Ⅵ 暗殺者と竜 (2)
「エリア、どうした」
戻ってきたエリアは顔面蒼白で、息遣いも荒かった。普通とは思えないその姿にシュラは驚きを隠せず、身体を起こして倒れ込みそうなエリアを抱きとめた。
「エリア!」
シュラがそう言うと、エリアは「大丈夫」と言ってシュラの腕を引きはがした。
「シュラ、聞いて欲しいことが、あるんだ」
何かに怯えたように身を震わせながら言うエリアに、シュラは頷いた。エリアは一つずつさっき起こった出来事を話し始めた。
罠の事を話し終えたあとに、エリアはシュラに尋ねた。
「私の、思い過ごしだと、思う?」
顔を俯かせながら言うエリアにシュラは答えた。
「正直分からないが、流れ着いた罪人や世捨て人を狙った野盗、獲物を狩る狩人の可能性は薄い気がするな」
「……どうして」
エリアは縋るような目でシュラを見た。本当は思い過ごしであると思いたかったのか、エリア自身も分からなかった。
「最初からこの大陸に来るつもりでもなければ、そんな大層な罠を一日で取り付けられるとは思えない。そして生態系も分からないような未開拓の地に、わざわざ狩りのためだけに来るのか、と思う」
シュラは淡々と自分の考えを挙げていった。
「ここは、上陸してから時間もかかる場所だ。わざわざそんなところで狩りをするっていうのも考えにくいと思う。……狙っている獲物でもいない限りは」
シュラの言わんとしていることはすぐに分かった。シュラの言う獲物というのは、エリア自身のことを指しているのだ。
翌日、幾分か冷静さを取り戻したエリアを背に、シュラは空を飛んでいた。状況が状況なので、早くこの大陸を離れたかったがこの大陸での目的はまだ残っていた。まずはそれを片付けてからこの大陸を抜ける用意をしよう、という話に落ち着いたのだ。
「シュラ、思う事があるんだけれど」
エリアは風に靡く自分の髪を押さえながらシュラに尋ねた。
「城で私を殺そうとした人と、同一人物かな」
「それは、分からないな」
エリアの問いにシュラはそう答えた。エリアは「そう」とだけ呟いて口を閉ざした。
「でも、同じ奴としか思えないけどな」
シュラがそう言うと、エリアはその言葉に耳を傾け、続きを促した。
「もしも、違う奴がエリアを狙っていたんだとしたら……その」
シュラは言いにくそうにしていた。エリアは少し間をおいてからシュラの言葉に繋げた。
「恨まれ過ぎ?」
自嘲気味に笑うエリアは、空を見上げながら自分の今までを振り返った。人から疎まれる覚えはあっても、殺される覚えはやはり、ない。
「私が、何をしたんだろうね」
エリアは、シュラの背でゴロリと寝ころんで、仰向けのまま空を眺めた。この広い空のどこかに自分の事が憎くてしょうがない人がいるのだと思うと、なんだか不思議な感覚になった。しかも自分は恐らく死んだことになっているはずなのに。
「そういえば、私は死んだことになっているんじゃないの、かな」
エリアはふと、そう呟いた。城での悲劇から既に何十日も経っている。サーファルドがどうなったのか、という話題は大陸を移り渡ってから聞いてはいないが、今でもエリアを探している、なんて悠長ではないだろう、と思ったが、そうなると疑問が生じてくる。
「どうして私が生きていることを知っているんだろう」
エリアは背筋が寒くなった。思えばユビルでも、シルヴァーレでも「誰か」の視線を感じたような気がした。当時はあまり気にはしていなかったが、今になって、実はあれがエリアを狙っている連中だったのではないか。そこまで考えてエリアは自分が疲れているんだと思った。まだ決まったわけではないのに。
(なのに、怖い)
エリアは身体をうつ伏せにして、シュラの温もりを感じた。シュラは心配そうにエリアを見つめている。
「さっさと、こんな大陸オサラバしような」
シュラがそう言うと、エリアは小さく頷いた。
エリアとシュラは、ヤクト大陸の中心部から少し離れたところで今日は野宿をすることにした。最後の目的を果たすのに思いのほか時間が掛かってしまい、今から別の大陸に行くのはあまり得策ではない、と判断したのだ。フォッカ草原からは大分離れているので、空を飛ぶ竜でもない限り、一日では追い付ける距離ではないだろう、とシュラとエリアは判断した。
「今日は出来る限り早く寝ることにしよう、明日の朝一番で出発する」
シュラがそう言うと、エリアはコクリと頷いた。そうして軽く夕食を済ませると、エリアは鞄から小さくたたんだ寝袋を取り出した。ヤクト大陸に来る前に、ラッター大陸のロッサという国の小さな町で購入したものだった。比較的安価のわりに丈夫だったので、今回のヤクト大陸では大いに役に立った。
「それじゃあ、明日な」
「うん、おやすみ」
互いにそう言うと、寝転がり明日に備えて眠りについた。
それから数時間、もっとも夜が深くなる頃に一つの影が竜と黒髪の少女を、少し遠くから見ていた。その影は顔をスカーフで隠し、足音を立てずに、しかし歩くというにはあまりにも速すぎる速度で二人に近付いた。すぐに、エリアの枕元まで近寄り、その寝顔をじっと眺めた。
(哀れだな)
エリアの枕元で男は、目の前の微かに寝息を立てるサーファルドの第二王女に対し、そう思った。まさか自分たちのような闇の世界の人間に依頼されるほど、酷い人間でもあるまい。この数日殺す機会を得ようと動きを探っていたが、悪人の類ではないように男は思っていた。
(だが、仕事は仕事だ)
そう心の中で唱えると、音を立てずに懐から鋭利なナイフを取り出した。このナイフの切れ味ならば痛みを感じることもなく、死を迎えることが出来るだろう。色々な罠を試そうとも思ったが、やはり自分の得意分野はこれだ、と男は思った。まどろっこしい方法も嫌いではないが、やはり暗殺は夜に紛れ静かに遂行するものだ、という信念があった。
(許さなくていいぞ)
そう心の中で言うと、男はナイフを振り上げた。
その瞬間、後ろから腕をはたかれ衝撃でナイフを落としてしまった。ハッとなった男はサッと避けながら、落としたナイフを拾って構えた。
「テメェ、エリアに何するつもりだ」
そこには口から炎が零れ、目がギラギラと輝く巨躯の竜がいた。伝説は聞いたことがあるが、実在するなんて初耳だな、と思いながら男は言った。
「随分と値が張りそうな用心棒だな」
そう言うと、竜は大きな咆哮をした。暗黒の夜に轟くその咆哮は初めて聞くばかりか、まるで現実ではなく夢か何かを見ているのではないか、と思うほど恐ろしいものであった。
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