Ⅷ 帰るべき場所 (5)
気付けば夜は明けていた。自分たちはいつまでこうしていたのだろうか、とファルサとキャロルは微笑み合う。二人のその姿を見て、エリアも自然に笑みが零れていた。そして三人はキャロルの家に戻り、気付けば昼過ぎまで眠っていた。
昼に起床した三人は、簡単な朝食兼昼食を取ることにした。キャロルがオムレツでも作ろうかと食材を探すと、卵を切らしていることに気付く。ニワトリ農家は村の方にあるというので、出かけようとするキャロルをファルサが制した。
「俺が行くよ」
「え、でも」
キャロルは流石に申し訳ないという顔をしたが、ファルサは首を横に振った。
「村の人たちの名前を、もう一度知る必要があるだろうからな」
ファルサはそう言うと、キャロルから編み込みされた籠を受け取った。折角ならと言って、他に切らしている食材を書いたメモを渡されると、少しだけ苦笑いをした。
「じゃあ行ってくる」
そう言ってドアを開けるファルサはとても爽やかな笑顔を見せた。エリアは初めて会った頃とは全く違う面持ちに、良い変化なのかもしれない、と思った。
同時に、恐らくファルサがこれからどうするのか、という事に考えを巡らせた。先程のファルサの言葉を思い出す。きっと彼は見つけたのだろう。
「どうしたの、エリア」
キャロルが不思議そうな顔でエリアを見つめる。エリアはその視線に気付くと、ニッコリと笑って返事をした。
「いいえ、ただ……良かったな、と」
キャロルは何が何だか分からない、という顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「そうね」
ファルサにとってだけでなく、キャロルにとっても、これが一番良かったのだろう。
帰るべき場所を見つけられたファルサを、エリアは少しだけ羨ましく思った。
昼食を終えると、キャロルはそのままベッドに入り込み、眠ってしまった。気持ち的に安心したのか、その寝顔はとても嬉しそうなものだった。
「良く寝ているな」
ファルサはそんなキャロルの近くに座り、愛おしそうに見つめている。その横顔をエリアはとても優しそうだ、と思った。少ししてからファルサはエリアに視線を向けて、両手の指を交差させながら言った。
「エリア、お前に話しておかなくてはならないことがある」
ファルサは真面目な表情でエリアに告げた。エリアはしっかりと頷いた。
「俺の旅はきっと、ここで終わりだ」
やはり、とエリアは思った。キャロルを見つめる視線からそれは読み取れたし、これからここで過ごしていくからこそ、村の人との関わりを意識し出したのだろう。
「まるで予想していた、みたいな顔だな」
ファルサはフッと静かに笑った。
「良かったですね、ファルサさん」
エリアも笑ってそう言った。ファルサは歩いて窓の外を見た。
「少しだけ外に行くか」
ファルサがそう言うと、エリアは非難の眼差しを見せた。
「また、キャロルさんを悲しませるつもりですか」
そう言われてうろたえるファルサが面白くて、「冗談です」とエリアは笑いながら言った。ファルサは困ったように頭の後ろで手を組んでいたが、それを解くとエリアに告げた。
「あの馬鹿竜に伝えといてくれ」
シュラの事か、とエリアは思った。「一体何を?」とエリアは尋ねた。
「お前との決着を付けられないことが残念だ、と」
エリアは「確かに伝えます」と告げた。そして外を見つめると、ファルサが再び口を開いた。
「お前とは、もう会いたくないとも伝えておいてくれ」
思わぬ言葉にエリアは驚きを覚えたが、ファルサの表情は決して闇を抱えたものではなかった。
「あいつのことだ、言えば分かる」
ファルサは確かにそう言った。
「もう、行っちゃうの」
キャロルは寂しそうにエリアに言った。ここでの生活は心地よかった、と正直な気持ちをエリアはキャロルに告げたが、やるべきことがあるとキャロルに言うと、「頑張って」と応援までしてくれたので、エリアは微笑みを見せた。
「お前も」
ファルサが口を開いた。
「お前も見つけられると良いな」
帰るべき場所、のことだろうとエリアは即座に理解した。強く頷くとエリアは二人に別れを告げて背を向けた。
「エリア」
もう一度ファルサが口を開いたので振り返る。そしてファルサはエリアに告げた。
「お前は、器だと思うよ」
何の、だろうかとエリアは思った。そしてその答えはすぐあとに告げられた。
「お前は、王になれる」
ファルサからのメッセージを伝えると、シュラは鼻を鳴らして笑った。
「全く、本当に気に食わねえ奴だったよ」
どうして笑うのだろう、と疑問に思ったのでエリアは尋ねた。「会いたくない」という言葉をどう受け取るのか、それが気になったからだ。
「アイツとは俺も会いたくないな。引き分けってことにしといてやるよ」
シュラはそれだけ言うと、空を見上げた。男同士にのみ伝わる何かがあるのだろうか。エリアはよく分からないな、と思った。
シュラの背に乗って空を渡るエリアは皇の路を見た。気付けばかなり多くの場所を周ったものだ、と思った。
「あと、どれくらいあるのかな。皇の路」
エリアがそう尋ねると、シュラは答えた。
「もうすぐで、全てを周り終わるぜ」
「え?」
エリアは思わず聞き返した。
「あの石碑に書かれていたんだ。あれは先代の皇である親父が書いたものだった」
いきなり話を変えたシュラに戸惑いを覚えたが、エリアは黙って聞くことにした。
「書かれていたのは、もう少しで皇の路を完走出来るという事。いくつもの試練を乗り越え成長してきた者なら皇になれる、とかそんなメッセージが書き連なれていた」
シュラは言葉を区切った。
「俺へ向けたものだった」
シュラはそう言うと、少し複雑な表情をエリアに見せた。
「親父にとって俺は、なんだったんだろうな」
それは答えを求めたものではないのだろうな、とエリアは思った。だからエリアは静かにシュラの話を聞くだけだった。
「なんなんだろうな、ほんとにさ」
シュラはそう呟いた。何故だかそれは寂しさと嬉しさを同時に含んだもののように思えた。
そしてエリアは別の事を考えていた。
(旅が、終わる)
果たして、自分の帰るべき場所は見つけられるのだろうか。エリアはそんなことを考えていた。
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