第2話 その1:『 駅』
『まもなく、ゲキド~ゲキド~。ゲキドの次は上城戸に止まります』
日本ウィッチ互助会の人に、魔女がまだ誰も住んでいなくて、実家から比較的近い街、ということで紹介してもらったのがこのゲキド街。まだできてから10年も経っていない新しい街なんだそうだ。
銀匙町から初音鉄道に乗り、電車で揺られること約1時間。トンネルを抜けた先はのどかな街並みだった。ゲキド街なんて物騒な名前がついているからどんなところなのかと思ったら、緑豊かでとても平和そうなところだ。
「はい、松風、お疲れ様。やっと外に出れるよ」
ホームに降り立って、バスケットの中に入れていた松風を外に出す。
「ふぁーあ、やっと着いたんかいな。いやー、よう寝たよう寝た」
松風は軽く羽ばたいて私の左肩に止まると、肩のこりをほぐすかのように首を左右に傾ける。
「やっぱホウキで飛んできた方がよかったかなぁ」
魔女といえばホウキで空を飛ぶ。もちろん私も飛べるのだけど、荷物が多いと長距離はちょっとつらいし、スピードが遅いので時間もかかる。引っ越しも兼ねているのでそれなりに荷物も大きいから、ホウキで運ぶのは無理だろうってことで電車を使うしかなかったのだけど、松風にはちょっと窮屈な思いをさせてしまった。
「ええよ。舞のホウキ飛んでたらえらいこと時間かかるからなぁ。多少窮屈でも電車できた方が楽ちんやで」
ホウキで空を飛んでも、私だと自転車くらいの速度しか出ない。最短距離を信号とかなしに突っ切れるから、街中や山道だとバスよりは早く着くことも多いのだけど、さすがに電車の速度にはかなわない。
「さてと、それじゃあさっそく街をぐるっと歩いて回らないとね」
現代の魔女は地域密着の良き隣人を目指すことになっている。だから、新しい街にやってきた魔女は、まず街をぐるっと回って住んでいる人たちに挨拶して回るのだ。困っている人を見かけたら魔法で助けて、笑顔にしてあげる。それが魔女の唯一にして最大の使命だ。
私は深呼吸をして、改札へ歩き出した。そして、さっそく困っている人を発見した。
長い銀髪を後ろて束ねた気弱そうなお姉さんが、泣きそうな顔で改札で駅員さんに何かを訴えている。どうやら切符をなくしてしまったらしい。
「舞、さっそく魔女の出番やで」
「うん、まずは話を聞いてみようか」
私はお姉さんに声をかけて、事情を聴いてみた。
お姉さんの名前は弱音ハク。友達のおうちに電車で遊びに行った帰りなのだそうだ。
「鏡音公園駅で改札を取ったとき、確かにポケットに切符を入れていたと思うのだけど……いつの間にか落としてしまったらしいの。いったいどこで落としてしまったのかしら」
駅員さんも困り顔だ。
「せめて落とした場所が分かれば届が出てないか確認できるんですが……」
なるほど、落とした場所が分かればいいのか。それなら何とかなるかもしれない。
「落とした場所なら、私の魔法でわかるかもしれないです」
「魔法?」
「私、実は魔女なんです」
お姉さんは半信半疑といった様子でこちらを見ている。無理もない、今の時代に魔女だの魔法だのなんて、アニメの世界でしかないと思ってる人も多い。
魔女としてこの街に越してきたこと、魔女は人助けを信条にしていることを説明して、どんな魔法を使うか考える。
魔女の魔法というのはとってもあいまいで、やりたいと思ったことを願えば、そのまま魔法にすることができる。ただし、一定のルールに従わない無理な魔法はとっても難しくてほとんど成功しない。
魔女自身の魔力が強いことももちろんだけど、魔法をかけるものや人がどれくらい魔法を信じているのか、その場所がどれくらい魔法に親しみがあるのか、思いついた魔法がどれくらい難しいのか、なんかが大きく影響する。無理な魔法を唱えても失敗するどころか、思わぬ方向に失敗してかえって迷惑をかける、なんて可能性もあるのだ。
だから、どんな魔法を使って願いをかなえるのかがとっても重要になってくる。
「舞、力、貸そか?」
松風が私を覗き込んだ。そうだ、魔法を成功させる要素には、パートナーの助力もあった。パートナーに力を貸してもらうことで、一時的に魔力を高めることができる。
ただ、パートナーの助力にべったり頼っているとなかなか魔女として成長できない。一方全く頼らないのもパートナーとの絆がはぐくまれないのでよくない。なので、そこそこに手伝ってもらうのがよい、としおりに書いてあった。
「そうね、初めてだし、ちょっと力を貸してもらおうかな」
「ほいきた。いくでー、むむむっ」
松風の力が私に流れ込んできた。それにのせて私も魔法を使う。
「『ハクお姉さんのポケットと、おしゃべりできるようになれ』」
私は自分自身に魔法をかけた。魔女の魔法は、魔法を強く信じる人ほど効果が表れやすい。その点、私自身に魔法をかけるのであれば、魔法をばっちり信じているわけで、高い効果を期待できるのだ。
「ポケットさん、ポケットさん、聞こえますか」
「(聞こえてる……何か用?)」
ポケットの声がかすかに聞こえてきた。どうやら魔法は成功したようだ。
「あのね、ハクお姉さんがポケットにしまった切符、どこかで落としてしまったんだけど、どこで落ちたか覚えてる?」
「(……切符?)」
「これくらいの、小さな紙。こんなやつ」
私は、自分の切符をポケットさんに見せた。
「(それ……鏡のまえの水のでる筒のあるところ……白い布と一緒に……)」
「一緒に? 何……?」
少しずつ声が小さくなっていき、やがて声が聞こえなくなった。どうやら魔法が切れてしまったらしい。でも、ヒントはもらえた。
鏡の前の水のでる筒のあるところってどこだろう。布と一緒に、の後が聞き取れなかったけど、そこで落としたということだろうか。しばらく考えて、ふと思いついた。
「あの、ハクさん、途中の駅で、トイレに寄りませんでしたか?」
「え? うん、そういえば、乗り換えの下仁田駅でトイレに寄ったわ」
「どうやら、そこでハンカチを取り出した時に一緒に落としてしまったみたいです」
ハクお姉さんは、合点がいったという表情になった。
「そ、そうかもしれません」
「なるほど、下仁田駅ですね。ちょっと聞いてみます」
駅員さんは窓口の奥に戻ってどこかに電話をかけた。
「あ、もしもし、下仁田駅ですか? こちらゲキドの亞北です。あの、そちらの女子トイレに切符の忘れ物がありませんでしょうか……ええ、鏡音公園からゲキドまでの。時刻は……はい、はい、ありがとうございます」
駅員さんがニッコリ笑顔で戻ってきた。
「切符、下仁田駅にありましたよ。乗車駅と時間も確認しましたが、ハクさんの切符で間違いないです。さ、どうぞ」
駅員さんが窓口側の改札バーをあけてくれた。
「いやあ、よくわかったね。魔法ってすごいんだね」
「舞さん、ありがとうございます」
さっそく、魔法大成功。幸先がいいね。
「なるほど、鏡の前に水道がある場所いうたら、トイレやわなぁ。いやお手柄やで、舞」
松風が珍しく私をほめる。ちょっといい気分になった。
私も、にっこにこの笑顔で切符を自動改札に通して、駅の外に出る。駅員さんも笑顔で送り出してくれた。
「ようこそ、ゲキド街へ。歓迎しますよ、小さな魔女さん」
こうして、私と松風はゲキド街へと降り立ったのだった。
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