第3話 その2:『病院』

 駅を出て、まずは一通り街を見て回ろうと、街の中央を通っている大通りを端まで歩いてみることにした。

 人取り歩いてみての第一印象はのどかな街だなぁ、ということだった。並木道があり、学校や工場、商店街にビル、住宅に畑、そして神社。どこの街にもあるののが余さずそろっているのだけど、道行く人たちもどこかのんびりしている。言うなれば、ゆったりした日常を体現したような街。

 そんな中、最後に目にとまったのは病院だった。

「松風、病院があるよ。ちょっと行ってみようか」

「へぇ、ちっちゃい街やのにえらい立派な病院があるんやな」

 すぐ前まで来てみた。ゲキド記念病院という看板が目に入る。確かに、街自体はそんなに大きくない上に、のどかで病人やけが人とはさそうなのに必要以上に大きな総合病院だ。

 この日は予防接種を受け付けていたらしく、入り口近くに『のーてんき病予防接種はこちら→』という張り紙がしてある。

「のーてんき病って何だろう。聞いたことないよ」

「確かに聞いたことないなぁ。ところで、なんや中が騒がしいな」

 中を覗いてみると、小さな謎の生き物がだだをこねていた。

 謎の生き物は身長は50~60cmくらいで、2.5頭身くらい、鮮やかな赤髪でまるでコロネのような綺麗な縦ロールが左右に一つずつくっついている、ぬぼーっとした表情のゆるかわいい女の子だった。

「なに……あれ……」

 思わず絶句してしまった。あきらかに人間ではないんだけど、人間っぽい。

「ほら、てとねぇ、注射が嫌だからってだだをこねるのをやめるんだ」

 謎の生き物は『てとねぇ』という名前のようだ。傍らにいた保護者らしい紫色のベレー帽をかぶった少女が、てとねぇを診察室に連れて行こうと追い回しているのだけど、てとねぇは全力でいやいやアピールをして逃げ回っている。

「なんやお困りみたいやな。これは魔女の出番やで」

「そ、そうだね」

 私は意を決して、傍らでオロオロしてる看護婦さんに何があったのか聞いてみた。案の定というか、このてとねぇがのーてんき病の予防接種を嫌がって困っているようだ。

「はぁ、はぁっ……ちょっと、我慢、すれば、すぐに、済む、のに、暴れ、たら、いつまでも、帰れない、ぞ。君は、実に、バカだ、な」

 いつの間にか、逃げる方も追いかける方もへとへとになって、にらみ合いになっている。

「あの、良かったら魔法でなんとかしましょうか?」

 ベレー帽の少女に私は声をかけた。

「え? 魔法? あ、いや、なんとかしてくれるならありがたいんだけど……魔法?」

 注射がどんなに痛くたって、痛いのはほんのちょっとだけ。怖がらず、リラックスしてじっとしていれば、ちょっとチクッとするだけで足したことはない。ないんんだけど、これだけ怖がっていると注射針を見たらやっぱり暴れてしまうだろう。

 でも、魔法で心を操るのはやっちゃいけない。倫理的にもダメだけど、なにより成功させるのがとても難しい。

「安請け合いしたんはええけど、どないすんのや、舞」

「うん、巫女の力を使って何かできないかと思って。この病院、澄んだ霊気が感じられるから、多分居ると思うんだ」

「居るって、何が?」

 実は、私は実家が神社で巫女の修行も積んでいたりする。なので、幽霊や妖怪なんかに関係する魔法が得意で、魔法を調べたりするくともできる。

 私は精神を集中させて、魔法のちからで霊の気配を探る。……みつけた。やっぱり居た。

「守護霊と、お話が出来るようになる魔法!」

 病院のある土地を守っている守護霊を見つけて、自分自身に守護霊と会話が出来るようになる魔法をかけた。

 意外なことに、この病院、いや、もしかしたらこの街全体かもしれない、守護霊は、ターバンを巻いて立派な髭を蓄えたアラビア風のおじさんだった。

「(あの、ここの守護霊の方ですか?)」

 私は心の中で守護霊さんに問いかけるた。守護霊さんは、温厚な笑顔でうなずいた。

「(あの、お願いがあるんです。てとねぇさんに予防接種を受けさせてあげたいので、おとなしくさせてもらっていいですか?)」

 そうお願いすると、守護霊さんは快く快諾して、てとねぇさんに近づいていく。そして、てとねぇさんの上に覆い被さると、そのまま憑依した。

 てとねぇさんの体を完全に操ったようで、てとねぇさん(守護霊)は私に向かって手を振る。私はうなずき返すと、てとねぇさんの手を取って診察室に連れて行く。

 周囲のみんなには守護霊さんは見えていないし、会話も聞こえていないのでぽかんと固唾を見守っていた。

「看護婦さん、てとねぇさんを魔法でおとなしくさせたので、今のうちに注射をお願いします」

 診察室の入り口に居た看護婦さんにそう声をかけると、あっけにとられた表情で「はい」とうなずき、手慣れた様子で注射を済ませる。

 注射が終わって針の跡に絆創膏を貼り終わったところで、守護霊さんはてとねぇさんから離れていった。てとねぇさんは、何が起きたのか訳もわからずきょとんとしている。

「(ありがとう、守護霊さん)」

 私は守護霊さんにお礼の言葉を伝え、お辞儀をした。

「な、なんや、舞。今いったい何があったんや……」

 どうやら松風にも守護霊さんは見えていなかったらしい。

「実はね……」

 松風に事の顛末を説明してあげたんだけど、どうやら周りの人たちも聞いていたらしい。てとねぇさんを捕まえようとしていたベレー帽の少女が私に握手を求めてきた。

「ありがとう、助かったよ。ええと、名前は?」

「私、霧島舞とと言います。今日、この街に越してきた魔女です。よろしく」

 握手を返すと、ベレー帽の少女、ウタさんはにっこり笑顔になった。うん、魔法、大成功!

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