Ⅱ 忌み子と竜 (4)

 いつしか焼き魚は真っ黒焦げになっており、とても食べることが出来なかった。エリアとシュラは、それ以降言葉を交わすことなく無言で歩き続けた。エリアがシュラに置いていかれなかったのか、シュラの歩みが滞っているのか、それは定かではないがエリアの足取りはシュラに追い付いていた。隣を歩いていると時折目線を感じるので、エリアがシュラを見ると、シュラは目を逸らした。逆にエリアがシュラを見ていると、不意にシュラが視線を向けてくる。そんなときは思わず目を逸らしてしまうエリアだった。

不思議な感覚だった。何かを話すべきなのに、何も言う事が出てこなかった。シュラの一面と、エリアの一面。どちらも互いに対する思いが変わり始めていた。

そして日は傾き始めた。


「もう、そんな時間なのか」


シュラがポツリと言った。エリアはその言葉に少し間をおいてから返答した。


 「そう、みたいですね」


 シュラは辺りを少し見渡すと、ある一点を指差した。エリアがその方角に目を向けると、大きな木があった。


 「あの下に寝るか」


 エリアはコクリ、と頷いた。

 エリアとシュラは大きな木の下で腰を下ろした。エリアはいそいそと周りを見る。食事の準備をしようとしているみたいだった。


 「準備は任せる。俺は何かとっ捕まえてくるから」


 シュラは顔をエリアの方に向けず、そのまま飛び去ってしまった。

 エリアはいくつか薪になりそうな木々を腕いっぱいに集めた。よく見ると辺りに少し青いが、ミカンがなっている木を発見した。手が届く位置ではなかったので、木によじ登って二個だけもいだ。

 三十分程してシュラが戻ってきた。魚が二匹とそこらで捕まえてきたウサギが一匹だった。ウサギは丸焼きにするつもりのようで、大きめの枝も一本手に携えていた。


 「おかえりなさい」


 エリアは戻ってきたシュラにそう言った。魚とウサギをシュラから受け取ると、昼よりもずっと慣れた手つきで準備を始めた。



 夜は流石に冷えるので、食事を終えたあとも火を焚いたままにしていた。エリアのもいできたミカンは少し酸味が強かったが、食後には丁度良かった。シュラは手が大きいのでミカンの皮を剥くことに手こずっていたが、食べた後は気に入っていた。


 「エリア」


 シュラがエリアに声を掛けた。


 「はい?」


 エリアは一房のミカンを口に入れようとしていたが、その手を下してシュラに顔を向けた。


 「聞いても、いいか」


 エリアはコクリ、と頷いた。


 「親がいるってのはどんな気持ちなんだ?」


 エリアは思わず驚いた。まさかシュラからそんなことを聞かれるとは思わなかったからだ。当のシュラも少し戸惑っているようで、バツが悪そうな表情をしていた。


 「どんな、ですか」


 エリアは思わず尋ねてしまった。考える時間が欲しかったからだ。


 「そうですね……父は私に本を読んでくれました。私は父の読んでくれるお話が、大好きでした」


 記憶の糸を辿るようにつらつらと話し始めた。ところどころ、どもるところはあったが、それでも出来る限りのことを話そうとエリアは思った。ペンダントをくるくると手で弄りながら、次の言葉を探した。


 「父は、その……とても忙しい人なので、遊んでくれる時間というのは、あまり多くはなかったです。けど、遊んでくれた時間は大切な思い出、だと思います」


 城に来てから、まだ幼いと言える頃の年齢の話ではあったが、それでも覚えているものだ、とエリアは思った。当時のリアナの表情は覚えていないが、バルドとアリスも一緒に遊んでくれたような記憶も蘇った。


 「やっぱり、遊んでくれるものなんだな」


 シュラは虚空を眺めながら、羨ましそうな声で言った。エリアはその言葉の続きを促すように、無言でシュラを見つめた。


 「親父は、俺が小さい頃に旅に出た。あの里を、俺とお袋の二人を置いてどこかへ行きやがったんだ。今でも鮮明に覚えているぜ、親父が洞穴を出て行くところを……」


 シュラは一呼吸おいてから続けた。


 「お袋は、二年経って死んだ。あんまり身体が強い方じゃなかったんだ。人間だって同じだろうけど、竜にも強い奴と弱い奴がいる。お袋はずっと洞穴の中で横になっていた。ドルガの爺さんと里の母親の竜と、俺に看取られて、ずっと親父の名前を呼びながら死んだ」


 シュラの表情に怒りとも、悲しみともとれる複雑な思いが渦巻いているのが目にとれた。


 「皇ってのがどんな重要なものなのか、俺は知らない。爺さんたちの話を聞くと、突然失踪したにも関わらず、親父ってのは里の皆に慕われている。でもそんなのは関係ない」


 エリアはシュラの言葉の一つ一つを、じっと聞いていた。


 「ただ、お袋が苦しんでいるときにいなかった。俺が、本当はいて欲しいときにいなかった。何も教えないで勝手に出て行って、そのくせ皆はあの親父のようになれと言いやがる。俺には分からないんだ、親父の……火竜の皇サーヴァの事が」


 シュラはひとしきり話し終えたようで、ゴロンと寝ころんだ。エリアも手元のミカンを全部食べ終え、火の始末をしたあとに、シュラの隣に腰を下ろした。


 「正直、分からないです」


 エリアは口を開いた。シュラはゆっくりとエリアを見た。


 「私も、両親と必ずしもうまくいっているわけじゃないから」


 シュラに倣い、エリアも空を見上げた。すると夜空に輝く星が見えた。とても綺麗で自然にエリアは指を空に向けて、星と星を繋ぎ始めた。まるで自分だけの星座を創るように。


 「今となっては、父に自分から話しかけるのは……」


 エリアは黙ってしまう。シュラは何も言わなかった。


 「シュラが自分の話をしてくれたように、私もシュラに自分の事を話せたら……良いんですけど」


 エリアはフッと瞼を閉じた。勇気を出すことの出来ない自分が情けない、と思った。話すことが怖い。自分の事だというのに、理解されなかったらと思うと、否定されたらと思うと、怖くなった。


 「エリア」


 シュラがバッと起き上がると、不意に背を向けた。そしてエリアを待っているようにじっと見た。


 「次は、吐くなよ」


 エリアは一瞬反応が出来なかった。少ししてシュラの言葉の意味に気付いた。


 「もうちょっと近くで星を見るのも良いだろ」

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