第二章 シュラ
Ⅱ 忌み子と竜 (1)
「今日は風が強いが、悪い風じゃなさそうだな」
シュラは、バタバタと翼をはためかせながらエリアに声を掛けた。向かい風になっていないだけで大分飛びやすいとシュラは思っていた。
「そう、なんだ」
「ああ、この様子ならもうすぐ目的地に着くだろ」
かれこれ二時間は飛んでいたので、ファナージまでで計算すれば半分くらいの距離だろう、とシュラは思っていた。事実その予想は当たっていた。サーファルドからファナージは二百五十マイル程度もあり、通常徒歩であれば三~四日はかかる距離である。しかも間には迷う者も多い森が広がっており、距離の数字が示すとおりに辿り着くのは難しいとされているが、空を飛ぶことが出来る竜からしてみれば直線コースを通れば良いだけである。同じ大陸であれば、例え真逆のファナージとサーファルドでさえも、そんなに遠いうちには入らない。最初の目的地はファナージまでの丁度半分ほどの場所にあるのだ。
「俺たちが目指すモンが何だったか、ちゃんと覚えているだろうな」
シュラは背中のエリアに話しかけるが、反応がない。
「おい、エリア?」
再び声をかけるが、聞こえてきたのはうめき声だけだった。
「あ、あの……シュラ」
「何だよ」
「そ、その」
はっきりと喋らないエリアにシュラは何度目になるか分からない苛立ちを覚える。思わずグラグラと背中を揺らした。
「言いたいことがあるなら、ハッキリ、キッパリと言いやがれ!もじもじしていても分からないんだよ」
「じゃ、じゃあ揺らすのをやめてもらえ、ます……か」
どんどん声が小さくなっていくエリアを怪訝に思ったシュラは自分の背中の方に顔を回した。そこに座っている黒い髪の小さな人間は青ざめた顔をして口元を抑えていた。
「お、おい。まさかとは思うが」
「その、気持ち悪い……うぷ」
シュラは空中で動きを止めた。突然の急ブレーキになってしまったため、更にエリアの身体に負担がかかってしまったかもしれないが、そんなことを考えている余裕はシュラにはなかった。
「冗談だろ、俺の背中では吐くんじゃないぞ」
「完全に、酔いまし、た」
「やめろおお」
シュラはエリアを背に載せたまま、出来るだけゆっくりと降下していった。
「うぅ、ごめんなさい」
泉の近くに降りたエリアとシュラは少し休憩をしていた。水面に映る自分の顔が少し情けないな、と思いながらエリアはシュラに声を掛けた。
「空を飛ぶのは初めてかよ。苦手なら苦手って言え」
「……空を飛ぶ経験なんて普通の人はしたことない、と思いますけど」
ポツリというエリアに、シュラはバツが悪そうに鋭い爪で自分の頬を掻いた。
「どちらにせよ、だ。しばらくは歩きで行くしかないな」
「そう、ですね」
シュラは腕を組みながらエリアの方を無言で見つめた。エリアはキョトンと首を傾げるが、シュラは反応を示さなかった。
「準備出来たら教えろ」
ふう、というため息の後にシュラはそれだけを言った。エリアはコクリ、と頷いて言った。
「大丈夫、だと思います」
「あの、シュラ」
「何だ」
「地図、見ても良いですか?」
シュラは無言で地図を差し出した。エリアはそれをおずおずと受け取ると、数字が各大陸に書かれている。「一」というのが最初の目的地であろう。それを指で差した。
「ここが目的地……ですよね。えっと、亀岩、だったかな」
「ああ、そうだな」
そう言うとシュラは言葉を繋げずにスタスタと歩いていく。身体が大きいだけあって一歩の大きさがエリアのそれとは全く違う。エリアはトタトタと駆けながら着いて行くので精一杯だった。
(ドルガは歩幅合わせてくれてたのかな)
ふとエリアはそんなことを思った。目の前の竜はエリアの事など意に介していないように思われた。彼からしてみれば自分は足手まといなのだろう。本当なら旅に同行する者なんていないはずだったのだから、尚更かもしれない。
「シュラ、あの」
返事はせずにクルリと顔だけをエリアに向けた。エリアは少しでも話をしようと声を掛けたは良いが、話題なんて頭になかった。
「亀岩、ってどんなもの……でしょうね」
「知るかよ」
プイ、とシュラは顔を向けてしまった。確かにくだらないことかもしれない、とエリアは思っていたが、それでも何かコミュニケーションをとる必要があるとも思っていた。きっと自分から話しかけなければこの静寂は打ち破れない。それはあの城にいても同じことではないか。もう少し勇気を出してみる必要があるだろう。
「シュラ」
ただ名前を呼んだだけだったのだが、シュラは厳しい視線をエリアに送った。
「勘違いされたら困るがな、エリア。俺はお前と馴れ合うつもりなんてさらさらねぇぜ」
「……え?」
エリアはシュラの剣幕に一瞬言葉を失った。少ししてちょっとの声だけが出た。
「どういう、こと」
「ドルガの爺さんは、お前をこの皇の路を巡る旅に連れて行くことが俺にとって重要になる、とそう言った。俺はあの爺さんのことを尊敬しているし、あのクソ親父のことは抜きにしても、俺に期待してくれてんのは悪い気がしない。だからお前を連れてはいるが」
シュラはフン、と鼻を鳴らすと続けて言った。僅かに敵意すらこもっている声色だった。
「ひ弱な人間と旅を共にするってのは、あんまり気分の良いモンじゃねぇ。最初に言った通り、お前が足手まといになるなら置いていく。野垂れ死にしようが俺の知ったことじゃないからな」
エリアはその言葉にショックを受けると同時に、何故そこまで自分を、あるいは人間というものを敵視するのだろう、と疑問に思った。そして胸の中にモヤモヤする感情が渦巻いているのも、感じていた。
「何も、そんな言い方じゃなくても……良いと思います、けど」
そうエリアが言うと、シュラはそれ以降何も言わなかった。無言の旅路は一時間以上も続いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます