Ⅸ 土皇との出会い (3)

 「土皇、ってことは」


 エリアが目の前の竜をまじまじと見つめる。エピタスは少し照れくさそうに笑った。


 「こんな可愛らしいお嬢さんに見られるのも悪くはないな」

 「は、はぁ」


 エリアは少し困った表情でシュラに助けを求めた。しかしシュラは普段とは全く違うかしこまった態度で立っている。


 「ふむ」


 エピタスは、ひょいとシュラを見上げると、うんうんと何度か頷いた。


 「いやはや親子というものはやはり似るものだな。サーヴァの若い頃によく似ている」

 「親父の、ですか」


 シュラはエピタスに問い掛けた。すると土竜はパッと視線を外し、空を仰いだ。


 「ああ、本当によく似ている。その無鉄砲そうな雰囲気とか、体つきもそうだし、何よりその目がよく似ている。本当にサーヴァの生き写しのようだ」


 エピタスは懐かしむような視線をシュラに送った。


 「あ、あの、エピタス様」


 シュラは、たまらなくなって身体を前に乗り出した。


 「親父は……親父がどこにいるのか、知っていたりしませんか?」

 「シュラ……」


 意外な発言だ、とエリアは最初思ったが、すぐにこれがずっとシュラの秘めていた本音だったのだろう、と考えた。どんなに憎まれ口を叩こうとも、父はシュラにとってかけがえのない存在であろう。気にならないわけがないのだ。


 「私は、土を司る竜にして、その皇と呼ばれるもの」


 エピタスは、シュラとエリアをしっかり見据えて言った。


 「そしてこの星に存在する全ての大地は、土は、私にすべてを与えてくれる。人が、生き物が通った道が、私にとっては全て既知のこととなる」

 「つまり、それって」


 エリアが口を挟むと、エピタスは大きく頷いた。


 この世界の全ての情報を知っていると言っても過言ではないはずだ。なぜならどんな建物も、動物も大地の上を踏みしめているのだから。この巨大な竜はまさにこの星そのものというべき存在なのだ。


 「じゃあ、知っているんですよね?親父がどこにいるのか」


 シュラが大きな声で尋ねたが、エピタスは無言のままだった。ひたすら静かに空を見上げている。


 「風竜を羨ましいと思ったことはあるよ。私は大地の声が聞こえても風の声は聞こえない。この風たちは、多くの情報を外から沢山拾ってきてくれる。私は頭の片隅に流れてくるだけだからな」


 その言葉が何を意味しているのか、エリアにもシュラにも分からなかった。今風竜の話をする必要がどこにあるのかと戸惑っていた。


 「それに、生きているものはいつか空へ召されると言われているが、風の竜たちはそれをも読み取れるのだろうかな」

 「エピタス様っ」


 食って掛かるようにシュラが前のめりに身体を出す。それを見たエピタスは口を閉ざしていたが、やがてゆっくりと開いた。


 「私にはもう分からんよ、彼がどうなったかは。……私が分かるのは英雄がこの大地から召された瞬間だけだ」


 シュラが、尋ねた。いや、ただ呆然と呟いただけだったかもしれない。


 「召された」


 エピタスがそのまま話を続けた。


 「サーヴァはもう、この世にはいない」



 シュラはショックを受け座りこんでしまう。それから五分ほど沈黙が訪れた。それを最初に打破したのはシュラだった。


 「どうして、死んだん、だ」


 それも、尋ねているのか呟いたのかは不明だったが、エピタスは質問と受け取ったようだった。


 「今から十五、六年ほど前に、サーヴァはある重大なことを成し遂げるために故郷の里を離れる必要があった」


 エリアはチラリとシュラを見た。呆然と座り込んではいるが、エピタスの言葉に耳を傾けてはいるようで、少しだけ視線を動かしていた。


 「重大な事とは?」


 エリアがエピタスに聞いた。


 「そもそも竜には五族いるということは知っているかね?エリア」


 エリアはコクリと頷いた。


 「火・風・水・土・光の五つの属性を司る竜がいるという話ですよね」


 エピタスは満足そうに頷いた。


 「それぞれ自然に存在するものであり、竜とはそもそも自然界で生まれた突然変異と言っても過言ではない。それぞれの属性を色濃く反映し、独自に進化していったのが竜であり、五つに分かれていった」


 エリアは以前聞いた話だな、と思いながら頷いた。


 「しかしこの五族に属さない竜が存在する。それは生まれると自然界のバランスを崩し、何度も世界を破滅の危機に追い込んだ。その都度、竜皇たちは立ち上がり協力してその破滅の竜に立ち向かうのだ」

 「第六の竜……」


 エリアとシュラは同時に呟いた。そう、以前ローラに聞いた話だ。五族に属さない幻の竜だ。


 「そう、知っているはずだ。かつて錬金術師に聞いたことだからな」


 エピタスは悪戯っぽく笑う。全ての大地を司るなら知っていて当然だ。


 「そしてその第六の竜はある条件を満たすと生まれ、あるものを喰らい成長をする。そして大きくなると自然界のものを喰らい、世界のバランスを崩壊させるのだが、サーヴァは生まれたばかりの第六の竜を見つけ撃退するために旅に出た」


 エピタスは一度息を吸い込んだ。エリアとシュラは次の言葉を待った。


 「しかし、第六の竜を見つけた時、それは想像よりもはるかに成長を遂げていた。第六の竜はほとんど成体と言っても差し支えないくらいになっており、凶暴化していた。辺りの風を喰ったり、水を喰い尽くしたりしていた。今でもその場所は何も生まれない土地となっているはずだ」


 想像の範疇を遥かに越えた話に、エリアはただ驚くだけだった。エピタスはそのまま言葉を続ける。


 「第六の竜とサーヴァは三日間に及ぶ激闘の末、命を賭してサーヴァが勝利した。しかしその傷がもとでサーヴァは死んだ」

 「親父が……世界を守るために」


 エピタスは首を横に振った。


 「あの男が守りたいものはいつだって一つだけだった。サーヴァが残してきた皇の路を通ってきたお前なら分かるはずだ。あいつが何を最も愛し守りたがっていたかを」


 シュラは、口を閉ざして涙を見せた。


 「家族、だ」


 それだけを呟くと、どこかへ飛び去ってしまった。


 シュラの飛び立った先をエリアはただ眺めていた。今のシュラは混乱している。自分を捨てたと思っていた父が、自分たちを守るために戦っていたという事実を、どう受け取れば良いのか分からないのだろう。


 「お父さん、か」


 そう言ってエリアはギュッとペンダントを握り締めた。


 「あの、エピタス」


 エリアはエピタスに振り返った。丁度エピタスは気の抜けたような大あくびをしていた。


 「どうしたんだ、エリア」

 「第六の竜について、教えて頂けませんか」


 エピタスは、少し驚いた顔をした。しかしすぐに余裕たっぷりの表情に戻り、にんまりと笑って言った。


 「何について聞きたい?人間の少女よ」


 エリアは、少しだけ考えて、口を開いた。


 「エピタスが知っていることを、教えて」


 エピタスは大きく笑い声を上げた。


 「良かろう。まずは第六の竜の誕生についてだが……」


 エピタスは、少し言葉を詰まらせた。


 「いや、これは後で話をした方が理解しやすいかもしれないな。まずは第六の竜の呼び名だが、当然我々土竜や火竜と同じように、ちゃんとした名前があるのだ」

 「その、名前というのは?」


 エピタスは逸るエリアを小さな手で遮った。


 「落ち着くがよいエリア。一つだけ話さなければいけないことがあるのだ。まず第六の竜は先ほど話した五族の竜とは根本的に違うのだ」

 「違う、というのは?」


 エリアは尋ねた。


 「自然界との繋がりをもたない、ということだ。第六の竜はこの広い世界において元来存在するはずのなかった竜だということだ」


 エピタスは仰々しく手を動かしながらエリアに説明した。


 「だからこそ第六の竜はこう呼ばれるのだ、邪竜と」

 「邪竜……」


 エリアはその言葉をポツリ、と呟いた。五族の竜とは全く違う不思議な重みを秘めた単語だった。


 「どうして邪竜は自然界のバランスを崩壊させようとするんですか?」


 その質問に答える前に、とエピタスは指を立てて言った。


 「邪竜が生まれる条件について話を進めても?」


 エリアは、コクリと頷いた。エピタスも満足そうに頷き返す。


 「じゃあ、簡単にまとめると、だが」


 エピタスはじっとエリアの目を見た。エリアはまるで他の世界に連れて行かれるのでは、という錯覚に陥るほど深い瞳に、気後れをしていた。


 「人間の悪意だ」

 「……え?」


 エリアはエピタスの言葉の意味を上手く理解出来なかった。


 「まず、竜が何故人間を忌み嫌うことが多いか、というのをエリアは知っているのだろうか?」


 エピタスの問いに、エリアは首を横に振った。


 「人間が竜を殺そうとした、という話を断片的には聞きましたが」


 そうエリアが答えると、エピタスはコクリと頷いた。


 「そもそもかつては人間と竜は共存をしていたのだ。人間がその手先の器用さで家をつくる、ということや祭りなどの文化を私たちに与えてくれた。逆に我々竜は人間たちに言葉を与えたり、文字を教えたりしたのだ」

 「竜が、私たちの祖先に言葉を?」


 エリアは意外な事実に驚きを隠せなかった。


 「気になったことはないか?他の国に行ったときに、訛りの強弱はあれど骨格となる言葉は国によって変わることはないということを」


 そういえば、とエリアは思った。独自の文化を築き上げてきたブラシャルの民はともかく、旅で出会った人たちは海の向こうに離れた国でも同じ言葉でコミュニケーションが取れる。あまり気にしたことはなかったが、今のエピタスの話しぶりからは、元々同じ言語を使用していた、ということになるので納得がいく。


 「つまり人間と竜は確固たる信頼関係を築けていた、と少なくとも我々竜は考えていた。しかしある日悲劇は起きた。ある一人の人間が武器を構えながら一匹の光竜に声を掛けたのだ。人間は言った、お前たち竜は本当に強いのかと」

 「どうしてそんなことを……」

 「人間と竜は互いに不可侵の条約を結んでいた。各国の王と五族の竜皇たちが集まって決めた条約だ。だから竜は人間を襲うなんてことは考えもしなかった。しかし人間は違ったのだ」


 エピタスは顔を険しくしながら言った。


 「人間はいつしか友であった我々竜を下に見るようになっていった。互いに助け合っていた日々を忘れた人間たちは我々に対してふざけ半分で刃を振るおうとしてきたのだ」

 「それで、光竜と人間は……?」


 エピタスは首を横に振った。


 「人間が竜に勝てるはずがない。防衛のために振った尻尾に当たり、その人間は命を落とした。しかしそれ以降、人間たちは自分たちの犯した愚行を棚に上げるように竜を激しく憎み始めた。事態を危惧した竜皇と各国の人間の王は急遽集まり一つの取り決めを行った。人間と竜の関わりを断絶するということだ」

 「だから、人間たちは人竜伝説でしか竜を知らないわけですか」


 エリアが言うと、エピタスは頷いた。


 「まあ、今となってはかなり昔の話だからシルヴァーレのように一部の場所では人と竜が間接的に関わっていたりもするが」


 火竜の試練のことだろう、とエリアは思った。


 「でも、それと邪竜とどんな関係が?」

 「人間の悪意や負の感情……嫉妬や憎しみ、怒りに絶望。色々な感情が渦巻いているだろう。本来自然界には存在しないその激しい感情を人間はその出来事以降強く生み出してきた。いつしかその悪意を喰らい具現化する負のエネルギーを持った存在が生まれたのだ」

 「それが、邪竜?」


 エリアの言葉にエピタスは頷いた。


 「最初に自然界を脅かそうとしたのは、人間なのだ」

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