第5話 その4:『学校』

「むう、なかなか上手くいかないなぁ……」

「落ち込んでてもしゃーない、切り替えていくで、舞」

 そんなふうに松風はげまされながら、道をとぼとぼ歩いていたら、学校が見えてきた。多分、春から私たちが通うことになって居るゲキド中学校だ。

 どんな学校なのかちょっと気になったので、気分転換も兼ねてちょっと見に行ってみることにした。

 入り口の表札?を確認したらゲキド中学校と書いてある。建物は古くも新しくもなく、どこにでも歩いたって普通の学校だった。

「なんや、ここは案外普通やなぁ。さっきから思うとったんやけど、この街ちょっと変わってるで」

 松風の言うとおり、この街はちょっとというか、かなり変わっている。病院で出会った謎の生き物、てとねぇさんもそうだし、街を守っている守護霊がなぜか上半身裸でターバンを巻いているというのも、改めて考えてみると普通じゃない。コンビニで出会った不良も、全身くまなくとても荒廃した世界観のパンクファッションで固めていて、あきらかに普通ではなかった。

 ただ、ここに住んでいる人たちがそういう異常さに慣れてしまっているのか、驚いている様子が全くなくて、普通に受け入れているので、全体としてはとても穏やかな雰囲気になっている。まあ、魔女である私がそんなことを思うのも、おかしな話なのだけど……。

 そんなことを思いながら、何となく門をくぐってみると、先ほど神社で見かけた少女が、小学生くらいのおかっぱの女の子に足をつかまれて揉めている。

「舞、あれさっきの……それと、足つかんでる子、人間やないであれ」

「うん、あのちっちゃい子、多分、花子さんだよ」

 花子さんというのは、学校に住んでいる座敷童みたいな女の子の妖怪のことだ。ひとえに花子さんといってもいろいろで、悪戯好きでトイレのトイレットペーパーを真っ赤に染めて脅かしたりするものも居れば、逆に悪い幽霊や妖怪に絡まれてしまった生徒達を助ける正義の花子さんもいたりするらしい。

 目の前に居る花子さんは、悪い妖怪が持っているような悪意の類いは全く感じられない。それどころか、どこか様子がおかしな少女のことをとても心配しているように見える。どうやら善良なタイプの花子さんのようだ。

 だた、ここの花子さんは妖怪としてはたいした力を持っていないようで、少女を学校の中に連れて行こうとして必死にがんばっているのだけど、逆に学校の外に引きずり出されそうだ。

「今度は花子さんかいな……」

 駆け寄って話しかけようとしたが、花子さんも少女も必死でそんな余裕はなさそうだった。

「舞、これどっちに味方するん?」

 松風の問いに、私はちょっと迷って答えた。

「花子さんの手伝いをした方がいい気がする」

 学校で怖い噂になることの多い花子さんだけど、基本的には人に害をなすことはない。むしろ、その場所で活動する人たちの手助けをしてくれる。座敷童とか外国のブラウニーの親戚みたいな妖怪だ。

 一方で、少女は神社で会ったときから何か様子がおかしくて、心の底から湧き上がる悪い衝動が抑えきれていないように見える。もしかしたら、何か悪いものに取り憑かれているのかもしれない。

「せやな、わいも同感や。けど、どうするんや。この様子やとろくに話も聞かれへんで」

「魔法でなんとかしてみる。松風、力を貸して」

「がってんや!」

 私は精神を集中させて、魔法を唱えた。

「花子さん、おっきくなあれ!」

 花子さんの小さいからだでは、自分より大きな少女を押さえつけることで精一杯。なら、花子さんを人間と同じくらいに大きくすれば、話をする余裕も出てくるはず。

 イメージしやすいように、単純に今の姿がそのまま大きくなった姿を想像して、そうなるように魔力を込める。花子さんはもともと妖怪だからこの手の魔法はかかりやすいし、なにより巫女でもある私の得意なジャンルの魔法でもある。

 今度はかなり上手くいった。花子さんの体がみるみる大きくなり、少女をひょいと持ち上げてしまった。体が大きくなると同時に腕力も強くなったようだ。

「花子さん、どういう状況なのか教えてくれる?」

 だいぶ余裕ができたようなので、私がそう聞くと、花子さんは学校の後者の方に歩きながら事情を説明してくれた。


 花子さんが抱えている少女の名前は亞北ネルといって、この学校に通っている生徒だそうだ。ネルちゃんには密かに思いを寄せているクラスメイトのレン君という名前の男の子がいて、レン君に知らない女の子がラブレターを渡すところを目撃してしまって様子がおかしくなってしまったらしい。

 花子さんはずっと学校に居いて一部始終を見ていたから知っているのだけど、そのラブレターは女の子がレン君にあてたものではなくて、レン君がネルちゃんにあてたものを間違えて別の子に渡してしまって、宛先が違うことに気がついたその子がレン君に返しに来たところだったのだそうだ。

 つまり、ネルちゃんの勘違いだった、ということ。


 そして、花子さんはネルちゃんを抱えたまま、校舎の中に入っていき、下駄箱の前にやってきた。亞北ネルと書かれた下駄箱の中を開けてみせる。

 そこには、レン君からネルちゃんにあてたラブレターが入っていた。

「これって、つまり、二人は相思相愛ですれ違っていただけってこと……?」

 花子さんにこっそり聞いてみたら、花子さんはこくりとうなずいた。

 ネルちゃんは恐る恐る封を切って、手紙を取り出して読んだ。すると、さっきまで嫉妬で怒りマークが浮いた状態になっていた表情がうれしさと驚きが半々になり、同時にゆでだこのように耳まで真っ赤に染まる。

 誤解が解けたことで、ネルちゃんに取り憑いていた悪いものも抜けてしまったようだ。

「なんか、よくわからないけど、ありがとう」

 正気に返ったネルちゃんは私と花子さんにお礼を言うと、今度はものすごい勢いで校舎裏の方に走っていった。たぶん、そこでレン君が待っていると書いてあったんだろう。

「ああいうの、ヤンデレて言うんやろか」

 嵐のように去ってネルちゃんを見送って、松風がぽつりとつぶやいた。うーん、なんかちょっと違う気がする……。

 ま、まあ、何にせよ、魔法は成功だったようだ。

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