第八章 キャロルとファルサ

Ⅷ 帰るべき場所 (1)

 ブラシャルの悲劇から数日、再びエリアたち一行は上空で、次なる目的地を探していた。エリアはあの悲劇以来考え事をする時間が多くなり、シュラの呼びかけにも反応が遅れること、反応しないことが多々あった。そしてニーシュが皇の路を読み解いている時に、次の目的地が判明した。それはヤクト大陸にあった。


 「また、ヤクト大陸に行くのか。あそこは全然道が分からないから好きじゃないんだが」


 最後の目的地じゃなかったのか、とシュラがぼやく。同意を求めるかのように、エリアに視線を向けた。しかしエリアはどこか上の空で、名前を呼ばれて初めて気付いたかのような反応を見せた。


 「ごめん、ヤクト大陸に行くんだっけ?」


 エリアは確認でシュラに尋ねた。シュラは「ああ、そうだよ」と少し不機嫌そうに言った。


 「でも、よくこのレドル湖っていうのがヤクト大陸にあるって、分かりましたね」


 ヤクト大陸は未開の大陸と呼ばれ、外の大陸には情報と呼べるものがほとんど存在していない。おかげでこの大陸で四十日も滞在していたことを思い出したエリアは、少し困った顔をした。


 「何故だか分からないが知っていたんだ」


 ニーシュはそれだけを言った。


 「ラ・シドラの任務で行ったことがあるのか?お前と出会ったのも、このヤクト大陸だったし、その時に知ったとか」


 シュラが尋ねるも、ニーシュはフルフルと首を横に振るだけだった。


 「何故だかは俺にも分からない、と言っているだろう。ただレドル湖、という名前に覚えがあったのと、それがヤクト大陸にあったような気がした。それだけだ」


 そう言うと、ニーシュはそれ以降黙ってしまった。エリアはとりあえず、ニーシュから皇の路を預かって、地図と照合した。


 「確かに、ヤクト大陸にある、ね」

 「まったく、本当にクソ親父だぜ。なんだって何度も大陸を横断しなければいけないんだ」


 皇の路は、先皇がどう作るかによって難易度がガラッと変わってくる。シュラの父であるサーヴァは辿る道順すらも王の路の中に書き込んでいた。それを参考に周っていると、どうしても一度通った大陸に戻らなくてはならないときもあった。折角同じ大陸に目的となる場所があるというのに、とシュラがぼやくのも決して珍しい光景ではないのだ。


 「で、レドル湖ってのはどんなところなんだろうな」

 「湖っていうくらいだから、湖なんだろうけれど……大きいのかな」


 そう言って、エリアはシュラの背中から下を眺めた。木々が怪しく風に吹かれているのが空からでも見える。しかし、それらしき湖は見えなかった。


 「ヤクト大陸には長い事滞在していたが、そんなに大きな湖はなかったな。じゃあ小さな湖なのか」


 シュラがそう言うと、不意にニーシュが口を挟んだ。


 「違う、はずだ」


 言葉を発しているニーシュが、言った後に驚いた。


 「何故、俺はそんなことを口走った?」


 突然うろたえるニーシュに、エリアが大丈夫か、と水を差しだす。ニーシュはそれを不要だ、と手で制した。


 「ニーシュ、お前の記憶とレドル湖は関係しているのか?」


 シュラが尋ねると、ニーシュは「知らん」とだけ呟いた。


 「だが、場所はここから遠くはない、はずだ」


 ニーシュはそう言うと立ち上がり、辺りを見渡した。そしてある一点で、ハッとなって指を差す。


 「……塔」

 「あ?」


 シュラがニーシュの指差した方に目をやると、そこには濃い霧の中に、うっすらと見える大きな塔が見えた。エリアもそれを見て「あ」と小さく漏らす。


 「あんな塔、あったんだ」


 エリアが不思議そうに言うと、シュラがそれに答えた。


 「俺も気付かなかった。いくら霧が濃いとはいえ、どうして気付かなかったんだ」


 驚く二人を横目に、ニーシュが言った。


 「これだけの上空でなくては気付かないさ。一定の高さまでいかないとこの霧は濃くて見えたものじゃないからな」


 ニーシュがそう言うと、エリアたち三人は霧の中に入って行った。


 

 「塔を基準として見ると、北の方にある、はずだ」


 霧の中に入ってから頭痛が止まらないようで、こめかみを押さえながらニーシュが言う。エリアは心配そうにその姿を見ていた。


 「……!」


 突如、霧が晴れた。そうして広がってきた景色は、同じヤクト大陸とは思えない程、綺麗な新緑が映えるものだった。シュラだけでなく、エリアも絶句する。


 「霧を越えたら別の世界、なんて本を読んだことあるけれど、まるでそれみたい」


 エリアが唖然とした表情で呟いた。そして辺りに視線を向けると、大きな美しい湖を発見する。エリアはシュラとニーシュに、それを見るように指で促した。


 「二人とも、あれ!」


 その湖を見たシュラは「捕まっていろ」と二人に告げると、一気にスピードを上げて最短距離で湖に向かう事にした。



 「大きな湖だな。これがレドル湖なのか?」


 湖の外側にエリアたちは降り立った。近くで見れば見るほど、巨大な湖でとても穏やかなものであった。最近色々なことがあって精神的に疲れていたエリアも、この湖を眺めていると少しだけ心が落ち着くような気がした。

 反対に未だに謎の頭痛に襲われているニーシュは、辛そうにしながら湖を見ていた。数回深呼吸をして、少しはマシになったようで、こめかみから手を離していた。


 「……親父はどうして、ここを俺に見せようとしたんだろうか」


 シュラが疑問に思っていたことを思わず口にした。腕を組んで、湖をじっと見つめていると、湖の中にポツンと何かが建っていることが分かった。


 「何かあるな」


 シュラの言葉に反応したエリアとニーシュは、シュラの背に乗った。シュラが翼を広げ、その建っている何かに向かって飛んだ。


 

 「これは、石碑か」


 とても小さな離れ小島に、小さな石碑が建っていた。三人はその石碑に何か書かれていないだろうか、とグルリと一周してみることにした。


 「……何か書いてある?」


 エリアが突然しゃがみ込むと、その刻まれている文字を指差した。


 「……何と書かれているのか、読めないな」


 ニーシュが覗き込んだが、そこに書かれているのはどの国にも当てはまらない文字だった。見たこともない記号がつらつらと書き連ねられている。どうしたものか、とニーシュはシュラを見たが、シュラはその書かれている文字を呆然と見つめていた。


 「シュラ?」


 エリアが声を掛けたが、シュラはその声には反応せずにしゃがみ込んだ。そうして書かれている文字を目で追っていった。


 「何が書かれているのか、分かるのか」


 腕を組んだニーシュが質問をしたが、シュラは答えなかった。相も変わらず書かれている文字を凄い速さで読んでいた。


 「シュラ、どうしたの?」


 エリアもしゃがみ込んで、シュラの顔を覗き込んだ。するとシュラが口を開く。


 「親父から俺に残したメッセージだってのか」


 それは誰かに向けて言った言葉ではなさそうだった。ふと口からでてしまったものなのであろう。その瞳には目の前の石碑しか映っていないようだった。


 「親から子への時代を越えたメッセージというやつか」


 退屈そうに伸びをしながらニーシュは言った。シュラの反応からして、書かれている文字は竜族にしか読み解けないものなのであろう。急に興味がなくなったようで、ニーシュは少し筋肉をほぐす運動を始めた。


 「エリア」


 シュラはエリアに声を掛けた。エリアは「うん」と返事をしてシュラの言葉の続きを待った。


 「少しだけ、俺を一人にしてくれないか?」


 シュラは視線を石碑に向けたままエリアに言った。石碑に刻まれている自分へのメッセージに集中したい、という様子だった。エリアはそのシュラの気持ちを出来るだけ汲んであげたいと思った。


 「分かったよ、シュラ。じゃあ向こうの岸まで送り届けてもらえるかな?」


 シュラは頷くと、立ち上がりエリアとニーシュを無造作に掴んで、湖を飛んで行った。

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