第6話 その5:『工場』

 学校を後にした私たちは、また街の中央の方に戻っていくことにした。

 ただ、なれない電車旅のあと、数時間くらい歩きっぱなしなのと、松風はコンビニで虎にの姿になる魔法を使って消耗したこともあって、松風がだいぶぐったりしてきている。

「松風、大丈夫? だいぶお疲れっぽいけど……ちょっと休憩する?」

「せ、せやな。は、腹減った……」

 私は街路樹の影になるガードレールの上に腰かけて、カバンからヒマワリの種を取り出して松風に食べさせてあげた。

 正直言うと私もちょっとおなかが減ってきたんだけど、私の分のお弁当は持ってきていない。今日はこの街の人たちに挨拶して回るつもりだったから、ご飯もこの街のお店に入って食べようと思っていたからだ。

 ただ、普通の飲食店は松風は入れない可能性があるから、念のため鞄に松風のご飯だけ忍ばせておいたんだけど、正解だったようだ。

「そや、舞、せっかくやし、『食べてすぐ寝ると牛になる』の魔法使っとくわ。もしかしたらまたわいの魔法の出番があるやもしれんしな」

 そういうと、松風は私の肩から地面に降りて居眠りを始めた。

 『食べてすぐ寝ると牛になる』の魔法、とは、魔女のパートナーが使える魔法の一つで、ご飯を食べた後すぐに10分仮眠することで、一晩寝たのと同じくらいに体力を全快させることができる。

 松風のような小鳥は、猫なんかのメジャーな魔女のパートナーと比べると、体力があまりない。なので、体力をたった10分で前回できるこの魔法に、これまでも何度もお世話になっているのだけど、実はこの魔法、困った副作用があるのが難点だったりする。

 その副作用とは、本当に牛になってしまうかもしれないこと。体の一部分が牛になったり、ひどいときには本当に牛になってしまったりすることもある。

 幸いなことに、今回は体の色が牛さんの色、つまり白黒まだらになるだけですんだ。

 リフレッシュしたところで街の見回りを再開。ちょっと裏路地の方に入っていくと、街工場があった。

「へぇ、住宅地ばっかりかと思ったら、工場もあるんやな」

「あれ、だれかいる」

 工場の裏に回ると、私よりちょっとだけ背の低い女の子が、工場の壁を見上げて思案に暮れていた。

「あの、どうかしたんですか?」

 私は女の子に声をかけて、話を聞いてみた。

 その子の名前は鏡音リン。頭につけていたお気に入りのリボンが風に飛ばされてしまって、工場の中に飛んでいってしまって困っていたんだそうだ。

 だいぶ高く舞い上がってしまっていてどのあたりに落ちたのかもわからず、工場の人に声をかけて探してもらったんだけど見つからなかったらしい。

「よかったら、魔法で探してみましょうか?」

「魔法? そんなことできるの? 工場の人に探してもらっても見つからなかったんだよ」

「うまくいくかはわからないけど、うまく工夫して魔法を使えば、見つかるかも」

 居場所を探すような魔法が……といいたいところだけど、どこにあるのかもわからない、自分の持ち物でもないものに魔法をかけるのはとても難しい。ただ、魔法は使い方次第でいろんな可能性がある。

 工場の人に探してもらっても見つからなかったってことは、多分普通に目につく場所にはない。ということは、目に頼って探すのも難しい。じゃあ、それ以外で探すには、どうすればいい……?

 しばらく考え込んで、一つのアイデアを思いついた。

「ねえ、松風、松風の鼻を魔法で犬並みに敏感にすれば、においで探せたりってしないかな。頭につけていたリボンなんだから、きっとリンちゃんのにおいがいっぱい染みついていると思うんだ」

「においか……。いや、犬並みの嗅覚があってもきついんちゃうか。風に飛ばされてたら、途中の道筋をにおいでたどることができんさかい。おそらく、落ちた場所の近くをたまたま通りがからんとわからんやろ」

「そっかぁ……」

「いやまてよ……たまたま通りがかるんなら、『幸運まねき』で何とかなるかもしれん」

「あ、松風冴えてる!」

 『幸運まねき』は魔女のパートナーが使える魔法の一つで、ちょっとした幸運を誰かに与えることができる、というものだ。ちょっとした幸運とは、例えば、偶然好きな人に出会ったり、とか。

「よし、じゃあ、松風のお鼻が犬と同じくらい敏感になる魔法!」

 私の魔法を受けた後、松風は自分自身に『幸運まねき』の魔法を使い、工場の敷地の中に飛んで行った。

 松風にリボンを探してもらっている間、リンちゃんは私に話しかけてきた。

「ねえ、あなた、もしかして、鳥とお話しできるの?」

「ええと、私たち魔女は、魔女の契約で猫とか鳥とかの小動物ひとりをパートナーにすることができるの。魔女とパートナーは特別な絆で結ばれていて、お互いに会話ができるんだよ。絆を深めたベテランの魔女になると、離れた場所にいても会話できたりするんだ」

「へー、すごい。じゃあさ、白黒まだらの変わった模様なのも、魔女のパートナーだからなの?」

「あ、いや、それは今日たまたまで、いつもは普通のセキセイインコなんだけど……」

 そんな風に話し込んでいると、塀の向こうから松風の羽音が聞こえてきた。口には白いリボンを加えている。どうやら、幸運まねきの魔法の効果で、運良く見つけることができたようだ。

 松風は私の肩に止まると、リンちゃんの手に加えていたリボンを渡す。

「間違いない、私のリボンだ。どこで見つけたの?」

「雨どいの中に落っこち取ったわ。ありゃあ工場の人が探しても見つからんのも無理ないな」

 私は松風の言葉を通訳する。

「そっか、ありがとう!」

 リンちゃんはリボンを頭につけると、にっこり微笑んだ。

 うん、魔法、大成功。

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