた。これは怒るのも無理はない。

「舞、ここは魔法の出番やで」

 松風の言葉に私はうなずく

「そうだね。でもどうしよう。あそこまでばっちりシミになっちゃってると魔法できれいにするのはちょっと難しそう……私ああいう魔法得意じゃないからなぁ」

 どうするか思案しているうちに、いざこざに気づいたたこルカ店長がキッチンから出てきて平身低頭謝っている。いや、タコだから下げる頭はすでに地面すれすれなんだけど……。

 ん……タコ……? じゃあ、もしかして……ひらめいた!

「あ、あのっ、それ私が何とかしましょうか?」

 お姉さんたちに私は声をかけた。そして、自己紹介をして、魔法で人助けをしているということを告げる。

「ふーん、じゃあ、魔法でこのシミがきれいにできたりするわけ」

 お姉さんは半信半疑といった様子で私と松風を見ている。

「すみません、消すことはちょっと難しいんですけど、別の方法を思いついたんです。あの、店長さん、スミって出せますか?」

 店長のたこルカさんは無言でうなづいた。

「じゃあ、そこの小皿に出してください。あと、お姉さん、えっとMEIKOさんでしたっけ。トレードマークみたいなものってありますか? あったら見せてほしいんですけど」

 MEIKOさんは、荷物の中からギターを取り出し、ギターのボディに貼ってあるステッカーを見せてくれた。かっこいいファイヤパターンにMEIKOのロゴが躍っている。よし、これならいける。

「よし、なんとかなりそう。松風、めいっぱい力を貸して」

「ほいきた、おまかせや。ふーんぬっ!」

 松風の力も借りて私は精神集中して魔法を唱えた。

『お姉さんの服に、タコスミでトレードマークの模様を描く魔法!』

 お皿に出してもらったタコスミがするすると空中に浮きあがり、お姉さんの服のコーヒー染みの上にギターのステッカーと同じトレードマークが描かれる。コーヒー染みがいい感じにファイヤパターンを強調して、まるでもともとそういうデザインであるかのようにうまく溶け込んでいる。うん、我ながら、会心の出来だ!

「すごい、かっこいいです」

「(もきゅもきゅ、もきゅっ)」

「えへへ、コーヒー染みとタコスミだから、きちんとお洗濯すると落ちちゃうと思いますけど、こうしておけばそういう衣装だってみんな思ってくれると思うんです」

「こ、これは……イイじゃない。ありがとう、これならステージに立てるわ」

 MEIKOさんは感激した様子で、私の手をがっちり握ってぶんぶん振り回す。すごい力だ。

「あ、あの、舞さん、でしたっけ。ありがとうございます」

「(もきゅきゅっ)」

 MEIKOさんも、どじっこウェイトレスさんも、たこルカ店長もにっこり笑顔になった。よし、魔法成功!


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