Ⅸ 土皇との出会い (2)

 エリアはシュラに先程酒場で得た情報について話をした。


 「で、俺の旅とその動く島とやらと、何の関係性があるんだよ」


 シュラは見るからに不機嫌そうだった。この町でも収穫は無かったのか、という落胆もあったのだろう。疲れた表情を見せた。


 「確かに、関係はないかもしれないけれど」 


 エリアはシュラの目を見て言葉を選んだ。さっきの酒場での騒動ではないが、下手な言葉では今のシュラの気分を害すだろう。


 「最近、シュラも私も疲れているだろうから。少しでも気分転換になるかなぁって、思ったんだ。それに、視野を広く持つことで、意外なところから見つかったりするかもしれないもの」


 エリアがそう言うと、シュラは少し時間を置いてから渋々と頷いた。少なくとも自分の身を案じてくれているエリアに対して、あまりその厚意を無にするのも良くないだろう、と考えているようだった。


 「まあ、分かったよ。どの辺にあるとかの目星はあるのか?」

 「えっと」


 エリアは懐から酒場で出会ったボロ布の男の言葉をまとめたメモを取り出した。


 「テンセラ大陸とヴェール大陸の間の海辺りを周っていると、言われているみたい」

 「てことは、テューラ海の北の方か」


 シュラは頭の中で、ザックリとした場所を頭の中に描いたようだった。そしてエリアに背中に乗るように指示をする。エリアはシュラの背に飛び乗った。


 「さあ、行くぜ」


 

 エリアには一つの狙いがあった。それはシュラを人目がつかないような場所に誘導することだった。今のまま情報収集を続けていては、いつかシュラの姿が人の目に晒される。そうなれば国によっては兵隊を仕向けてくる可能性もある。そうなると、大きな問題が起きてしまうのではないか、という危惧だ。少々発想が飛躍しすぎな面もあるとは思うが、今のシュラなら、人間に対して攻撃的になってしまうのではという不安があった。

 そして、自分自身が何故かその「動く島」というものに興味があった。恐らくどこへ向かおうとしているのか、あてのないその島を、進むべき道を探そうともがいている自分自身に重ねているのかもしれない。


 「おい、エリア!」


 シュラの声にエリアが反応する。シュラは「あれを見ろ」と顎をある一点に向けた。

 そこには、波を立てて少しずつ、ゆっくりと進んでいる大きな島が見えた。話を聞いて想像していたよりもずっと大きな島だった。

 そしてその島の表面には、赤、青、緑、黄と色鮮やかな木々が生えていた。常識で考えれば不気味としか言いようのないその光景をエリアは何故か、神秘的だ、と思った。


 「とりあえず、降りてみよう」


 エリアがそう言うと、シュラは頷いた。そして翼を大きくはためかせると、島の中心まで飛び、ゆっくりと下降していった。

 島の地面に降り立つと、大きな脈動を感じた。ふと木々の間から海を眺めると、意外と速いスピードで島が移動していることが分かった。


 「本当に、島が動いているのか」


 シュラは驚きを隠せないようで、辺りに視線をばらまいていた。


 「だね……」


 エリアも辺りをキョロキョロと見渡している。言ってしまえば気分転換の気まぐれという他ない提案が、まさかこんな結果を生むとは思いもよらなかった。

 ガサッと、何かが動く音がした。エリアとシュラは音の発生源に視線を送る。音がしなくなったと思うと、今度は後ろからガサッと聞こえた。


 「何だろう、ウサギとかかな」


 エリアが少しシュラに近付いて尋ねた。シュラは「おそらく」と言って頷く。

 すると突然音が幾重にも重なり、四方からガサガサと音を立てた。しかもその音が少しずつ、エリアたちに近付いてくる。


 「何かが、何かの群れが来やがる」


 シュラは口に火を纏わせた。臨戦態勢というやつだ。エリアは息を呑んだ。

 すると、突然大きな風が吹いたかと言わんばかりに音を立てて、小さなものがエリアたちを駆け抜けていった。

 エリアはそれが何かを見極めようと目を凝らす。するとその生物は見たことのない生物だった。大きさはエリアの膝くらいまでしかなく、俊敏な動きを見せて群れで行動をしているようだ。


 (いや、違う)


 見たことは、確かになかった。だがその生物の特徴をよく見ると、何故か見たことがあるように感じられた。発達した爪と牙、ゴツゴツした岩のような皮膚。そして土色で、二つ足で走っている。


 「まさか……」


 ある答えに辿り着いたエリアは、走り去っていった群れから視線をシュラに移した。シュラもエリアの言おうとしていることが分かっているようで、大きく頷いた。


 「間違いない。今のは小さいが、竜の群れだ」


 エリアはもう一度先程の竜の群れが進んで行った先を見た。木々に隠れもうその姿は見えなかった。


 「でも、どうしてこんなところに竜がいるんだろう」

 「竜は群れをなして生活するから、特におかしなことはないが……。でも、どうしてこの島に」


 シュラは考え込むように、手を顎に当てた。


 「理由が知りたいかい?」


 突然後ろから声が聞こえてくる。それはまるで幼い少年の声のようだった。エリアとシュラはさっきまで後ろに気配を感じていなかったので、驚きを隠せずにバッと後ろを振り返った。


 「やあ」


 そこには二本足でしっかりと大地を踏みしめている小さな竜が、両手の爪を上げながら立っていた。


 「ここが何なのか、知りたいんだろう?」


 少年の竜は再び問い掛けた。シュラは警戒するようにエリアに視線を送ったが、エリアは敢えてその視線を外した。


 「教えてくれるの?」


 エリアが一歩踏み出て少年の竜に尋ねた。


 「おい、エリア」

 「今は手掛かりが欲しい、でしょう」


 確かに得体のしれないものと言えばそうかもしれないが、まずは一つ一つ手掛かりを探すべきだろう、とエリアは判断した。


 「ふうん、今どきの人間ってのは聡明なんだね」


 少年の竜は悪戯っぽく笑った。


 「良いよ、ついておいでよ」



 少年の竜の動きは俊敏であったが、それでもエリアたちの歩くスピードに合わせて時折待ってくれていた。「早く早く」と子どものようにはしゃぎながら煽ってくることもあったが、そういうときはスルーを続けていた。

 少年の竜はずっと一つの方向に向けて走っていた。その先に一体何があるというのか想像もつかなかったが、それでもエリアとシュラは必死に追いかけていた。


 「……あれ?」


 突然、少年の竜が跡形もなく消えてしまった。どこかへ隠れたのではない、消えてしまったのだ。それもあっさりと。


 「ど、どこへ行っちゃったのかな」


 エリアは隣のシュラに尋ねるが、シュラも困惑の表情を見せた。


 「そこ行く者ら」


 突然、隣にそびえる木から声が聞こえた。エリアが声の方に振り向くと、木の幹に謎の竜の顔が浮かび上がっていた。


 「きゃあっ」


 思わずエリアは驚きのあまり尻もちをついた。シュラに抱えられて起き上がるも、やはり竜の顔は消えていない。その光景を見たシュラも驚きのあまり絶句していた。


 「流石に傷つくな、そこまで驚かなくても良かろうに」


 まるでこの世のものではないものを見るように、などと木の幹に生まれた竜の顔はぼやいていた。


 「まあ、良い。良いかおぬしら、ワシは一度しか言わんぞ」


 突然、木の幹に浮かんだ竜の顔は声を低くして話し出した。


 「今からこの島の主に出会うための道筋を教える。これを間違えたら、おぬしたちはこの島をずうっとさまよい、いつしか身体を朽ち果てさせながら歩き回る亡霊となるだろう」


 エリアはその言葉に、ゴクリと唾を飲んだ。そしてその話を聞き洩らさないように身構えた。


 「良いな、言うぞ。まずワシの左隣の木から十歩ほど歩き、そこにある岩を前にして右に進む。そして百歩ほど歩くと、次は鳥の巣がつくられた木があるので、その木を前に見ると右に行って五歩ほどのところに狭い道があって」

 「ちょ、ちょっと待ってください」


 あまりの情報の速さに思わずエリアは呆然としてしまっていた。そして、その内容をほとんど聞き漏らしてしまっていた。


 「いや、待たん。そして二回は言わんぞ」


 キッパリと言い放つ木の幹に対してエリアは落胆を見せる。しかしシュラがエリアを手で制すと、右を指差した。


 「えっと、とりあえず右側の木を見れば良いんだろ」


 シュラがそう言うと、木の幹は血相を変えて叫び出した。


 「違う!話を聞いていなかったのか、貴様は。左側と言っているだろう。そしてそこから……」


 これを続ければ大丈夫だろう、とシュラはエリアに目で合図した。エリアはクスッと笑って頷いた。



 「ここ、は」


 見渡す限りは海、だった。どうやらこの島の先端部分に辿り着いたようだ。見る限りは誰もいないようだった。


 「一体、誰がいるっていうんだよ」


 シュラがそう言うと、不意に笑い声が響いた。


 「やれやれ、火竜の皇を目指す者よ。いささか視野が狭いのではないか」


 その声の主はどこにいるのか、と辺りを見渡すがその声の主は意外なところから姿を見せた。


 「人は常にあるものの上に立っているはずだ。人は、生き物は、それを当然だと思っているようだが、彼らにも魂がある。決して壊れることのない強い魂が。私はそれらを束ねるもの」


 突然、島の先端の地面が盛り上がると、そこに小さな竜の姿が浮かび上がる。


 「初めまして、エリア・カアラ・サーファルド。そして誇り高き火皇イクス・ハティオサーヴァの息子、シュラ」


 姿は小さく見える。しかし何故か異様な迫力があった。


 「本当は、しっかりと姿を見せるべきなのだが、この巨体だ。どうしても首を回せなくてな」

 「首って、まさか」


 この自分たちが立っている島自体が、目の前にいる声の主だというのだろうか。身体の上に小さな竜たちを走らせ、「動く島」と呼ばれる真実はただの泳ぐ生物だというのだろうか。仮にそうだとしたら、とシュラは何かに感づいたように、声を発した。


 「まさか、アンタは……いや、貴方様は」


 目の前の小さな竜はフッと笑った。


 「エピタス。お前たちが土皇ウィル・デル・ネースと呼ぶであろう竜の名だ。そしてそれすなわちこの島の名前でもある」

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