ボカロの街の魔女(仮)

彬兄

第1話 プロローグ

 ここはとある公民館。『一般財団法人 日本ウィッチ互助会 北関東支部 新人説明会会場』という小さな立て看板の案内に従い、私、霧島舞は会議室に足を踏み入れた。

 部屋の入り口には長机が設置され、人のよさそうなおばあさんが受付をしていた。

「こんにちは。あの、私、霧島舞、と、パートナーの松風です」

 自分と肩に乗せたセキセイインコ名前を告げると、おばあさんは小冊子を手渡してくれた。

「はい、こんにちは。舞ちゃんね。これ、旅立つ魔女のしおり。時間までもう少しあるから、好きな席にかけて待っててちょうだいね」

 部屋を見渡すと、私と同じ13歳くらいの女の子が3名、思い思いの場所に座っている。一人は猫をひざに置いて話しかけ、一人はパンダのぬいぐるみを抱えて居眠り、一人はハムスターを頭の上に乗っけている。


 私の名前は霧島舞。今年で13才になる魔女の卵。魔女になるための修行を無事終えて、ここにやってきた。

 肩に乗せているセキセイインコは、松風という名前の私のパートナーだ。魔女のパートナーとは、ファンタジーなんかでは使い魔と呼ばれているペットみたいなもの。ただ、物語の使い魔は主人に忠誠を誓う忠実な部下出あることが多いけど、魔女のパートナーは、一心同体の対等な仲間同士だ。

 魔女とパートナーは人間同士のように会話をすることができる。松風のさえずりは他の人には鳥の鳴き声にしか聞こえないんだけど、パートナーの私にはちゃんと言葉として聞こえる。絆を深めていけば、遠くに居ても心の声で会話を交わすことも出来るようになるらしい。

 昔は魔女のパートナーと言えば猫と相場が決まっていたんだけど、現代の魔女は猫以外の動物もパートナーにする。ううん、動物だけじゃなくて、魂の宿ったぬいぐるみやおもちゃ、普通の人の目には見えない妖精さんをパートナーにしている魔女もいる。


 私は一番前の席について、もらった『旅立つ魔女のしおり』をぱらぱらとめくる。最初のページに書いてあったのは、魔女の三箇条だった。

 魔女の三箇条とは、現代の魔女が目指すべきと定められた魔女のあり方にについての基本方針だ。


一つ、魔女は魔女であることに誇りを持ち

一つ、魔女は人助けに魔法を使い

一つ、魔女は町に幸せな笑顔を作る「人間」であれ


 昔の魔女はこんな三箇条なんて堅苦しいものはなくて、もっと自由気ままに、ただしひそやかに暮らしていたらしい。その昔、魔女は社会から迫害されることが多かったので、人間社会とは離れて人付き合いは最低限にするというのが暗黙の了解だったんだって。

 魔女の魔法は人が不思議なことを信じる力に支えられているから、多少引きこもっていても、それが不思議さにつながって魔法の力になっていた。でも、科学技術が進歩するに従って、機械が魔女の魔法よりもずっとずっと凄いことができるなった。同時に、魔法の力なんてインチキだと思って誰も信じなくなっていた。人が魔法の力を信じないということは、魔女の力も落ちていき、ますます人は魔法を信じなくなる。

 日本が高度成長期と言われていた頃、日本の魔女はこのスパイラルに陥って急激に衰退しつつあった。そこで提唱されたのがこの魔女の三箇条なのだ。

 引きこもるのをやめて、周りの人と積極的に関わって、魔法を積極的に使って、魔法込みで魔女と人がよりよい関係を築いていくことを目指す、この三箇条にはそんな意味が込められている。


 魔女は13歳になったら一人前とみなされ、住んでいる街の魔女コミュニティに参加するか、中学進学にあわせて引っ越して新しい街で魔女生活を送るかを決める。そして、私は後者を選んだ、というわけ。

 この説明会は、そんな新しい街に旅立つ新人魔女のための心得を説くと同時に、一人前の魔女になったことを祝福する儀式だ。ただ、今の世の中、儀式なんて言ってたら破壊活動なんたら法とかの関係で警察からにらまれてしまうので、新人説明会、なんて名前になっているらしい。

 ちなみに、日本ウィッチ互助会というのは、魔女が現代日本で社会生活を営んでいく上でどうしても自治体と交渉したり手続きやらで法人格が必要になるから組織された団体だ。ファンタジー世界だとギルドって呼ばれている組織に近い。

 その日本ウィッチ互助会による、引越し業者の斡旋に、転校や住民登録なんかの各種手続きのサポート、魔女専用の奨学金や魔女が優先的に利用できる霊山、ホウキで空を飛ぶための航空法勉強会の紹介といった事務的なお話が終わると、いよいよ本番の祝福の儀式になる。

 儀式と言っても、実際に魔法で何かをするわけではなくて、持参した魔女の証に日本ウィッチ互助会の公認印を押してもらい、三箇条を復唱、善き魔女となる誓いを立てる。いわば魔女の入学式だ。

 ちなみに、魔女の証というのはパートナーの色と同じ身につけられる何か、というのが古からのしきたり。私のパートナー、セキセイインコの松風は黄色なので、黄色のヘアバンドを魔女の証とした。


「霧島舞ちゃん、松風ちゃん。あなたたちに魔女の祝福があらんことを。あなたたちが訪れるゲキド街が、笑顔あふれる素敵な街になることを祈っています」

「はい、魔女の三カ条に従い、みなを笑顔にするよう、がんばります」「がんばります」


 こうして、私と松風は魔女としての第一歩を踏み出した。

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